俺が辞めたパーティが、うちのドラゴン見て戻ってきてくれと泣きついてきた
都会の酒場、その喧騒の中で、俺たちのテーブルには重い空気が漂っていた。
からり
エールの瓶が冷やされている氷樽。その中の氷が崩れる音。
誰かが短く息を吐くと、それを合図にしたかのように、パーティリーダーのマイクが口を開いた。
「気は、変わらなかったみたいだな」
「あぁ、済まないとは思ってる」
自身の意固地さに苦笑しながら、俺は応えた。
「なら、手続きは明日だ。パーティ資金も、ちゃんと分ける」
思いがけなかった言葉に、慌てた。
「いや、今回のこれは俺のわがままみたいなもんだし、そこまで甘えるわけには……」
「何言ってんだよ!」
呆れたような声と同時に、肩を小突かれた。
パーティ唯一の魔法職、サイードが、いつものお調子者な様子を控え、真面目さ五割増しの顔。
「みんなで貯めたんだから、お前の分だってあるに決まってんだろ? 金なんて腐るもんでも無いんだから、変な遠慮すんな」
向かいでは、普段口数の少ない盾職、バンクが大きく何度も頷いていた。
「まぁ、うん、そこまで言うなら、受け取ってやらんこともない」
俺の言葉に苦笑する三人。
翌日、俺は、冒険者になってずっと組んでいたパーティから、除名された。
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きっかけは、一週間前。
俺たちは冒険者のランクを上げる条件である、中級ダンジョンの攻略を計画していた。
その練習として、所属している冒険者ギルドの担当範囲内で、一番辺鄙な低級ダンジョンの攻略を行ったのだが、予想外のことが起こった。
ダンジョンボスを倒し、開かれた最奥の扉。
通常は地上へと帰還するための転移門が置かれているだけの空間。
俺たちもそうであるものと信じて潜った先、待っていたものは。
ずらりと並べられた宝物、そして降ってくる声。
『我が迷宮を良くぞ制覇した。そなたらの武勇を讃えよう』
ダンジョン初攻略への称賛とご褒美だった。
持ち帰れるのは一人一つ。
棚に書かれている説明を一言一句逃さないように何度も読み返して、俺たちは宝物を吟味した。
マイクはマジックバック。
サイードは風のスキルオーブ。
バンクは大楯。
そして俺が手に取ったのは……
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ずっしりと重い皮袋。当面の資金を失わないようにと、俺は背負い袋を降ろして口を開いた。
袋のほとんどを占めているのは薄い青色をした球体だ。
若干ざらついた表面をひとなでして、その横へと皮袋を滑り込ませた。
『ドラゴンの卵』
書かれている内容は短かった。
それでも、見つけたからにはそれ以外考えられなかった。
だって、かっこいいだろ!?
ドラゴン!
おっきくなったら空だって飛べる!!
新たな力を手に入れた俺たちは、かなーりあっさりと中級ダンジョンを攻略し、ランクが上がった勢いで都会へとやって来たのだが、
「へぇ、ドラゴンの卵ですか、どこに売るんですか?」
初攻略について自慢してた俺たちにかけられた受付の一声。
「売る?」
ゆっくりと振り返った俺の顔に、若干後ずさる受付のお姉ちゃん。
「え、だって、ドラゴンって巣立ちまで五百年かかりますよね?」
「ごひゃくねん?」
「だから、お貴族様や王城に売りに行くのが普通……ひょっとして、知らなかったんですか?」
中級ダンジョンを攻略した時の会話が蘇る。
『さすがだな、バンクのおかげで誰も怪我しなかった!』
『いや、サイードの風の探知にかなり助けられた』
『いやいや、俺が活躍できたのは、マイクが魔力ポーションいっぱい準備してくれたからだって!』
『なんかごめんな?今回俺ほとんど役立たずで……』
『気にすんなって!ドラゴンが大きくなったら目一杯こき使ってやるから!!』
『あはは、お手柔らかに頼むよ』
攻略報酬によって明確に開いてしまった戦力差。
三人は、ドラゴンの卵を売って、何かしらの装備を整えればいいと言ったが、俺はそれに断固として反対した。
パーティの安全を確保する斥候としては、俺を気にかけるあまり、仲間を危険に晒す可能性は受け入れられなかった。
だから今回は、仕方がなかったんだ。
「じゃ、俺、行くは。元気でな」
軽く声をかけて、重い背負い袋を肩へと通す。
「お前も、無理すんなよ」
マイクが若干の心配を滲ませて、俺の肩をぽんと叩いた。
「何かあったらギルドに連絡入れろよ?」
「ガキ扱いすんなって!」
茶化すようなサイードの言葉に、軽く胸を突いた。
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五ヶ月後
パーティを抜けてから、新しく仲間を探す気にもなれなくて、俺は低級のダンジョンに潜って細々と生活を続けていた。
たまに耳に入るのは、元パーティが立派に活躍している噂話。
背負い袋の重さを感じつつ、その日もダンジョンの水場へと向かい、ヒカリゴケの採集に勤しんでいた。
めし
わずかに重い音、背中に感じたわずかな振動。
はずみで引きちぎったヒカリゴケのかけらを投げ捨てた。
周囲を改めて警戒し、モンスターの気配がないことを確認して背負い袋を降ろす。
みし、ぺし
音がするんですけど!?
