第48話・観光客向けバリ舞踊レッスン見学
舞踊なら基本何でも好きです。今回はちょっとバレエと離れての番外編。だけどバレエに通じるものがあるのは同じです。舞踊はまず観客ありきではない。ダンサーが踊るから観てもらえるのです。ダンサーが踊らないと何も始まらない。踊る人だからダンサーでこの人種はたとえ観客がいなくてもたった一人でも踊ります。
観客はダンサーにとっては目に見えぬ神様でもあったり、お金を払って観に来てくれる一般大衆でもあります。どれもベストを尽くして踊ることには変わりはない。だが観光地でピンポイントでその国の良いところを味わおうとする一過性の観光客はシビアです。今回はその話。
人様からお金をいただいて観てもらってしかもお義理ではなく本気の感動を与えるためにはそれなりの努力が必要です。どの職業でも同じですけどラクしてお金は稼げません。(ズルは除く)
本題に入ります。さて昔バリ島にはまりました。お金と時間がないから今はもう行けませんけどバリ舞踊いいですよ、男性も女性も踊ります。小さい子供も。特にあちらは男性群舞&座ったまま&手だけを使うケチャダンスというのがあってすごく興味深い。あれはインドネシア独特のものです。一番最初に振り付けしたのは誰だろうと思います。ケチャダンスを創作した初代振付師は天才です。人工的な舞台ではなく本式の神事では、真夜中真っ暗な海辺で一点だけ火を見つめて踊ります。踊っていくうちに一種のトランス状態になり、いろいろと変事がおきたという記録もあります。それ以外の踊りも基本神に捧げる踊りなのでそれぞれに意味があり神格化されてます。
そういう本格的なものではなく私が見たのはやはり観光客向けですがホテルに出て踊る人たちのレッスンを見学する機会があったのでその思い出を書きます。場所は某ホテルの裏庭。鏡なんかありません。見様見真似の振り写しです。女性ばかりで八人ぐらいいました。レッスンというか仕事の一環、全員化粧なし衣裳なし普段着でした。ついでに音楽もなし。カウントだけとっていたのだろうと思います。バティックというスカートは踊りに必要なのでつけています。(一応彼らにはすみの地べたに座って見てていいかと許可を得ています。地形上の関係で私は指導者の斜め前という今から思えば特等席から見れました)
先ほども書いたように観光客向けに見せる踊りは基本美しい女性がメインです。男性の振り付け指導師がいて白檀扇子のようなものをもって指導にあたってます。彼のすぐ後ろには舞台では主役だろうというメインの女性がいます。そのすぐ斜め後ろに彼女よりぐっと若い女の子が一生懸命ついていってます。この若い女の子が多分次のスターだろうと推測がつきました。まあ踊れてはいますがメインの人から見るとまだまだです。バリ舞踊は知らないのに、ちょっと見ただけで間の取り方、腰と足さばき、目線の動きですぐ誰がスターで誰が二番手かすぐにわかりました。だけど二番手と三番手は踊りはいいけどお顔がモデルさんとはいかない、一応舞台人なので化粧したら美しいのには変わりないですけど人並みの美しさです。次の世代のスター候補は踊りさえうまくなれば絶世の美女です。多分その子は幼い頃から踊りをみっちりと仕込まれたのではなく美しさと体型だけで抜擢されたのではないか。残酷な言い方ですがメインの女性は二十代後半で容貌の老化という陰りが少しだけ見えています。経産婦でなくともやはり十代前半の女性と比べるとたるみと劣化はわかります。だからだろうな、と思いました。
こういう観光産業はバレエの発表会ではありません。生活です。チップの多寡も影響します。大げさにいえば生きるか死ぬかです。客があっちのホテルの踊り子の方が美人が多いし愛想がよいといえばもうここのホテルに呼ばれなくなるかもしれません。すると定期的に踊れる場所がなくなってしまうのです。
振付師が扇子を一振りしてメインが後をついていく、ついていけないその子はあたふたしている。テンポを落としてゆっくり足のさばきを教える。できてない。
振付師とメインの女性がその子と並列にならんでもっとテンポを落として踊る。いや正確には振付師が少し前面に出てたかな、斜め後ろから見たら振り写ししやすいのです。その子の足元を両脇から注目している。三人とも必死でした。なぜできないの? ではなく、踊りなさい、でもない。必死。こちらでも真剣さが伝わってきます。みれば同じ繰り返しで私も座りながら足を動かしてました。ですが同時に腕と手首と指に首。強い目線を伴って動線&感情を示すのは至難の業。難しいよバリ舞踊。その間後列の女性たちは二番手の女性をメインに五人ぐらい固まって先の踊りをさっさとしていっている。そのあたりはバレエのコールドみたい、いや、一緒ですね。誰かが踊っていてそれを振り写しをするか各自でレッスンを進めていくか。ボーとしていたら時間が立つだけ。みんな足並みそろえて踊れるようになるまで仲良く待ってあげましょうねでは前には進めない。
どこの世界でも踊りはやって楽しい、観て楽しい。
だけど舞台ごとに真剣勝負な無名の踊り子は優雅に見えてるけど必死よ。




