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世界は今日も一万人を選ぶ

作者: キサイ
掲載日:2026/08/03

一日目


最初の日、世界では一万人が余分に死んだ。


横断歩道で転んだ老人。


眠ったまま起きなかった赤ん坊。


昨日まで健康だった会社員。


ブレーキを踏み間違えた運転手。


水を飲んでいる最中に心臓が止まった学生。


誰の死にも、説明はついた。


運が悪かった。


持病があった。


疲れていた。


安全確認を怠った。


だから、誰も気づかなかった。


世界では一日に十数万人が死ぬ。


その中へ一万人を混ぜることは、一杯の水に雨粒を落とすようなものだった。


二日目も一万人が死んだ。


三日目も。


百日目も。


千日目も。


世界は何事もなかったように回り続けた。



第一章 誤差


佐伯湊の仕事は、死者を数えることだった。


正確には、死者の数字を直すことだった。


死亡届に記載された住所と住民票が一致しない。死因コードが一桁ずれている。病院と自治体から二重に報告されている。


そういう細かい間違いを一件ずつ探し、画面上で修正する。


国立人口統計研究所という立派な名前の建物から、さらに三社ほど下へ外注された仕事だった。


月給は手取りで十九万円。


昇給はない。


責任はあるが、権限はない。


間違えれば始末書を書かされるが、正しく処理しても誰にも褒められない。


湊はそれを、悪くない仕事だと思っていた。


人と話す必要が少なく、空調が効いていて、定時になれば帰れる。


少なくとも、コンビニの夜勤よりは楽だった。


異変に気づいたのは、五月の終わりだった。


画面に表示された折れ線グラフを見て、湊は手を止めた。


過去十年間の死亡者数。


毎年、冬に増え、夏に減る。インフルエンザの流行や猛暑、災害によって多少上下する。


けれど、ここ数年だけ、線が妙に上へずれていた。


年間でおよそ三百六十万人。


世界全体の推計だった。


「多いな」


隣の席にいた大森が、カップ麺をすすりながら言った。


「何が?」


「超過死亡です。毎年、同じくらい増えてます」


「コロナの影響じゃねえの」


「流行が収まった後も続いてます」


「じゃあ高齢化」


「年齢調整済みです」


大森は画面を一秒だけ見た。


「誤差だろ」


そう言って、残ったスープを飲み干した。


世界規模の統計には誤差がある。


戦争中の国、住民登録制度のない国、死者を埋葬して終わりにする地域。


誰にも数えられていない死者は、いくらでもいる。


湊も最初はそう思った。


だが、年間の増加数を三百六十五で割ったとき、指が止まった。


九千九百八十六。


翌年は、一万二十一。


その翌年は、九千九百九十四。


報告日のずれを補正し、死亡時刻を現地時間から協定世界時へ変換する。


遅延報告の推定値を入れ、災害や感染症による増加分を除く。


数字は、少しずつ一つの場所へ集まっていった。


一万。


一日に、約一万人。


湊は計算式を消した。


もう一度、最初から入力した。


答えは同じだった。



第二章 一万人


「それ、私に送って」


真鍋莉子は、湊の大学時代の同級生だった。


現在はネットニュースの記者をしている。


記者といっても、芸能人の投稿を記事にしたり、炎上した動画を要約したりする仕事が大半だった。


湊が駅前の喫茶店で話すと、莉子は最初、冗談だと思った。


「毎日一万人が謎の死を遂げています、って?」


「謎の死とは限らない」


「どういうこと?」


「普通の死に見えるんだ。心筋梗塞だったり、事故だったり。死因は全部違う。ただ、本来なら死ななかったはずの人が、世界全体で毎日一万人くらい増えてる」


「そんなこと分かるの?」


「分からない」


湊は即答した。


「分からないけど、数字はそうなってる」


「一万人ぴったり?」


