平和学園一日戦争!
<20XX/01/SEP. 〇八一五時 通学路>
純一:「さて、今日から新学期、と」
彼―萩原純一―は鏡を覗き込むと自らを奮い立たせた。一生物の傷のついた顔、無造作ヘアとも言えなくもない―手入れをしていないだけの―髪型。いつも通りの自分を鏡は今日も映している。
彼は地元の平和学園付属校に在籍する三年生。だが彼には裏の顔があった!
そう!昼間はどこにでもいそうなおとなしい真面目な勉学青年、だが、夜になると彼はその仮面を剥ぎ取り―
恵美:「やかましい!」
といつものつっこみが入る。
恵美:「歩きながらぶつぶつ言ってると、変質者みたいよ。てか充分変人」
と隣で騒ぐのは純一のクラスメイトの朝比奈恵美。数年前のある出来事により今では何かしら絡む間柄―ちなみに恋人ではないらしい―である。
純一:「おお。偶然だな」
恵美:「家、十メートルと離れていないのに偶然会えるか」
純一はこの学園に入学する一週間前に引越してきた。やけに段取りがよかった―この地区には公立含め六校ほどある―がおそらく引越す前からこの学園に入ることは決まっていたのだろう。
―と恵美は考えていた。
だが違うのだ。純一はこの学園にしか行けない、いやこの学園にいなくてはならなかったのだ。それはこの学園が一番交通機関に恵まれた場所であることも一つの理由ではあるが・・・
実はこの学園、表向きは宗教法人が建てたことになっているがその実、ある組織が建てたものなのだ。
―S.O.F<ソルジャー・オブ・フリーダム>―
それが組織の名前である。自由の戦士―その名が示すように、その組織は民衆の自由を奪う地域紛争の早急な解決、また個人の自由を著しく剥奪する組織や軍部、政府からその身を守る―そういった目的のもと存在するNGOである。NGOではあるがあらゆる権利が世界規模で認められており、国家公安委員会ですらその行動の妨害はできない。
純一はそんな組織に属する傭兵であった。顔の傷は近年イラクでの任務遂行時についたものだ。
そんな彼がこの学園にやってきた理由。それは、この学園にいる生徒達を守護すること。勿論、この学園の教師のうち数名はS.O.Fから派遣された潜入兵士である。だが、イラク戦争後、世界の裏では虐殺や拉致が横行していた。そんなご時世、訳ありな生徒達が通うこの学園をわずか二、三人の潜入兵士ではカバーしきれなくなったのである。それで、急遽歴戦の兵士を手配することになったのだ。
だが、この学園にくるまで日本には滞在したことがなかった彼は、日本の常識をまるで知らなかった。ここではただの馬鹿でしかないのだ。
<〇八三五時 学園校内>
純一:「ん?これは・・・」
純一は掲示板を見つめた。掲示板には―
<本日十六時より平和駅前にて有志を募り募金活動を行います―>
とあった。
恵美:「どうしたの?」
純一:「いや・・・・これは何語で書いてあるんだ?」
恵美:「・・・・・・へっ?」
そう。純一はまず日本語が読めなかったりする。親が日本人ではあるんで会話はできるが、読み書きがてんでダメだった。
純一:「この礼状は一体誰に宛てて書いてあるものなのだ。一見すると中国語のようだが、この学園に中国人がいたとは記憶していないが」
恵美:「日本語です!もう、いつになったら覚えれるの?いつまでも通訳してられないのよ」
純一:「む、それはわかってるが。一カ国でしか使用しない言語に時間を割く余裕がないんだ」
恵美:「なによ、それ。じゃあ、私があげた教材は使ってないわけ!?」
純一:「あっ、いや・・・・・・その、だ」
―言えない。放課後は有事に備えた訓練をしているなどと。いったところで、「馬鹿にしてんの!?」と叩き倒されるのだ。わざわざ自ら命を絶つような真似はしない。
純一:「―実はな、アメリカ人の知り合いが同居してるんだ。だから、家じゃ英語しか使わないんだよ」
掛け値なしのうそ偽りなしである。純一が寝食をしている部屋には五歳ほど年上の日系アメリカ人がいる。彼は一応日本語を操れるが、純一ほどではない。つまり、ほとんど話せないに等しいのだ。
恵美:「へぇ〜。まぁいいわ。もう授業始まるわよ。早く行きましょう」
いかにも信じてません、という目で純一を一瞥すると、足早と階段を上って言った。
(で、結局これは何が書かれた礼状なのだ?)
彼の疑問は晴れることがなかった。
<〇八三五時 通学路>
人通りの少なくなった通学路。つい十分前の喧騒は鳴りを潜めている。そんな通りを気配をさせずに渡る人物がいた。
(やるなら今日か・・・・・・)
彼はジュラルミンケースに入った自分の荷物を再確認した。
(よし・・・・・・ぬかりなし、だな)
作戦を成功させるための切り札があることを確認すると、彼はまた歩き出した。
(ふふ、待っていろ。自由をほざく豚どもめ・・・・・・!)
彼の放つ冷たい殺気は、塀の上を歩く猫をも退けるほどであった。
<一二三〇時 教室・昼休み>
(なんだこの感覚は・・・?)