特に何も考えず、衝動的に卵を取り出して抱える。
揺れてるんですけど!?
きゅぃ
声がした〜!!?
「が、頑張れ?頑張れ!」
ペキ
小さな音、小さな穴。
覗き込むように声を掛ける。
手助けってしても良いのか?
ドラゴンの卵について、調べようにも何にも参考になる本とか無かったんだよ!!
内側から穴が盛り上がり、ぴしぱしとカケラが落ちていく。
小さな鼻先が飛び出した。
わずかな魔力灯の、緑色の明かりに照らされて、薄く、淡い光を跳ね返す。
俺は卵を抱えたまま立ち上がり、背負い袋の紐を腕に引っ掛けたまま、ダンジョンの外へと駆け出した。
だって! 明るいところで見たいもん!!
ぜぃぜぃと胸の奥で妙な音を立てるのも構わずに、ダンジョンから飛び出した俺は人気のない森の中へと向かった。
安全確保?
俺の宝物だから俺が独り占めすんだよ!!
鳴り止まない胸の鼓動と荒い息、俺が見つめる中で、にゅるりと頭が飛び出した。
白い、純白というより乳白色? 温かみと透明感のある白い鱗。
ぱっちりと開かれた瞳は綺麗な緑色だった。
黒目が急激に細くなり、眩しそうにぱちぱちと瞬きを繰り返す。
木漏れ日に包まれ、世界に祝福されているかのようだった。
すぐに俺の存在に気づいたドラゴン。
うわ、じぃっと真正面から俺の顔を見上げて来た。
それから、うにょんと首を反らせて顔の片側、片目だけで見つめて、お目目が、うるうるです。
再び真正面、顔を斜めに傾けて、
きゅっ?
不思議そうに上がった鳴き声に、俺の心は捕らわれた。
そのまま、ドラゴンは俺に首を伸ばそうとしたのか、狭い卵の穴に体を詰まらせた。
「ああぁ、待って待って、つっかえてる、広げるから待って!」
ようやく働き始めた俺の頭。
慌てて首の生えている穴へと指を伸ばし、そっと差し込んで内側から押し出すように穴を広げる。
折り畳まれた小さな羽、細い前足。
きゅぅ……
不満そうな声、再び突っかかったのは、柔らかく膨れたお腹だった。
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「かわゎ……」
宿に戻り、ベッドの上。ドラゴンは俺の腕の中で眠っていた。
手のひらよりかは大きいけれど、首も尾も細長いせいか、やけに頼りなく見える。
多分、おそらく、卵生だし、少しの間はお腹に栄養が残ってるはず。
そんなかわゆいぽっこりお腹の胴体に、尻尾と首が巻き付くようにして丸まっている。
そっと、枕元に置こうとしたら、むずがるように、短い手足が動いた。
はい、抱っこ継続ですね?喜んで!!
