第32話・大屋政子さんの話・前編
これを読む読者様は大屋政子さんをご存じでしょうか。
私はこの人を尊敬しています。
すでに亡くなられていますが、亡くなられて今でも残念なくらいです。
彼女は政治家の娘さんであり、血筋の良い生粋の大阪のお嬢様です。元帝人の社長夫人でもあります。
そしてそして。
筋金入りのバレエ好き!!
まったくの庶民の私との接点はなく、ただ1つ、バレエが大好きという共通点しかありません。
古いバレエ好きなら彼女のした功績は大きいことを知っておられると思います。彼女に関する伝記は探せばあるので私ごときが今更書くことではないですが、ちょこっとだけ思い出話からしたいです。
ある時、マイヤ・プリセツカヤさんの公演があり、若かりし頃の私も見に行きました。その時に大屋さんをお見かけしました。彼女の席はやはり、というか当然の最前列の一番ど真ん中です。
ヨーロッパのフォーマルな劇場公演のようにピンクと赤の入り混じったソワレをお召しでした。そして最前列というのに、オペラグラスを待たれてプリセツカヤさんをじっと見つめておられました。すでに年取った(という言い方は悪いですが)プリセツカヤさんの表情を見守るというか厳しく見つめるというか、そんな感じでした。
踊り手側はああいうことをされると身がひきしまると思います。自分の踊っている時の自分の解釈や演目への感情、公演当日のコンディションを見透かされるような感覚を持たれるでしょう。プリセツカヤさんは名手で押しも押されないプロですし、大屋さんとは直接話されたこともあろうかと思います。だから全く動じず堂々と踊られたと思います。
私も最前列でこそなかったですが、すぐ近くにいたので、プリセツカヤさんの踊りもよかったのですが、大屋さんも尊敬していたのでとてもうれしかったです。
幕が引けて劇場が明るくなりました。大屋さんに気付いた他の観客が「あ、大屋さんよ…」という感じで見守って? おられました。ちょうどメディア露出が多かった時期で興味本位でタレントを見る感覚の人も多かったようです。
私は大屋さんとどうしても話したかったのですが、シャイなので話しかけられませんでした。というかこういうプライベートな場所で世間的に顔を知られた人に気易く話しかけるのは失礼だし、下品ではしたないことです。
同行した友人からは「気持ちはわかるけどあんまり見つめるのも失礼よ」と腕をひっぱられるくらい私は凝視していたと思います。
私を含めた何人かのファン? らしき人の視線を悠々と受け止めつつ、彼女は取り巻き? の同じくソワレを召した女性を引き連れて劇場を後にされました。
当時テレビのバラエティ番組で見かけるようなカン高い声は全く出さず、上品なふるまいで声も低くひそひそという感じでした。もともとテレビに頻繁に出たのはバレエコンペティション開催のための資金集めだったのです。
目立ちたがり屋の大阪人という位置づけの扱いだったのですが、大屋さんの出自を知っている人はあの人はテレビにでるような人じゃないのに、いろんな番組にでて自分を笑いモノにしている…なぜあえてお笑い芸人になったのか、大丈夫かいな、という目。まったく知らない人からは「もう若くないくせに年を考えずアホっぽい超ミニスカートをはいて闊歩するいつも大きな口をあけて笑っている大阪のオバハン」という目でおもしろがられていたと思います。
私は当時からあまりテレビは見ない人なのですが、けっこう人気があったと思います。
…続きます。