純一は背筋の凍るような感覚を覚えた。何者かの鋭い視線がささっているような感覚だ。この感覚は、イラクでの任務の時感じたそれに似ていた。
―人、それを”恐怖”という。―
藤二:「どうかしたの?顔色悪いよ?」
純一:「藤原か。なんでもない」
声をかけてきたのはクラスメイトの藤原藤二。純一の知識についていける数少ない人物の一人である。
藤二:「あ、そうそう。この前新作仕入れたよ。犬の散歩をしているときにたまたま見つけてね」
そういうと藤二は封筒を純一に差し出した。
純一:「これは・・・・・・」
藤二:「新型ETCの写真だよ。多分起動テストしてたんじゃないかな」
ETC―エクストラ・ターミネート・コマンダー―と呼ばれるのは、五年程前に世界の表舞台に登場した人型機動兵器のことだ。その登場により世界の勢力地図は大幅に書き換えられることとなった。その一号体を作り上げたのは日本人―純一の上官―だ。どのような技術で作り上げたのかはある程度彼女の日記に記されていたが、ある日を境に行方不明となっている。
純一:「これは・・・・SHR―X1<エクセリオン>だな」
写真を見るなり彼は記憶の浅い所に引っかかっていた名称を引き上げた。
藤二:「えっ!?なんで知ってるの?僕でも昨日初めてみたのに」
純一:「(しまった)いや・・・・・・」
純一は言い訳を探っていた。
言えない・・・・・・テストをしていたのが自分であるだなど、と。
純一:「読んでないのか?先週発売した「ウー」に特集記事があっただろ」
勿論、根も葉もない嘘である。「ウー」とは一部のマニアには有名な「この世の謎を探る」雑誌だ。
藤二:「あ〜そうだっけ。最近「ウー」集めてなかったからな・・・今度探してみるよ」
と告げると藤二は教室を出て行った。
(これで当面はごまかせるか・・・)
『おーい、適当なこと言うんじゃねえよ、ったく』
耳に入れてあった超小型ワイヤレスイヤホンに学園の屋上にて外を監視しているレオン・バレンタインから通信が入る。
純一:「仕方ないだろ、本当のことは言えない」
レオン:『それにしたってカバーのしやすい嘘をつけよな。手回しから偽造までいくらかかると思ってるんだ?』
S.O.Fは必要のある場合を除き、民間人にその存在が露呈するようなことがあってはならない、とされている。この学園でS.O.Fの存在を知っているのは今のところ潜入兵である教師と、転校生としてこの学園に来ている純一、そして留学生として来ているレオンだけであった。ETCを開発したのはS.O.Fであるため、ETCの情報が漏れることは、S.O.Fの情報が漏れる事に等しかった。だからETCの開発元や開発時期はなるべく秘密とされなければならないのだ。それを―
レオン:『いいか。ETCってのはな・・・』
『わかった。一連の事はこちらでやっておく。これからは気をつけたまえ』
別の通信が割り込んできた。周波数は部隊で共通のものを使用しているため、極秘通信でない限り部隊の全員の声が聞こえる。割り込んできたのは、部隊長だ。
隊長:『バレンタイン中尉もあまり調子に乗るな。いいな』
レオン:『へいへい。・・・ってそうじゃなかった』
純一:「どうした?」
レオン:『いかにもなジュラルミンケース持ったおっさんが来てる』
純一は窓から身を乗り出した。三十半ばと見えるスーツ姿の男が重たげなジュラルミンケースを片手に校門をくぐってきた。警備員と応対しているところだ。
純一:「他校の教師とか、販売業者じゃないのか?」
レオン:『だったら車で来るだろ。徒歩だぜ、このおっさんは』
隊長:『よし。バレンタイン中尉はミスターXに接触。ハギワラ少尉はスナイプ・ポイントにて待機。」
レオン:『バレンタイン、りょうかい』
純一:「萩原、了解」
それだけ告げると純一は立ち上がった。教室を出ようとしたところで藤二とばったり会った。
藤二:「あれ、どこ行くの?」
純一:「ちょっと野暮用だ」
藤二:「もう五時間目始まるんだけど」
純一:「遅刻すると伝えてくれ」
藤二:「はぁ。行っちゃったよ。次小テストなのに」
<一三二〇時 体育館・屋上 五時間目>
端から見ればサボりだ。日の光に当たって昼寝と洒落こんでいるように見えるだろう。
しかし、彼は眠ってなどおらず、それどころか神経を研ぎすませ、瞬き一つせずに一点を見つめている。
愛用のスナイパーライフル<PSG―2>のスコープに映っているのは、スーツ姿の男性とレオン・バレンタイン中尉、そして学校長である。
彼―萩原純一―がいる体育館の屋上から彼らのいる校長室まで直線距離にして三十メートル、北よりの風が吹いているが、狙撃に支障はない。だが強化ガラスを貫通させなければならないため、ちょっとでも射線軸がずれると窓ガラスにひびが入るだけに終わってしまい、最悪純一の存在がばれてしまう可能性があった。