「ぴったりとは言えない。元の統計が不完全だから」


莉子はストローを回した。


氷がカランと鳴った。


「記事にしたら伸びそう」


「やめた方がいい」


「何で呼んだのよ」


「俺の計算がおかしくないか確認してほしかった」


「私は統計学者じゃない」


「知ってる」


莉子は湊のノートパソコンを自分の側へ引き寄せた。


画面をしばらく眺め、表情を変えた。


「これ、あんたの会社のデータ?」


「公開されてるものをまとめただけ」


「じゃあ、私でも確認できる?」


「時間をかければ」


莉子はコーヒーを一口飲んだ。


「記事にはしない。まず専門家に見せる」


三週間後、湊は再び莉子に呼び出された。


今度は喫茶店ではなく、雑居ビルの小さな会議室だった。


白髪の男が一人座っていた。


元大学教授の牧野と名乗った。


「結論から言います」


牧野は、紙の束を机へ置いた。


「佐伯さんの計算には、いくつか粗い部分があります」


湊の胸が少し軽くなった。


「やっぱり間違いですか」


「いいえ」


牧野は眼鏡を外した。


「精度を上げると、もっと一万に近づく」


会議室が静かになった。


「偶然の可能性は?」


莉子が尋ねた。


「ゼロとは言えません。ただ、四年間、異なる地域、異なる季節、異なる死因の中で、同じ増加量が続いている。自然現象としては不自然です」


「誰かが殺してる?」


「世界中で、毎日、正確に一万人を?」


牧野は首を振った。


「そんな組織が存在するなら、殺人より組織運営の方が奇跡ですよ」


三人は笑わなかった。



第三章 漏洩


記事は出さない。


三人でそう決めた。


調査を続け、確かなことが分かるまで公表しない。


けれど、一か月後。


湊の作った資料がネット上へ流出した。


題名は変えられていた。


『政府極秘資料――毎日一万人が選別されている』


湊の名前は消されていた。


その代わり、存在しない研究機関の印章と、「機密指定」という赤い文字が付け加えられていた。


最初は誰も信じなかった。


有名な配信者が取り上げた。


次に、海外の陰謀論者が英語へ翻訳した。


数日後には、「一万人現象」という言葉が世界中で使われるようになった。


政府は否定した。


その資料は政府が作成したものではない。


毎日一万人が原因不明で死亡しているという事実は確認されていない。


否定すればするほど、疑う者は増えた。


「政府は認めるわけがない」


「死者を選んでいるのは政府だ」


「富裕層は対象から除外されている」


「ワクチンに選別用の物質が入っていた」


「人工衛星から殺人電波を照射している」


「毎日一万人を殺すことで、もっと大きな災害を防いでいる」


説明は無数に生まれた。


どの説明にも証拠はなかった。


証拠がないこと自体が、隠蔽の証拠とされた。


最初の商売が始まるまで、二週間もかからなかった。


白い腕輪を身につければ、選別から逃れられる。


価格は一つ三万円。


内部には特殊な鉱石が入っているという。


実際には、ホームセンターで売られている磁石だった。


それでも売れた。


死亡回避保険も生まれた。


月額五千円を払えば、一万人現象で死亡した場合に一億円が支払われる。


だが、誰が一万人現象で死んだのかを証明する方法はない。


保険金が支払われることもなかった。


「記事を出す」


莉子が言った。


「何を書くんだ」


湊は聞いた。


「流出した資料は偽物。でも、元になったデータは本物」


「余計に混乱する」


「放っておいても混乱してる」


「毎日一万人なんて証明できない」


「じゃあ、証明できないって書く」


莉子はパソコンを開いた。


「分かっていることと、分からないことを分ける。少なくとも、白い腕輪がインチキだってことは分かる」


記事の見出しは、地味なものになった。


『世界的な超過死亡は実在するのか――流出資料を検証』


派手な陰謀論の記事より、読まれなかった。


