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雪忘花  作者: 深海かや
第六章 雪に、沈む。
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第四話


「いやぁぁぁっ。こんなこと、あっていいわけないっ」


 髪を力強く掻きむしりながら、私は何度も車体を蹴り上げていた。頬を伝う涙はとめどなく流れ続け、私はそれを拭うことなく胸を抑えた。痛い。痛い。


「瑠奈さん、落ち着いて。一体何があったんですっ。説明してくれないと僕には分からないですよ」


 隣でハンドルを片手に握る湊は、もう片方の手で必死に私の身体を抑えてくる。


「湊には……みえてないの?」


 頬を拭いながら問い掛ける。


「僕は、瑠奈さんと違って意識を向けるだけで向こうの世界がみえる訳じゃないんです。いつも、それは映像のように頭に流れてふいに訪れる」

「そう、なんだ」

「だから教えて下さい。一体何があったんです」


 フロントガラスの向こうに意識を向けながらも、湊はちらちらとこちらに視線を向けてくる。「沙羅が……」と声に発した時、ひっとうわずった声が出た。泣き叫びすぎて閉まった喉をこじ開けるようにして続ける。


「……撃たれた。それから湊も」と呟いた瞬間、車が急速に止まった。一瞬無重力を感じ、身体が大きく前へと持っていかれる。


「今、なんて言いました」


 目を見開きながら、そう問いかけてくる。


「沙羅が撃たれて、それから二人のお父さんが皆を助けようと外に出て、そのあと湊が」

「嘘だ」

「本当なの」

「嘘だっ嘘だ、嘘だ」


 言いながら湊がハンドルを何度も手で叩きつけている。私は咄嗟にそれを止めようと手を添えた。すると、湊の頭が力を失ったようにゆっくりとハンドルの中心へと落ちていく。「嘘だ」小さく呟いた。その姿があまりにも痛々しくて、けれど私自身もそんな湊も慰める余裕なんかなく逃げるように窓の向こうに視線を送った。少しの間、二人のすすり泣く声だけが車内に満ち、窓の向こうで地を打ちつける雨の音がそれに重なった。私はその間、ずっと胸を抑えていた。痛くて、辛くて、仕方なかったのだ。最愛の沙羅を目の前で撃たれた新奈の深い悲しみが、その痛みが、私の中で暴れまわっていた。ぎゅっと、手に力を込めた。その時だった。


「誰がやったんです」


 湊の声色が変わった。


「えっ?」と聞き返すと、「誰が沙羅を撃ったんですか」と湊がつめたい眼差しのままに問いかけてくる。


「三島」

「そうですか、分かりました。三島は僕たちでどうにかしましょう」


 湊がアクセルを踏み込んだ。車は急発進してぐんぐんとスピードを上げていく。フロントガラスに打ち付ける雨粒が、吹き抜けていく風と左右に揺れるワイパーに物凄い勢いで流されていく。寸前まで泣いていた湊が、今は目に強い光を放ってる。一体どういう心境の変化があったのだろう。理由(わけ)がわからなかった。


「湊、どうしたの」

「だから三島をどうにかするんです」

「そうじゃなくて、なんで突然そんな気持ちの変化があったの」

「瑠奈さんの口ぶりから推察するに、新奈は今の所は無事で沙羅は撃たれたのであって死んだわけじゃないんですよね」


 ハンドルを握りながら湊が言う。車はどんどんスピードを上げていく。湊の向こうにみえる窓の景色が映画を早送りしてるみたいに流れていく。


「うん。まだね」

「やはり、そうですか。なら、まだ皆を救えるチャンスはあります」


 当然のように、言い切る口ぶりだった。


「湊、意味がよく分からないんだけど、どういうこと?」

「少なくとも向こうの世界で生きる僕は、まだ生きています」

「えっ?」


 驚きを隠せず問いかけると湊はただ一言「感じるんです」と言った。


「僕は瑠奈さんと違って向こうの世界を好きな時に覗ける訳じゃない。でも、彼の鼓動や魂は感じます。今向こうで何が起きているのかは分からない。だけど生きてる。生きてるんですっ!」


 何故だろう。何故、彼の言葉はいつも私の心に染みてくるのだろう。闇に墜ちかける度に、ひかりを纏ったその手を差し伸べてくれているみたいだ。


「瑠奈さんが割り出してくれた冬の帳村の位置まではあと三十分程です。スピードをあげればもっと短くすることが出来るかもしれない。だから、諦めないで下さい。やり遂げましょうよ、最後まで」

「……うん」


 涙が溢れた。悲しみによるものではない。私自身、やり遂げようという想いが高まったからだ。


「出来るだけ簡潔に今の状況を説明して頂けますか?」

「うん。私達の思っていた扉はもしかしたら違うのかもしれないって事までは話したよね?」

「はい」


 冬の帳村の森の奥深くには全て呑み込む穴がある。向こうの世界の私は、それがこちらと向こうの世界を繋ぐ扉なのではないかと考えていた。だとしたら、同じような穴がこちらにもあるかもしれない。それを、私が向こうの世界に意識を向けながら運転中の湊に話していた。 


「その後、二人のお父さんが穴を塞ぐ為にこれを使おうって爆弾を取り出したの。皆がいた家の中に銃弾が打ち込まれたのはそのすぐ後だった。沙羅は向こうの世界にいる私を庇おうとして撃たれたみたい。それから先はお父さんと湊が三島を止める為に家から飛び出していったから分からないの。でも、あれはまさに地獄だった」

「なるほど。分かりました。一つ確認なんでんすけど、瑠奈さんが向こうの世界で生きる新奈に直接語りかける事は出来ないんですよね?」

「それは何度も試したことがあるけど出来ないみたい。一度向こうの世界を深くまで覗こうとしたら鏡の中に私が映り込んでしまったことがあって、その時はひどく怖がらせてしまったことがあるんだけどね」

「……鏡の中に」


 湊がぽつりと呟いた。その湊の奥にみえる窓を絶え間なく水滴が叩きつけている。雨足が強くなってきたようだった。


「新奈は、今何をしてるんですか」


 湊と目があった。その言葉が鼓膜に触れると、収まりかけていた胸の痛みが再び強くなってきた。


「新奈は、撃たれた沙羅を抱えながら必死に山の中に逃げてる。凄く……辛そう」

「そうですか、分かりました。とにかく、僕たちに今出来ることは急ぐことです」


 湊はそう言って、アクセルを踏み込んだ。無数の針が降り注ぐように雨が降る中、車はどんどん速度を上げていく。雨を跳ね除け、風を切り裂き、私達は私達を救う為だけに前へと進んだ。

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