純一:「動くなよ・・・・・・」
その強化ガラスはグレネード弾でも傷がつくだけで済むという、世界最高水準の防弾性を誇る。だが、秒速一〇〇〇メートル以上の弾丸をガラスに対して垂直に打ち込むと、あっさり貫通してしまうという弱点があった。それゆえ、少しでも狙撃対象が動くと仕留め損ねるのだ。
(中では一体どのような交渉が・・・)
スコープには、スーツ姿の男性が校長と談話している様子が窺えた。レオンが潜んではいるが、校長室には強力な電波ジャミング装置が―校長は一般人であるため、その存在を知らないが―設置してあるため、何を談話しているのかを盗聴することはできない。
純一:「何も起きなければそれに越したことはないが・・・・・・」
体育館の中からは授業でバスケットボールをしている音が聞こえるが、純一はそれを無視しひたすら待機し続けた。
<同時刻 校長室>
(くそ。こんなときくらいジャマー切っとけよ・・・)
レオン・バレンタインは焦っていた。スーツ姿の男性は学校長に向かって微笑を浮かべていた。窓から見えない左手には、<ソーコム・ピストル>が握られている。
???:「だから、おとなしくその生徒をここに呼べよ。俺はそいつに”会いに”来たんだ」
校長:「だ、だからっ・・・・・・危ないからその銃をしまいなさい」
しどろもどろな校長。ちっ、理事長はS.O.Fの人間だが一般の学校とおかしな点が少なくてすむように校長には一般人を据えたのが裏目に出たようだな。
(さあ、どうする・・・・・・)
スーツ姿の男性はレオンの存在には気付いていないようだが、その気があれば校長を射殺できるようだった。
勿論、相手が一端の傭兵であるならば、今すぐここを出て行って鎮圧できる。だが、その男はおそらくプロだ。レオンが隠れているロッカーからその男がいるソファーまで三メートルはある。迅速に動いたとしても間に合わないだろう。
(ここはジュンイチに任せるしかないか・・・・・・)
彼は息を潜めロッカーで待機し続けた。
<一三三〇時 体育館・屋上>
おかしい。純一はようやく何かおかしいことに気付いた。スーツ姿の男性の左腕が全く動く様子がないのだ。まるで外から見られることを拒むかのように。そして校長はその左腕を凝視し固まっている。
(この男がアクションを起こさない限り何もできんが・・・)
とりあえず純一は<PSG―2>の照準をスーツ姿の男性と学校長の間の虚空に定めた。スーツ姿の男性が腕を伸ばしたぎりぎりの位置を想定して、だ。これでいつでも狙撃が可能である。
(もう五時間目の授業には出れんな・・・ん?)
純一がため息をついたとき、スーツ姿の男性がアクションを起こした。自然な動作で左腕を伸ばした。ジョッキを掲げ乾杯でもするようななめらかな動作であったため見逃しそうになったがその腕には怪しく光る物が握られていた。
純一:「<ソーコム・ピストル>だと!?」
その昔、米国海軍などが好んで使用した銃だ。威力はないものの、汎用性は高い。既に世代交代したものと思っていたが・・・
(なんて感慨に耽る場合ではないな)
純一は<PSG−2>の引鉄を引いた。
<同時刻 校長室>
???:「だから。いい加減に出しなよ。腰抜けが。」
校長:「で、できません!生徒に危険が及ぶようなことは、この私が許しませんぞ!」
???:「ほう。これを見てもまだ偉ぶった口が利けるのか。」
スーツ姿の男性は左手の銃をちらつかせた。
???:「でも、こちらも時間がないんでね。いい加減に連れてきて貰わないと、少々乱暴な真似をすることになるよ」
校長:「じゃ、じゃあ何故藤原君を連れて行くのか、それだけでも教えてくれないかね」
???:「貴様が知る必要はないよ。でももう時間だ。ここまで粘らせた君にはお仕置きをしなくちゃならないねえ」
校長:「・・・・・・っ!何を・・・・・・」
言うが早いか、スーツ姿の男性は<ソーコム・ピストル>を校長の目前に突きつけた。
???:「至近距離で発砲すると、額に穴が開くだけじゃ済まないんだよ。頭蓋骨が粉砕しちまうんだぜ。くっくっく・・・・・・」
レオン:「マズイ・・・・・・!」
このまま待機していても校長は銃殺されてしまうだろう。そう判断すると、レオンはロッカーを飛び出た。
その時だった。突如轟音がしたかと思うとスーツ姿の男性の持っていた<ソーコム・ピストル>が吹き飛ばされた。純一がドンピシャのタイミングで狙撃に成功したのだ。
レオン:「逃げる所はないぜ。おとなしく床に手をつきな」
男はふいうちに面食らった様子もなく―むしろ校長が面食らっていた―、不敵な笑みを浮かべた。
???:「ふん。この俺に存在を気付かせないとは、なかなかやるな。それでこそS.O.Fのアンダーカバーだ・・・・・・」
