第64話・閑話休題:身体が柔らかいということ
へたれバレエレッスンを長年続けていますが、私はケガが怖い。レッスンに参加できない=踊れなくなるから。そう、長く続ければ続けるほどケガが怖い。ケガをして踊れなくなるのが一番コワイです。
子供の時や若い時はそんなことは露ほども思わなかった。これも年をとったという証拠ですね……。
それでケガ予防に、私なりに努力しているのが、毎日のストレッチ=柔軟体操。レッスンがあろうがなかろうが、朝夕一日二回必ずやる。名付けて、地味地味ストレッチです。自己流ですから、足を開脚して上体を倒す、左右横にしてスプリッツをする、Y字バランス取りぐらいです。五分ぐらいですみます。
五分では短いが「何もしないよりはマシ」だと思っています。
私はバレエをしては、やめる。そして再開。その繰り返しです。バレエ史と言えりゃしません。それぞれにやむをえない理由があります。
十代はバレエの才能がないと言われ、受験のためにあっさりとやめました。再開時、いい先生に当たったのですが、仕事が忙しく、行ったり行かなかったりが続きました。職場の異動、家の事情、結婚、引っ越し、流産、出産、子育て、入院、親の介護……。特に出産と子育てと家族の入院は大きいです。何年もバレエから遠ざかっていました。
こうして書いてみると、実生活に心の余裕がない時はバレエを踊っていないです。だから時々、習えるだけでも良い事、としています。お稽古事はいろいろしている方だと思うのですが、それでもバレエだけが私の中で生き残っている、という感じです。
もちろんほかの舞踊、お稽古事のエッセンスというか初心者のままで終わってしまったが、親切に指導していただいた先生の恩義も忘れてはいません。それが今日に至るまで私の体の一部というか人格形成に影響していると思います。
ただバレエに関しては一番長期にわたって習っていたという理由で、一番エッセイが書きやすいし考察しやすいです。
バレエを通じて人間関係も学んだし……女性同士の感情がむき出しになる、しょーもない、つまんないイザコザを逃れるには「一切かかわらない」ということを実地で学びました。これは断言できます。
にもかかわらず、つい最近決定的なことがあって、いくつになっても学ぶことがあるんだなあーと感じ入りました。詳細は後日に書きます。
そうそう、また話がそれました。毎日の柔軟ストレッチですが、あれはさぼると、すぐ体が硬くなるのです。困ったことです。いや、バレエをしていない人はその困り具合は理解できにくいかと思いますが。身体に柔軟性を保たないと、踊りにくいのです。上手に踊りたければ、前にも書きましたがイチに柔軟、ニに柔軟、三も四も柔軟です。まさに柔軟尽くしです。
私たちは人間ですが「形状記憶装置」というのがありましてですね、柔軟していくとその通り体が柔らかくなりますが、さぼると元に戻るのです……とまさに形状記憶! 一度柔らかくしたら、ずっと柔らかいままですというようにはできていないのです。
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以下は運動器官を超大雑把に分けて、骨、筋肉、骨と筋肉をつなぐ腱という考え方をしています。
さて、柔軟な体、体が柔らかいってどういうこと?