翌朝、トイレから戻った俺の耳に、小さな叫び声が突き刺さった。
慌てて部屋のドアを開けた途端に、鳴き声は止まった。
俺の顔を確認し、涙を振り払って走り寄ってくる白いにょろにょろ。
ちてちてちて
爪が床を鳴らした。
「あああぁぁ!ごめんよぉ!!起きちゃいましたか?寂しかったでちか〜!!?」
きゅっ! きゅぅ!!
抱き上げるとぎゅぅっと肩へと立てられる爪。
抱っこ袋を早急に手配しよう。肩あても。
俺は決意を固めた。
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三日後。
ギルドの資料室から借りた魔物事典をめくりながら、俺は無意識に呟いていた。
「なまえ〜、なーまえ〜」
それに応える声は袋の中から生えて来た。
「きゅ〜、きゅわ〜」
ついでに興味深そうに伸ばされる前足。
「こーら、本に爪立てようとしない。父ちゃんのお財布が軽くなるでしょーが」
「みゅ……」
反省の声をあげて引っ込められた爪先をつつき、頭を撫でる。
ちゃんと言うこと聞けて偉いぞ。うちの子天才。
「あんまりイタズラするなら名前きゅー太郎にしちゃうぞ?」
「きゅ!」
「喜ぶなよ……」
それから少し、三冊目の植物図鑑を読み終わり、机の上へと置いて、俺はおチビさんを抱き上げた。
「きゅぅ?」
「命名、リラックタリア! 綺麗な白い花でな? めっちゃ美味しいみどりぃ実! 大きくなったら一緒に食べに行こうな〜」
「きゅ!!」
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ドラゴンが孵って一月。俺がパーティを抜けてから半年が経った頃。
ギルド経由で連絡が入った。元パーティからの呼び出しだった。
待ち合わせ場所は、元々は酒場だったのを、うちの子の教育に悪いから軽食屋に変更してもらった。
店のドアを押し開けると、涼やかなベルの音。
抱っこ袋の中で丸くなって眠っているリラ。
その体がもぞりと動いたのを布越しに感じ、思わず口元がニヤけた。
うちのリラたん、音楽の才能もあるかもしれん。
「お、こっちこっち!」
不思議と全く懐かしいと感じないサイードの声。
席から立ち上がってこちらを手招きする姿。
二人もいつものようにこっちに手を振って……って、俺、待ち合わせの十分前に来たんだが?
こいつらいつからちゃんと時間守れるようになったの!?
俺が席に着いた途端、マイクがマジックバックから一振りの短剣を取り出し、机の上にゴトリと置いた。
「最近潜ったダンジョンで見つけたんだ」
やけに嬉しそうに俺に報告してくる元リーダー。
続きはサイードが引き取った。
「これな、不壊のエンチャントがついてんだよ!これならお前の戦力も上がるし、また一緒に……」
「きゅ?」
不思議そうに短剣の鞘へと鼻を近づけているリラックタリア。
うるさいから起きちゃったかぁ、サイードには後で仕返しだな。
「か……か…………」
口を閉じたり開いたり、時折妙な声を発する二人。
リラは全員の注目をものともせずに、かぷかぷと鞘に歯形を残している。
お腹すいちゃったのかな〜?
「「かっ! かわわ!?」」
ふ、当然だな、うちの子だぞ?
「ドラゴン!?産まれたのか!!」
「一月前にな。名前はリラックタリアだ」
「きゅわっ!」
ああぁ! おてて上げてお返事できるリラたんしゅごい!!