レオン:「貴様、一体何を知ってる?」
???:「何もかも、だ。だがそれを君が知る資格はない」
レオン:「?・・・・・・何を!」
???:「悪いが、第二ラウンドと行こうか」
そう言い放つと男は空いていた右腕をスーツに忍ばせ、そこから何かを取り出すと虚空へ放り投げた。刹那、それから白煙が立ち込める。
レオン:「くっ・・・・・・!スモーク・グレネードか」
???:「ご名答。じゃあな、ヤングメン!」
白煙が立ち込め視認度はゼロに等しかったが、何かが突き破られる音がした。スプリンクラーが作動し、水が放水される。白煙は水分に吸収され視認度は徐々に回復した。扉が突き破られていた。
レオン:「くそ、逃したか!」
慌てて校長室を出るレオン。その場には何が起こったかを把握できず、びしょ濡れになった校長とジュラルミンケースが取り残された。
<同時刻 三年B組 五時間目>
美穂:「授業開始十五分経過、と。萩原君は欠席扱いね」
萩原純一のクラスでは数学の授業が行われていた。この学園では授業開始後十五分経っても生徒が戻ってこない場合、よほどの事情でなかった場合を除き該当生徒を欠席扱いにする校則があった。数学を担当する山瀬美穂は事務的に純一の欄に×印をつけた。職業上、このようなものには冷酷にならなければならないと、経験が物語っていた。
美穂:「もう、みんな静かになさい!」
至極稀にではあるが、授業に出ていない純一を心配する者、寝息を立てる者、談笑に花を咲かす者、授業は進んでいなかった。
美穂:「もう!いい加減にしてよ!」
美穂は目尻に涙を浮かべた。彼女には人に話を聞いてもらえないことがトラウマとして残っているのだ。
美穂:「・・・・・・話を止めなさい!」
美穂は思い切り机を叩いた。
ばーん。
空気を揺るがす程の轟音に一同は静かになった。それはまさしく純一がライフル弾を放った音なのだが、そんな事情を知らない美穂は自分が机を叩いた音だと勘違いしたのだった。
美穂:「・・・・・・・・・・・・・・じゃあ続けるわよ。教科書一三二ページを―」
それ以上話を続ける者はいなかったので、美穂は機嫌を良くし、授業に熱を入れた。
(私って、そんなに筋力あるのかしら・・・)
体育の教師に遇ったら、握力計を貸してもらおうと心に決めた美穂であった。
<一三五〇時 第一グラウンド 五時間目>
純一:「レオン!応答しろ!」
純一は焦っていた。スーツ姿の男性の銃を握っていた左手を狙撃したものの、スモーク・グレネードを使い逃亡されたことに悔恨の念を抱いていた。まさか両利きだったとは・・・・・・
純一:「おい!レオン、聞こえないのか!」
小型マイクに向かって怒鳴る純一。その収音性は、五十メートル離れた場所の水のしたたる音でさえ拾えるほどであるが、焦っている純一はそのことを忘れていたのだった。ちなみに今は授業中である。校内ではないから誰にも迷惑はかかっていないが、これが廊下であれば彼の行為は授業妨害以外の何者でもなかった。
『あー・・・・・・えてるぞ・・・・・・げほっ、げほっ』
純一:「おい!レオン、大丈夫なのか」
レオン:『お前にしちゃえらく慌ててるな・・・・・・心配いらねえよ。ただ・・・むふっ・・・・・・思い切り煙吸い込んじまった。奴もロストしたよ』
純一:「わかった。今からそっちへ―」
レオン:『待て!お前は外から奴を待ち伏せしろ!俺はちと奴の土産の処理をせにゃならん』
純一:「どういうことだ」
レオン:『ああ。ジュラルミンケースの中身は、<ロック>だ。間違いねえよ』
純一:「<ロック>だと・・・・・・!」
<ロック>・・・・・・それは二年前に開発された猛毒ガスであった。容器の中では液体になっているが大気に触れた途端、それは気体になる。有機体に触れたら最後、ゆっくりと分子レベルにまで溶解させてしまう、悪魔の化学兵器だ。<ロック>を浴びてしまった人間は激痛と共に自分の溶けていく様を見せ付けられ、極限の飢えを感じ死んでいくのだ。
レオン:『第二グラウンドに<エクセリオン>が置いてあるんだよな?』
純一:「ああ、そうだ」
レオン:『そいつで持っていく。解除キーは・・・』
純一:「”トラトラトラ”だ」
レオン:『了解!んじゃミスターXをよろしく』
―きーんこーんかーん
(くそっ、授業終わっちまったか!)
授業が終わり休憩時間に入ったということは生徒達が廊下に出ると言うことだ。それはすなわち、非武装の生徒が危険に晒されるということを意味していた。それだけではない―
授業に出れなかったことにより純一の補習が決定。予定されていた恵美との夕食会はキャンセルされることになった。
(今度は○茹でにでもされるのだろうか・・・・・・!)