それでも、読んだ人はいた。



第四章 選ばれない者たち


一万人現象が広まってから、犯罪率は上がった。


劇的にではない。


世界が一夜で無法地帯になったわけでもない。


ただ、少しずつ、確実に増えた。


「明日死ぬかもしれないから」


そう言って借金を踏み倒す者。


会社の金を持ち逃げする者。


危険運転を繰り返す者。


気に入らない相手を殺し、一万人現象のせいにする者。


死体を前にしても、警察はそれが普通の殺人なのか、「選ばれた死」なのか区別できなかった。


逆に、犯罪をやめる者もいた。


家族へ謝る者。


仕事を辞めて故郷へ帰る者。


結婚する者。


離婚する者。


子どもを作る者。


作らないと決める者。


人間は同じ恐怖を与えられても、同じ行動は取らなかった。


「湊は怖くないの?」


妹の紗季が聞いた。


二人は同じアパートで暮らしていた。


両親が残した家は借金の返済で売却され、兄妹には何も残らなかった。


「何が」


「一万人」


「八十億人の中の一万人だろ」


「でも、誰かは死ぬ」


「それは前から同じだ」


「冷たいね」


紗季は冷蔵庫からプリンを取り出した。


「私、白い腕輪買おうかな」


「三万円だぞ」


「安心代」


「ホームセンターで磁石買ってくる。五百円で作ってやる」


「夢がない」


紗季は笑った。


湊も笑った。


その三日後、紗季は浴室で死んだ。


転倒し、後頭部を打っていた。


床にはせっけんが落ちていた。


警察は事故だと判断した。


医師も同じ意見だった。


湊にも異論はなかった。


けれど、葬儀のあと、親戚の一人が言った。


「一万人のやつじゃないか」


それから、誰もが同じ話をした。


紗季は選ばれた。


白い腕輪を買わなかったからだ。


兄が統計を調べていたから狙われた。


政府が口封じに殺した。


湊は何度も説明した。


紗季は転んで死んだ。


事故だった。


誰も納得しなかった。


湊自身も、納得できなかった。


事故だった。


だが、事故でなければ何なのか。


一万人現象による死と、ただ運が悪かった死。


その二つを見分ける方法は、どこにもなかった。



第五章 死亡対策庁


政府は、一万人現象対策本部を設置した。


正式名称は長かったが、人々は「死亡対策庁」と呼んだ。


毎日午後六時、記者会見が開かれた。


確認された不審死の件数。


通常予測を上回った死亡者数。


地域別、年代別、死因別の分析。


担当大臣は毎回、同じ言葉を繰り返した。


「現時点で、毎日一万人が死亡する現象は確認されておりません」


その会見の同時接続者数は、人気歌手のライブ配信を超えた。


否定の会見を見るために、世界中から人が集まった。


やがて政府は方針を変えた。


「毎日一万人前後の説明困難な超過死亡が発生している可能性を否定できない」


それが公式見解になった。


翌日、株式市場が暴落した。


一万人現象関連企業の株だけが上がった。


防護服、空気清浄機、非常食、宗教団体、警備会社。


何が死を防ぐのか分からないため、死を防ぐと名乗ったものは何でも売れた。


一方で、人々は政府が発表する数字を信じなかった。


少なすぎる。


多すぎる。


特定地域の死者が隠されている。


政治家が含まれていない。


政府関係者だけ生存率が高い。


統計が公開されるたび、新しい疑惑が生まれた。


透明性を高めるための情報が、陰謀論の材料になった。


死亡対策庁は、湊へ協力を求めてきた。


「あなたが最初に数字を発見したと聞いています」


応接室で、担当者が言った。


「発見したとは言えません」


「しかし、流出資料の元データを作成した」


「一万人は推定値です」


「国民は、明確な説明を求めています」


「明確じゃないものを明確に説明するんですか」


担当者は黙った。


湊の前へ、一枚の紙を置いた。


会見用の原稿だった。