→→→ それは筋肉本体がよく伸びるということ。同時に筋肉と骨をつなぐ腱もよく伸びるということ。これにつきます。
骨には必ず筋肉がついていますし、それをつなぐ腱も必ず存在する。骨と骨の間には関節といいますが(膝や肩を思い出してください)あのあたりをぐるりと筋肉や腱のつなぎとは別にとても大事な靭帯があります。重ねて申し上げますが、超大雑把に分けています。
身体がいくら柔らかくとも、骨自体の長さは変わりません。突然ですがワンピースという漫画にゴムゴムの木って出てきますが、ゴムゴムの木を食べると手足自体がびょーんと伸びる……あれが実在すると仮定して、どういう薬理でどういう代謝でどういう原理で人体に効果を及ぼすだろうと考えるとなかなか楽しいものがあります。
でも人間の皮膚がいくら柔らかい、よく伸びるといっても、限度があります。現実には漫画のコマ枠をヘし破るほど伸縮はしません。さてクラシックバレエ的に、ぐーんと伸ばせるのは、いや伸びているように見えるのは、筋肉と腱が伸びているから。そして足や手の指先をのばす。足の甲を出し、手の形をより長く見せることができるようにしなやかな手つきをする。
相乗効果でより手足が長く伸びているように見える仕掛けです。
またこれはいきなり伸ばせるものではなく、徐々に、ゆっくりとしかできません。とろけるように柔らかく、というのはフォンデュすると言いますが、そんな感覚で体をほぐし、よしよし、というようにあやしていくのです。まるで自分の身体を赤ちゃんに見立て、あやすように。
身体を柔らかくしたいあまりに、無理に伸ばそうとしたら大変です。小さい断裂ならば、数日で治りますが、完全に断裂すると大変です。バキンもしくはパキという音と共に筋肉が裂けてしまうのです。その音は結構大きく、本人のみならずその場にいた人全員に聞こえるぐらい……少しぐらいなら、いいですけど、完全に断裂すると大けがです。交通事故などで骨がぐしゃぐしゃの状態で救急車に運ばれてくる人がいますが、ここまでくると筋肉をつなぐ腱が骨から完全にはずれています。大手術になります。えーまた話がそれました。
でも、小さな断裂でも踊りには影響する。これが一番怖いです。だから毎回レッスンの前に入念なストレッチをします。プロの人たちは身体が資本なのでものすごく念入りです。見ていれば勉強になります。
大人バレエでは、バーで隣り合った顔見知りの人とレッスン開始まで仲良く談笑しあうことは多いですが、それはそれなりに楽しいです。しかし、プロは間違っても体育座りをして、膝を抱えてじーと座ったままでレッスン開始を待つことはまずなさいません。
一度無謀にプロレッスンの所に交じらせてもらった時に、それを痛感しまして以来、まじめにストレッチをすることにしています。そう、一日二回は必ず。
そうすると月単位という長い目で見ると、少しずつですが、柔軟ができているとわかってきます。その上で、柔軟とバランスとは関連性がないようであるのでしょう。年単位で、バランスもとりやすくなっているのに気付きました。
しかしこれだけ柔軟していても、何らかの事情で三日ほどさぼると、もう単なるスプリッツですら、太ももの筋肉が伸びすぎてちょっとイタイと思うわけです。それが「形状記憶装置」。
無理にイタイのを我慢するとよくないのも経験上知っています。断裂=バキンというやつを一度経験しているからです。しかもY字バランスの時に……鼠蹊部といえば恰好がいいですが、太ももの付け根の内側……といえばちょっと整形外科医にも診ていただきにくい場所ですし、治るまでそのままにしておきました。つまりその足のストレッチや足を上げることは一切しなかったのです。全治に二カ月ほどかかりました。命にはかかわりなくとも、踊りにくいのです、とても!