純一にとってそれは任務の失敗や第三者が危険に晒されることよりアブナイことだった。
<一四〇〇時 第二グラウンド>
地盤が不安定なことにより職員会議により使用が厳禁された第二グラウンド。
勿論、その理由はでっちあげである。第二グラウンドには、ステルスモードで各種ETCを待機させてあるのだ。ステルス・モードとは、前方センサーと後方センサーに映る映像を装甲表面に投影させ周囲の風景に紛れ込ませるシステムである。空間が歪んで見えることや、赤外線センサーをごまかせないのが難点ではあるが、通常センサーには全く反応しなくなるので、軍事衛星やステルス戦闘機に発見されることはまずない。とは言っても、ステルスモードでは過度の動作ができないため、現技術では戦闘時に解除する必要がある。
レオン:「・・・・・・えーと、ここだな」
近くに落ちていた小石を放り投げる。すると何もないはずの空間で突如小石は放物線を描くのを止め、その場に落ちる。小石が止まった空間が、波紋状に空間の揺らぎを起こす。ここにETCがあるという証拠だ。
ETCの胸部からCBルームに入る。現行ETCにはSMTS(シグナル・モーション・トレース・システム―搭乗者の脳波を搭載AIが計測し、搭乗者のアクションを筋力補強機構パワー・アシストにより数倍に拡大し機体にアクションさせ、機体の表面センサーが感知した状況を搭載AIが搭乗者の脳に送り込む。つまりは、搭乗者がやりたいと思ったことをAIが実行させ、機体が感じたことをAIが搭乗者に感じさせるのだ。だから攻撃を受けると実際には負傷しないが搭乗者も痛みを感じる。)が導入されている。まるで自分がETCになったように感じるこのシステム、そのすごい所は、シグナル・トレースが搭乗者のイメージを実行させる所だ。例えば、袖からナイフを出すイメージをすると、AIがそれを感じ取り、腕部に収納しているチェーン・ナイフを取り出す。機体がナイフを握ると、AIがその情報を搭乗者に伝え、搭乗者は自分がナイフを握っているように感じる(実際には虚空をつかんでいるだけだ)。
まあシグナル・トレースには弱点もあって、搭乗者が雑念にとらわれていると、AIがその情報を処理できなくなり暴走してしまうのでETCの操作には熟練の搭乗者が必要であること、また頭部ユニットが吹き飛ばされたり、胸部ユニットを弾丸などにより貫通されると、搭乗者が死亡してしまう。大半は、そうしたことが起こらないようにセンサーとAIが連動し、シグナルトレースをオフラインにして搭乗者の死亡を未然に防ぐのだが、そうなると次はETCを動かしていると言う感覚を消失してしまうため、並の搭乗者では実質行動不能に陥り、機体を破棄せざるを得なくなるのだ。
レオン:「ま、なめんじゃねえぞ、と」
<エクセリオン>が起動する。核融合炉が唸りをあげ、徐々にその姿をあらわす。
レオンは一世代前の機体、MH-12<スカウター>を愛用しているのだが、今は整備中だ。
???:『・・・・・・こちらホエールD。ホエールC応答せよ』
レオン:「こちらホエールC。どうした、ホエールD」
純一:『ああ。事態が悪化しちまった。ミスターXは生徒一名を拉致、ETCにて逃走。追跡を続行しているが、砲撃をかわしながらではそのうちロストしてしまう』
レオン:「はぁ!?ETC持ってやがったのか?」
純一:『ステルスモードだったようだなっ!それだ・・・・・・ようだ!』
純一からの通信にノイズが雑じる。どうやら爆音のようだ。
レオン:「ああん!?聞こえねえぞ!」
純一:『・・・・・・がな、見た限りじゃ、アンチプロトンライフルを搭載しているぞ』
レオン:「・・・・・・なんてこった」
反陽子狙撃砲―
文字通り、粒子加速器内で貯蔵している反陽子をビームシールドでコーティングしたライフルから発射する広域殲滅用兵器である。ビームシールドを展開することにより、その兵器を使用するETCにはダメージが及ばないが、目標を含めその射線上にある物体は反陽子との対消滅で完全に消失してしまう。民間人をも巻き込んでしまうので、南極条約によりその使用、開発は厳禁されているものの、裏社会ではかなりの数が流通している。その兵器一つで、敵国を文字通り消滅させ得るからだ。誰もが畏怖し同時に欲求する悪魔の兵器。S.O.Fも一丁所持している・・・・・・そんなものを持っている―
純一:『もしかしたら・・・・・・あれか?』
レオン:「そうだろうな。ちっ、厄介なことになったもんだ」
純一:『後で給料割り増しでもらうか?』
レオン:「そうだな。俺は<ロック>を東京湾へ沈めてくる。ホエールDは追跡を続行―」
純一:『・・・・・・どうした?応答せよ、ホエールC』
レオンは戦慄した。愛用機のMH-12<スカウター>が、目の前で仁王立ちしていたのだ。
<一四〇八時 台場公園>
(くそっ、どうしたというんだ!)
ホエールCからの交信が途絶えた。いや、回線は生きているがレオンが答えようとしない。
目の前では依然としてSH-2<ナッパー>が逃走中だ。naper=人さらいか。大したユーモアじゃないか。悪いが笑えんぞ。
純一:「この辺りなら誰にも見られずに済むか・・・・・・?」
普段この辺は観光客などで賑わうのだが、会社も始まったばかりなのも理由の一つなのだろうか、閑散としていた。
純一:「もう少しだけ待っててくれ、藤原」
その時、胸ポケットに入れていた携帯端末が呼び出し音を鳴らした。ヘッドセットを接続し、応答する。
???:『ここまでくればいいんじゃないのか?』
声は笑っていた。どうやら、まんまとミスターXの策に溺れたらしい。
???:『最近暇でなあ。お前さんも、実戦はやっとらんのだろう?』
純一:「・・・・・・何が言いたい?」
???:『ここいらでファイトと行こうじゃないか。貴様がETCを呼び出すまで待っておいてやる。だが、貴様がただの腰抜けなら、このガキは殺すからな?』
純一:「・・・・・・いいだろう。では三〇秒もらおうか」
SH-2の肩に抱かれた藤二が何やら叫んでいたが、純一の耳には届いていなかった。
<同時刻 S.O.F本部>
ウィル:「聞いたか。急いで出してやれ!」
本部は慌てていた。萩原純一少尉が、ETCを三〇秒でよこせと言い出したからだ。人命がかかっているため、遅らせてはならない。勿論、テロリストがカマをかけているという可能性も普通ならあるのだが、S.O.F総司令官ウィリアム・バルハート少将はこのテロリストの声に聞き覚えがあった。
もし、奴なら―こうした駆け引きで嘘などつかない。言い出した事は必ずしでかす男だ―そう認識していた。
管制士官:「無茶ですよ。ロケットブースターを装着しても、五〇秒は・・・・・・!」
ウィル:「やれといったらやるんだ!なんでもいいから一番速いのをだせ!」
管制士官:「りょ、了解!」
管制士官はちょうどロケットブースターが装着されていたETCに発射サインを出した。時速420キロメートルで海上に飛翔するETC。ステルスモードを起動し、その姿は消えていった。
ウィル:「なんとか間に合うな。・・・・・・で、何を出したのかね?」
管制士官:「はっ。ちょうどロケットブースターが装着されていたものを出しましたが」
ウィル:「えーと、何を出したのかね?」
格納庫の様子をモニターで見るバルハート。
ウィル:「・・・・・・」
管制士官:「あ、あの・・・少将殿?」
ウィル:「なんてことを・・・・・・」
管制士官が何気なしにGOサインを出した機体は、その汎用性の悪さと、場所を選ぶ固定武装により、お蔵入りとなっていた試作機だった。
ウィル:「あんなものを、ぶっつけ本番で扱えるのか・・・・・・?」
ただただ天に祈るばかりのバルハート少将だった。
<一四一〇時 台場公園>
???:『三〇秒だぞ。時間切れかな?』
肩に抱いた藤二に大型ハンドガンを突きつける<ナッパー>。それと同時に純一の真上から垂直落下してくる何かがあった。
純一:「いや、間に合ったぞ!」
声高らかに宣言する純一。
純一:「でろぉぉぉぉぉぉぉぉ!―」
叫ぶと同時に純一の真後ろに着地するETC。純一は落下を確認するとすかさずCBに入った。見たことのない機体だが、新型機だろうか?