そこには、こう書かれていた。


『一万人現象は実在します。ただし、政府はその発生を抑制するため、必要な対策を講じています』


「抑制できるんですか」


「できません」


「じゃあ、嘘ですよね」


「国民を安心させるためです」


「今までの防護商品と何が違うんですか」


担当者は声を低くした。


「政府が何もできないと認めれば、社会が持ちません」


湊は原稿を机へ戻した。


「嘘で持たせた社会は、嘘がばれたときに終わります」



第六章 十人目の預言者


一万人現象が知られてから一年。


十人目の救世主を名乗る男が現れた。


一万人現象を止める方法を神から授かったという。


毎日、世界のどこかで一万人を自ら選び、日没までに処刑すれば、それ以上の死は起きない。


もちろん、根拠はなかった。


誰も信じないはずだった。


だが、その教団には半年で二百万人が集まった。


彼らは言った。


無作為に死ぬくらいなら、罪人を差し出せばいい。


高齢者を差し出せばいい。


病人を差し出せばいい。


社会に貢献していない人間を差し出せばいい。


一万人の価値ある命を救うために、一万人の価値の低い命を選べばいい。


最初の殺人は、教団とは無関係な小さな町で起きた。


住民たちが、犯罪歴のある男を一人捕らえた。


男を殺した翌日、その町では誰も突然死しなかった。


偶然だった。


その偶然が、証明として拡散された。


各地で私刑が始まった。


「先に殺せば、選ばれない」


白い腕輪より、ずっと分かりやすい理屈だった。


湊は莉子と一緒に、教団の集会場へ行った。


会場には数千人が集まっていた。


壇上の男が叫んだ。


「神は一万人を求めている!」


歓声が上がった。


「ならば我々が選ぶ! 罪なき子どもが死ぬ前に、罪ある者を差し出すのだ!」


湊の隣で、莉子が小さく言った。


「怖い?」


「怖い」


「一万人に選ばれるより?」


湊は答えられなかった。


集会の帰り、二人は駅まで歩いた。


「紗季ちゃんのこと、記事にしていい?」


莉子が聞いた。


「何を書くんだ」


「普通の事故だったこと」


「誰も信じない」


「信じる人もいる」


「一万人現象で死んだのかもしれない」


莉子は足を止めた。


「湊までそんなこと言うの」


「違うと言い切れるか?」


「言い切れない」


「じゃあ、同じだ」


「違う」


莉子は湊を見た。


「分からないことを、分からないままにするのと、好きな答えを入れるのは違う」


湊は何も言わなかった。


駅前の大型画面に、死亡対策庁の会見が映っていた。


本日の推定超過死亡者数、九千八百七十二人。


数字の下に、小さく注意書きがあった。


統計的推計であり、実数ではありません。


誰も注意書きを見ていなかった。



第七章 数えない日


湊は死亡対策庁の会見へ出ることになった。


一万人現象発見者として、政府が紹介する予定だった。


発見者ではないと何度説明しても、聞き入れられなかった。


世の中は、物語を求めていた。


異変を最初に見つけた男。


真実を隠した政府。


選ばれた妹。


一万人を止めるために立ち上がる兄。


事実より、そちらの方が分かりやすかった。


会見当日。


湊は用意された原稿を持って壇上へ上がった。


記者席の後方に莉子がいた。


カメラの赤いランプが一斉に点灯した。


「国立人口統計研究所の佐伯湊です」


本当は研究所の職員ではない。


下請け会社の契約社員だ。


それを訂正することから始めようと思った。


だが、口から出たのは別の言葉だった。


「私は、一万人現象を発見していません」


会場がざわついた。


担当大臣が横を向いた。


湊は原稿を閉じた。


「毎日一万人が余分に死んでいる可能性を示す数字を見つけました。しかし、その一万人が誰なのか、どうやって死んだのか、本当に毎日きっちり一万人なのか、私たちには分かりません」