もともと人間の体は外旋向きではありません。つまり外側に向くようにはなっていません。生まれたての赤ちゃんは別です。限られた範囲内、つまり子宮内で成長するがために理論的に足が外旋した状態です。私も子供を産んでからわかったのですが、おむつを替えるごとに本当に何もしていないのに左右百八十度に開脚していて感動しました。あれば人間の遺伝的成長過程における、防御的な意味合いもあるのかもしれません。
しかし成長していくにつれて、普通に足が閉じてきます。
それをクラシックバレエを始める人は、外旋状態に戻すのです。外旋=ターンアウト=アンディオール、厳格に区分けする先生もいらっしゃいますが、こちらは固いこといいっこなしのエッセイなので同じだと思ってください。
クラシックバレエでは、ちゃんと足が外側に向いていないと上にあがらないし、見た目というか芸術的には感心できないことです。どのポーズでもつま先が外側に向いていないとバレエにはならないのです。(コンテンポラリーやほかの舞踊は除きます)
それでクラシックバレエを習う人は、小さなころから外旋=ターンアウト、アンディオールに改造? していくわけです。大人バレエでは、それは難しいのでそこでも硬いことはいいっこなしで、バレエの楽しさをレッスンと発表会で味わうわけです。
アンディオールの足は、あこがれの足でもありますが、逆に私のように大人バレエでお気楽に続け、舞台鑑賞もするとなれば、「あれは観賞用だ」と割り切れます。「美しいポーズにしたければ、まずアンディオール」というわけです。前のエッセイでも書きましたが、私の足はもう完璧なアンディオールにしないと決めて大雑把に踊れば、大人バレエを本当に楽しめます。
さて、ついでだから有名な二重関節の話題も。一例をあげると、ギエムのように足を垂直にあげる、膝もまっすぐなままで。クラシックバレエをしない人ならば、九十度がやっとです。バレエをしていれば、百二十度の人もちらほら。子どもからやっていて、しかも群を抜いた軟体の人ならば、それを百八十度、時には二百七十度までに曲げられる人もいます。
私はさっと耳や顔の前まであげられないので、それもあこがれのポーズです。瞬間芸というか、グランバットマンで一瞬だけできるときはありますけど、軸になる足が曲がったりしているので台無しです。
あのポーズを本当に、完璧にできる人はまれですね。
ギエムさんのシックスオクロック(アナログ時計の六時のポーズ)は完全無欠なので広告媒体として話題になったのです。新体操でも高レベルの競技になるとみられる現象です。
元々骨盤のソケットというか、骨盤の穴につながる太ももの骨の付き具合でそのやりやすさも決まってくる。そこまで行くにはなかなか、ですが、少しならば近づけられます。そんな超人にならなくとも、私はケガ予防で続けています。つまりある程度の努力、つまり毎日のストレッチで二重関節のようにはできるということで日々努力しています。
柔軟性が過ぎる場合もついでなので、申し添えておきます。
二重関節……バレエ的には観賞に値する……のでその柔軟度が高いほど見た目が好ましいが、医学的には好ましくない事態もあるのです。正確にいうと二重関節は病気ではないが、症状として告げられることはあります。身体の柔軟さは遺伝的なものもあるようですが、私はその正確なエビデンスというかデータを持ってはいません。
二重関節の度が過ぎると脱臼がしやすくなります……脱臼はいわゆる骨がはずれてしまう、ということ。もちろんそれは好ましくありません。正確に言えば脱臼は「関節の正しいあるべき位置からずれている」ということです。推理小説や忍者小説や漫画のトリックでは題材としては使いやすく、また読者に与えるインパクトも強いということで見かけますが……例えば自由に関節をはずして一時的に狭い通路を通ったりするトリックを使ったりね。映画では小柄な大人の人間が小さな金庫に入って鍵をはずすというシーンで見たことがあります。
現実的には脱臼しやすい人は、すぐに自分で整復(関節を元の状態に直す)できる人はいいですが、しょっちゅうなのでこれも悩みの種になります。
私が聞いた人もこれでした。その人も大人で男性とのパ・ド・ドゥでリフトから降ろされるときに、普通に降りられず背中と足がおりたためる状態のひとがいました。男性は普通の力加減でアラベスクにしたままの状態でリフトから降ろさないといけないのに、それができないのです。本人も脱臼がしょっちゅう。柔軟は確かにケガ予防になりますが、柔軟が過ぎるのもいけないという話。軟体にも程があるという話です。とうとう医師からバレエをやめなさいとドクターストップを告げられた話も聞いています。
極端な話を書いてしまいましたが、読者様を驚かすためではないです。バレエ初心者やオチビさんは、柔軟は先生の指導の元でしてくださいね……。
柔軟はバレエの基礎の基礎です。ケガをしたくなければまず柔軟です。
初心者向けと言うか、私も万年初心者を自負しておりますが、今回はそういう話でした。
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