AI:「名、性、コールサインを」
純一:「ジュンイチ・ハギワラ。ホエールD。」
AI:「声紋照合。本人と確認。俺のことはバスクと呼んでくれ」
妙だな、と純一は思った。オーストラリア製のくせに基本言語が日本語なのだ。そこにはつっこまないとしても、AIの態度が気になる。
バスク:「どうかしたか少尉」
純一:「その口調をどうにかできないのか?」
バスク:「搭乗者の思考パターンを認識し一番任務に支障がないようにこちらの思考回路をチェンジしただけでございますです。何なら変更致しますが?」
純一:「いや、今はどうでもいい。前方の敵のコントロールを奪うぞ」
バスク:「了解。では自律歩行モードを解除し、搭乗者にコントロールを委託します。システム、S、M起動。」
バスクが言い終えると、純一の足に砂利を踏んでいる感覚が襲った。今、自分はこの機体と一つになったのだ。
純一:「バスク?」
バスク:「どうした?」
純一:「この機体の名称は?」
バスク:「MHR-X1<ヒュージアルト>」
純一:「装備武装を教えてくれ」
バスク:「了解。じゃあ脳に送信するぞ」
バスクが純一に武装の情報を”教える”。脳の海馬体に直接刷り込むのだ。搭乗者は「既に知っている」という感覚に襲われるが、実際は今知ったばかりなのだ。
― ―なんだこれ。
それが純一の感じた率直な感想だった。武装のほとんどが近距離用なのだ。有効範囲はせいぜい10メートル。人間サイズで例えるなら、この機体の戦闘スタイルはドスを構えて突っ込む、突撃型のようだ。
純一が普段使用しているタイプとは正反対の機体であった。だが、<エクセリオン>あたりとコンビを組めばいいかもしれない。
???:『―さて、行こうか?』
<ナッパー>が身構えた。
純一:「さて、パーティと行こうか―」
<ヒュージアルト>は<ナッパー>めがけて跳躍した。
<一四二〇時 お台場近辺>
どのくらいこうしていただろうか・・・・・・?
レオン・バレンタインは目前のMH-12<スカウター>と対峙していた。
誰が乗っているんだ・・・・・・あいつは、この世界に二機しかねえはずだぞ?いや、一機は俺が潰したから、俺の使ってる分しかないはず―
しかし、目前の<スカウター>はレオンが使用している物ではなかった。レオンはこだわりとして、自分の使うETCにはワシのレリーフを右肩に彫る。
だが、目前のそれには無かった。
このまま耐久戦になってもよかっただろうが、あいにくレオンは短気であった。
(全周波帯で呼びかければひっかかるか?)