記者の一人が手を挙げた。


「現象は存在しないということですか」


「存在しないとも言えません」


「では、何を言いたいんですか」


「分からないということです」


会場の空気が変わった。


怒りに近かった。


人々は、分からないという答えを聞くために集まったのではない。


「政府が殺しているんですか」


「違います」


「白い腕輪に効果はありますか」


「ありません」


「生贄を出せば死者は減りますか」


「減りません」


「証拠は?」


「増えるという証拠もありません」


「妹さんは一万人現象で亡くなったんですか」


湊は一度、目を閉じた。


「分かりません」


カメラの向こうに、何百万人もの顔があるような気がした。


「ただ、妹には名前がありました」


湊は続けた。


「一万人のうちの一人ではありません。佐伯紗季という一人の人間でした」


会場が静かになった。


「毎日一万人という数字が本当だったとしても、死ぬのは数字じゃありません。一人ずつです。それを政府が選んだとか、神が求めているとか、腕輪で防げるとか、先に誰かを殺せば助かるとか、分からない部分へ都合のいい答えを入れないでください」


担当者が湊の袖を引いた。


湊は手を振り払った。


「政府にもお願いがあります」


大臣の顔が引きつった。


「毎日の推定死者数を発表するのをやめてください」


記者席が再び騒がしくなった。


「公表をやめれば隠蔽になるのでは?」


「今の数字は、誰が死んだか分からない推定値です。それを毎日発表することで、人々は今日の一万人が確定したように思っている」


「では情報を隠せと?」


「隠すんじゃない。月単位、年単位で、誤差を含めて公開する。分からないものを、分かる形に見せない」


質問が飛び交った。


湊はもう答えなかった。


用意された席を離れ、会見場を出た。


廊下で莉子が待っていた。


「クビになるね」


「たぶん」


「後悔してる?」


「まだ分からない」


「便利な言葉だね」


「今さら気づいた」


二人は少しだけ笑った。



第八章 一万人目の朝


政府は翌月から、毎日の死者数発表を中止した。


代わりに、複数の研究機関が検証した月次報告書を公開するようになった。


一万人現象が消えたわけではない。


白い腕輪も、教団も、陰謀論もなくならなかった。


湊の会見は、切り取られて拡散された。


「政府の元職員が一万人現象を否定」


「発見者の妹、口封じで死亡」


「政府、死者数の公表中止へ。隠蔽を本格化」


湊が言っていない言葉で作られた記事も出た。


それでも、少しずつ変わったこともある。


白い腕輪を販売していた会社が摘発された。


生贄を主張した教団の幹部が殺人教唆で逮捕された。


一万人現象を理由に保険金の支払いを拒否することが禁止された。


学校では、統計の不確実性とデマの見分け方を教える授業が始まった。


社会は正常には戻らなかった。


そもそも、正常だった時代があったのかも分からなかった。


湊は仕事を失った。


その後、莉子の紹介で、小さな調査会社に入った。


一万人現象による詐欺や差別を調べる仕事だった。


給料は以前より少し下がった。


ある朝、湊は紗季の部屋を片づけていた。


机の引き出しから、古いノートが出てきた。


表紙には、買い物リストと勤務予定が書かれていた。


最後のページに、短い文章があった。


『明日死ぬかもしれないのは、前から同じ』


その下に、


『だからプリンは今日食べる』


と続いていた。


湊は声を出して笑った。


笑ったあと、少し泣いた。


窓の外では、いつもと同じように電車が走っていた。


会社へ向かう人。


学校へ向かう人。


病院から帰る人。


今日初めて会う人。


今日で最後になる人。


世界では、その日も一万人が余分に死んだ。


最初の一人は、協定世界時の午前零時三秒に息を止めた。


最後の一万人目は、二十三時間五十九分五十七秒に目を閉じた。


誰も、その二人が最初と最後だったことを知らない。


政府も知らない。


学者も知らない。


神がいるのかどうかも、分からない。


ただ、東京に朝が来た。


湊はノートを閉じ、仕事へ出かけた。


今日死ぬかもしれない。


それでも人間は、今日を生きる以外にないのだから。

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