再び抱っこ袋の中でお昼寝を始めたリラックタリア。
三人の視線は俺の腹回りから一切離れようとしない。
「パーティに……」
口火を切ったのがバンクだったことに驚いた。
言いかけた言葉に首を振る。
「いや、この子もいるし、不壊のエンチャって売ったらすごい額だろ? 俺にはそれを買う金なんてないよ」
「俺をお前のパーティに入れてくれ」
「そっち!?」
必死に俺の腹を見つめるバンク。
「あっ!ずるいぞ!俺も!俺もリラちゃんと同じパーティがいい!!」
やめろ、サイード、腕を掴んで揺さぶるな、リラが起きる。
冗談だとはわかっているが、若干気まずくなってマイクの様子を伺った。
「お前ら……二人とも……」
拳を握り締め、若干震えているように見える。
「勝手に決めるな!! 俺だってリラちゃんのパーティがいい!!」
「お前もか!? ってか、俺パーティ作ってないし」
そもそもの話をすると、三人が一斉に立ち上がり、
「「「どうか、どうかパーティに戻ってください!その子を可愛がる機会を!どうか!!」」」
これまた一斉に縋り付いてきた。
外套の上で丸くなり、無防備な寝顔を晒しているリラックタリア。
そんなうちの子をそのまま溶け落ちそうな表情で見つめる三人。
すこーしだけ意地悪をしたくなり、小声で問いかける。
「お前ら、卵売れって言ってたの、覚えてる?」
「あああぁぁ!?俺は、俺は何てことを!?」
っ、サイードが壊れた!?
「こんなちっちゃくて愛らしいにょろにょろを売り払えだなんて……かつての俺を殴りたい……」
マイクがリラを起こさないように椅子の上で膝を抱えて呟き出した。
そんな中、席を立った一人。
「待て、どこ行くんだ?」
「……ちょっと自罰を与えに」
「冗談ひとつに自傷しようとすんな!!」
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夜、いつの間にやらパーティに戻ることになってた俺は、宿を移りマイクと他愛のない話をしていた。
残り二人は別部屋である。
「お前がいないと迷走が多くてだな〜」
別れてから挑んだダンジョンの地図を広げて、マイクはしみじみと呟いた。
「代わりの斥候探せばよかったのに」
俺は受け取った短剣の鞘、そこに残った歯形をなぞりながら返す。
「いや、地図はあるし読めるんだ」
「どゆこと?」
確かに地図の書き込みにもおかしなところはない、パーティの評判だって、活躍を褒めるようなものばかりだった。
俺の問いに、マイクは真面目な顔をして頷いた。
「ツッコミ役が俺だけだと、あいつらのボケが際限なくなる」
「お前もボケ側だろが」
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さらに半年が経ち、俺はリラに指示されるがままに、ベッドから少し離れた位置で向き合っていた。
「……んきゅ!」
気合の入った鳴き声と共に、大きくなった小さな翼が羽ばたき、ふわりとその体が宙に浮く。
そして、そのまま俺の腕の中に飛び込んでくる白いにょろにょろ。
距離はたったの一歩ほど。
「ぷきゅ〜」
満足そうに腕の中で体をくねらせる姿が、何故だろう、滲んでよく見えない。
「……っ!……ぐっ!!」
喉がひきつって、変な声が漏れた。
空飛ぶとか……うちの子天使…………。
「すごいな!リラちゃん飛んだな!」
「ちゃんとドラゴンなんだな〜」
「肉だな、お祝いだ」
バンクの言葉にハッとする、ダンジョンのモンスター肉、在庫無かったハズだ。
うちのリラたんにお祝いのお肉を食べさせられないとか、それはもう父ちゃん失格なのでは!?
「よし、ダンジョン行こう!」
俺の叫びに即座に返事が返ってくる。
「ランクは?」
「超級!!」
最近挑戦許可が出たばかりの超級ダンジョン、ダンジョンのランクが高いほど、ドラゴンにとっては美味しいお肉が取れると聞いて、俺たちが頑張った結果だ。
「あそこか〜、毎回遺書書かないといけないのが面倒だよな〜」
字を書くのが苦手なサイードのぼやきを受け流しつつ、俺たちは冒険の準備を始めた。
目指すはリラたんの大好物のお肉である!
end
おまけ
リラックタリア 百合みたいな花で緑色の半透明な実がなる。甘いけど動物と競争。タネがでっかい。果肉が柔らかいから市場には出回らない。
遺書
「このダンジョンに挑戦するにあたって、危険性は十分理解しており、帰還予定が遅れた場合も救助要請などが発生しないことも納得しています。ギルドに預けてある財産は事前処分申請可能割合を、出身地であるイーガ村の孤児院に寄付してください」
マイク「以下同文です」
サイード「危ないって知ってるから行ってきまーす。死んでも文句言わないよ」
バンク「同上」
「お前らなぁ!?」