装着していたヘッドセットの通信バンドをフルアクセスにする。
レオン:「やい!どこの誰かはしらねえが!なんだって<スカウター>を持ってやがる!」
???:『・・・・・・ほう。ミズ・カスガの情報は正しかったか。』
レオン:「・・・・・・なに!?」
(カスガだと。何故その名を・・・)
レオンにはその名前に聞き覚えがあった。聞き覚えなんてものじゃない。S.O.Fに関係のある者なら誰もが知っている。
ETCの開発責任者、開発後に行方不明となっていた人物だ。
???:『いいねえ。この玩具は。実に便利だよ。』
レオン:「何ほざいてやがるっ!?」
???:『この玩具であほどもをあしらってやれば、敵の攻撃だと思い込んで同士討ちを始める。ふふ、人類とはつくづく愚か者だな』
レオン:「戯言を・・・・・・っ!」
???:『ふん。だが、これを見られたとなれば貴様には真っ先に死んでもらう必要があるな。まだ寿命には早いだろうが、死んでくれたまえ』
レオン:「はっ。それで、はいそうですか、と大人しく死ぬとでも思ってんの?お前には聞きたいことが山ほどあってね!」
???:『そうかい坊や。だったら俺を倒して聞くんだな!』
レオン:「へっ!上等!」
跳躍する<スカウター>めがけ、レオン操る<エクセリオン>は身構えた。
<一四三〇時 台場公園>
現代ETCでの戦闘において、長時間戦闘することは搭乗者と機体両方に過負荷を強いることになる。パワーアシストシステムが導入されているとはいえ、ETCの操縦は搭乗者の体力勝負となる。長時間戦闘により搭乗者の体力が尽きてしまえば、ETCは無力化してしまう。それだけでなく、ETCの核融合炉がオーバーヒートしてしまうことでも、無力化してしまう。そうなれば、ETCはただの木偶人形となってしまう。
それにも関わらず、純一が二〇分戦闘を続けていられるのは、彼が幼い頃より戦争に携わり、己の肉体を鍛え上げたが故だ。だが―
(これ以上はこいつが持たんな・・・・・・)
<ヒュージアルト>の核融合炉がそろそろ悲鳴を上げそうだった。
<ヒュージアルト>の戦闘スタイルは一撃必殺だ。最前線にその機動性で突撃、敵を翻弄し短時間で後退。もともと長時間戦闘には不向きな機体なのだ。
世界で最も運用されているETCにSH-7<フリゲート>というのがあるが、その稼働時間は約五〇分だ。それと比べるなら、<ヒュージアルト>の稼働時間はせいぜい三〇分といったところか。
???:『どうした?そろそろへばっちまうか?』
落ち着け。敵の挑発に乗るんじゃない。
???:『流石はマキナの子、といったところか?』
純一:「・・・・・・」
???:『どうして知っている、とか考えてるだろ?』
純一:「・・・・・・・・そうだ」
???:『実にいいデータを持っていたよ彼女は』
純一:「なに?」
???:『あの科学者を捕らえて中枢神経を自白装置にかけたのさ。このETFとやらといい、<デウスエクスマキナ>といい。この世界の<テラン>は殺しの玩具に関しては素晴らしいものを持っているようだ。』
純一:「なんのことだ?」
???:『だが、いかんよ。実にいかん。その力は、宇宙の摂理に仇なす物だ。滅びの花は蕾の時に摘んでおくべきだ』
純一:「よほど好戦的なようだな、貴様は」
???:『好戦的?・・・・・・ふふっ、あーはっはっは―』
純一:「何がおかしい!」
<ヒュージアルト>の右腕部に装着されている指向性地雷打込機<ヘッジホッグ>の残弾数を確認する。残り三発。
???:『我々はこの宇宙を守りたいだけさ。だが、<テラン>は宇宙の存続を揺るがす脅威なんだよ。脅威は拭い去るに限る。』
純一:「やかましいっ!」
<ヘッジホッグ>を打つ。だが、当たる数瞬前には<ナッパー>の姿が消えている。<ナッパー>も<スカウター>も、攻撃力は心許ないがその分機体重量が軽いので、スラスターをフルバーストさせれば、残像を見せるほどの高速移動が可能だ。純一もレオンも、一度操縦したことがあるだけに、その事を良く知っていた。同時にその弱点も知っているのだが―
???:『当たらんよ。この玩具にも弱点はあるのだろうが―』
打ち込む!・・・・・・回避。
搭乗者の手馴れた操縦がその弱点をもカバーしていた。
???:『所詮はその程度か、<テラン>の進歩の限界だな』
まずい。こいつは― ―倒せない。バスクが核融合炉の温度上昇を告げているが、純一の耳には入っていなかった。
純一は今まさに― ―焦燥を感じていた。
ETCを扱い続けて五年。その長所も短所も熟知しているつもりだった。だが、この敵には今までの経験をもってしても敵わない。このままでは負けてしまう。このままでは―
その時、レーダーが一つの影を捉えた。
???:『おや?ここにもマキナの子が一人―』
純一:「・・・・・・っ!」
<ヒュージアルト>の後方一〇〇メートル地点に、こちらへ近づいてくる朝比奈恵美がいた。
純一:「・・・っ!来るな!」
君は来てはいけない。君だけは誰かに捕まるわけにはいかないんだ!
