度重なる旅
「ねぇ兄ちゃん!!!もうどこにも行かないでよ!!」
「すまねぇな、俺は夢を叶えなくちゃ、「旅」にでなくちゃ。」
それが、彼が家族と交わした最後の会話だった。
当時、日本の戦状は最悪だった。
日本の勇逸の防衛ラインだったサイパン島などが取られ、
いつ空爆が来てもおかしくない状況だった。
しかし、それでも兵役の義務がある者は、ある場所に
向かわなければいけない。
彼には元々、「パイロット」になるという夢があった。
いつか、自分の作った飛行機で、世界を旅したい。
そう思って、お母さんに借金をしてもらいながらも
航空整備士の専門学校にまで通っていた。
しかし、戦争が始まってからは、
戦闘機の整備をしたり、その部品を作ったりするだけの
作業ばかりで、収入もあまり得られず、ずっと貧乏だった。
なんなら、
最前線で戦えとも言われたことがあった。
その時は、さすがに家族にも言えず、ずっと、
「にいちゃんは旅に出てくるからな。」
「ちょっと旅に行ってくる。」
「また旅に行かないといけないんだ。」
と、嘘をついていた。
…今更だが、母さんはとっくに気づいていたのかも
しれないな、と思った。
そして、今日も「旅」に出なくてはならなかった。
度重なる旅は、彼の精神をだんだんと蝕んでいった。
しかし正直なところ、彼には飛行機乗りの才能があった。
敵から飛んでくる球を華麗な宙返りで避け、
背後に周り敵機を撃ち落とす。
簡単なように見えて、正確な判断をする力と、操作力、
そして何よりも、
「人の心」を無くすことが大切だった。
しかし彼は、人の心を無くしてなんかしない。
彼には家族がいる。
「旅」はいつか必ず家に帰ってくる。
そして、その「旅」の感想を伝えなければいけない。
たとえ、どんな辛いことでも。
絶対に死ねない。
その一心で、彼は生き残り続けた。
無事、日本の飛行所にたどり着いた時、
滑走路の横に、見覚えのある顔をした人が数名いた。
家族である。
「ねえ、にいちゃん「旅」どうだった?」
「かなり大変だったよ、あんまり弟にはこんな思いは
させなくないね。」
「あんた、無理しなさんなよ」
「大丈夫だ。」
とその時、飛行場に警報が響き渡る。
『太平洋側から、数十機の戦闘機がこちらに進行中。
動ける者はただちに迎撃に向かえ』
彼は動ける、今すぐ行かないといけなくなってしまった。
「さあ、俺は行かないと」
「えっ…ねえ旅って」「弟よ。」
「今後、絶対に人が不幸になるような嘘はつくなよ。
約束だ。」
「っ…!!ねぇ!行かないでよ!にいちゃん!」
「っ…すまねぇな、俺は今から、
夢を叶えなくちゃ。」
彼はそのまま飛行機にエンジンを入れ、空へと飛び出した。
弟はなにか叫んでいる。だが、その声は彼には聞こえない。
そして、彼は太平洋の上空で激しい空中戦を繰り広げた。
彼は次々と敵機を撃退していく。
(絶対、家に帰るんだ、そして、
嘘をついててごめんって謝るんだ…!)
そんな中、日本の戦闘機を追わず、日本の元へと直行する
飛行機の姿が見えた。その機体の側面には、
「B-29…!?」
彼はすぐさまその機体を追いかける。
彼には、ものすごく嫌な予感がしていた。
(この機体、何かがおかしい…!)
照準を合わせようとするが、なかなか合わない。
その時、真横から爆発音が聞こえた。
味方の機体がやられたのだ。
その瞬間を目にした彼は、一瞬放心状態になった。
すぐ正気に戻ったが、その放心が仇となったか、
彼の機体の羽に、無数の穴が空き、そこから火が吹いた。
そして、彼は悟った。
(終わったな…)
そのまま彼の機体は真っ逆さまに海へと落ちていく。
(ずっと嘘をついててごめんよ…あぁ、
旅、出たかったな…)
小さな爆発音が鳴り響いた。
その後、広島に原爆が落とされた。
あたり一面が焼き野原になり、かつてあった街並みなど影もない。
しかし、彼の家族はかろうじて生きていた。
母も弟も無傷だった。
…お父さんを除けば。
今や、母は死んでしまっているが、弟は生きている。
86歳と言うかなりの高齢だが、彼は、「世界」を「旅」し、
兄の優しさと、戦争の恐ろしさを、世に伝え続けている。