恵美:『・・・・・・!』
恵美に呼びかける。聞こえたのだろうか、体を硬直させた。
その時、背中に違和感を覚えた。恵美に気を取られている隙に、<ナッパー>が<ヒュージアルト>の背部にチェーンソー・ナイフを突き刺していた。
純一:「ぶはっ!・・・・・・っ!」
激痛が純一を襲う。シグナルトレースをオフラインにできなかったため、<ヒュージアルト>が人間として感じるであろう痛みがそのまま純一に伝わる。
純一:「バスクっ!・・・・・・シグナルトレース、オフ!」
バスク:「了解。システム、Sオフ」
全身の感覚が消える。背中にはまだ激痛が残っているが、そのうち消えるだろう。
???:『ははははは!シグナルトレースを切っていいのかな?』
<ヒュージアルト>の右脇腹を刺す。痛みは感じない。
???:『システムSを切るということは、攻撃を受けても痛みは感じないが、攻撃しても当たったという感触がしなくなるんじゃないか?』
その通りだ。確かにこの機体の場合、ロングレンジ兵器が少ないため感触がないのは色々と困る。だが―
???:『さて、そろそろ終わりにしようか』
純一:「・・・・・・!」
<ナッパー>が分身し―いや、高速移動しているだけだ―アンチプロトンライフルを構えた。
???:『ほらほらほら、当てないと何百人と死者が出るぞ?』
純一:「ふん、この俺をなめてもらっちゃ、困るな」
???:『なに?』
もはや迷うことはない。<ヒュージアルト>は真っ直ぐ突進すると、分身めがけて<ヘッジホッグ>を打ち込んだ。当たった感触はない。
分身が消えた。命中。
<ナッパー>は五〇メートルほど吹き飛ばされていた。藤二も吹き飛んでいる。
純一:「よっと」
空中でその体をキャッチする。気を失っているらしく、「うー」などと呻きを漏らしている。
<ナッパー>は動かない。機関系を壊したのだろう。左手で六四ミリ口径マシンガンを持ち、<ナッパー>に向けた。
純一:「さあ。知っていることを吐いてもらおうか?」
???:『・・・・・・』
純一:「答えろ!」
???:『ふふふ・・・・・・・・・・・・一つだけ言っておいてやろう。死に掛けの獲物はとっとと息の根を止めるべきだ』
純一:「ん?何を・・・!」
言いかけて純一は翻した。
恵美:『・・・・・・ん?・・・っ!きゃぁ〜〜』
固まっていた恵美を回収し全速力でその場を後にする<ヒュージアルト>、その数瞬後、<ナッパー>が自爆した。捕虜になるくらいなら死んだほうがマシであると判断したのだろう。
レオン:『こちらホエールC。ホエールD応答せよ』
純一:「こちらホエールD。どうした?』
レオン:『<ロック>を東京湾に沈めてきたんだが、ほんとに良かったのかね?』
純一:「心配ないだろう。そのうち海底に沈むさ』
レオン:『そんなもんかね・・・・・・あっ、そういやさっき<スカウター>が出てきてよ』
純一:「<スカウター>?整備中じゃないのか?」
レオン:『いや、それがどうも”俺の<スカウター>”じゃないみたいなんだよ』
純一:「なに?だが<スカウター>は―」
レオン:『ああ。俺の使ってるのしかないはずだ。設計図もこの世にないからな。しかもそれに乗ってた奴がおかしなことを言っててよ。この世界がどうとか、宇宙が危ないとか―そういやお前の方はどうなったんだ?』
純一:「あ、ああ。拉致された生徒は救出。敵機は、自爆した」
レオン:『そうか。とにかくお前は学校へ戻れ。俺はこのまま周辺を哨戒してくる』
純一:「了解。じゃあな、お疲れさん」
レオン:『お前もな』
純一は、気絶する藤二と恵美を抱えて学校に戻った。
エピローグ
<20XX/02/SEP. 二〇〇〇時 S.O.F本部>
悪夢のような出来事が起こった日から一日。純一は総司令官に呼び出しを受けていた。
こんこん。ドアをノックする音が聞こえる。
ウィル:「入りたまえ」
純一:『萩原純一少尉、参りました』
ウィル:「どうしかしたのか?」
見ると、純一は苦悶に顔を歪めている。
純一:「いえ、実は先日の戦闘にて、シグナルトレースをオフラインにしないまま、背部を刺されました」
なるほど、とバルハートは失笑を漏らした。
純一:「あ、あの・・・・・・少将殿?」
ウィル:「なに、そう畏まるな」
純一:「いえ、まだ非番ではありませんので。では失礼します」
ウィル:「まあ待て。まだこちらの話が済んでおらん」
純一:「・・・・・・・・・・申し訳ありません」
ウィル:「ははは。まあ良い。報告書を読ませてもらった。どうやら、事態は二重にも三重にも複雑なようだ」
純一:「と、申されますと?」
ウィル:「無限の多様性、という言葉を聞いたことがあるか?」
純一:「は?・・・・・・いえ」
ウィル:「そうか。いや、そのことはいいのだが。その昔ある科学者が、起こりうる可能性の分だけ世界が存在すると言ったんだ」
純一:「どういうことでしょうか?」
ウィル:「わからんか。まあわかりやすく言えば、無限に平行世界があるということだ。戦争がない世界、爬虫類が天下を取る世界、地球が存在しない世界。ありうる分だけ世界が存在するということさ」
純一:「あの・・・・・・それが?」
ウィル:「うむ。これはあくまで推測にすぎんし、笑ってくれても構わんよ。だが、こうとしか思えんのだ。バレンタイン中尉が破壊したMH-12だが、確かに彼が使用しているのはこの基地で整備していた。設計図は五年前の事件で消失してしまったし、どこかで秘密裏に製造された事実もない。これがどういうことかわかるかね?」
純一:「いえ・・・・・・」
ウィル:「あのMH-12がこの世の物ではないとしたら、納得がいくのだよ」
純一:「・・・・・・」
ウィル:「五年前、失踪したカスガ主任。それとともに消えた設計図の数々。それらが全て平行世界へと消えてしまったのなら、今回、ミスターXが存在しないはずのETCに乗っていたのも納得がいくのではないか?」
純一:「ええ。まあ」
ウィル:「・・・・・・この度のことに関しては、調査委員会を設置する。君はもう休みたまえ」
純一:「はっ、それでは失礼します」
純一は退室した。またしても室内に静寂がおとずれる。
ウィル:「・・・・・・ジュンイチには苦労をかけるな、まったく」
ウィリアム・バルハートは机上の書類に目を通した。
<第二次創生計画 試作No.001 ジュンイチ・ハギワラ>
[了]