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雪忘花  作者: 深海かや
第二章 家族のかたち
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第十話

 さみしさと雪のつめたさが同じ温度だと知ったのは、七歳の冬の終わりだった。


 それを知ることなる少し前から、もしかしたら私はさみしさに殺されるかもしれない、とそんな風にすら思っていた。


 七歳の冬のある日のことだった。運動場に集められていた私達に笑みを向けた職員さんが、「今日は村の中でお散歩をしましょう」と言った。その瞬間に、皆が喜々とした声をあげ、口々に話し始める。けれど、私は笑えなかった。同じ光景を、前日もみた。その前の日も。職員さんは今と同じようなことをその時も言っていたし、クラスの皆は同じように喜んでいた。今日も雪が降れば、雪は三日降り続けていることになる。一体いつになったら、雪が降っても皆が覚えてくれるようになるのだろう。胸の奥底にある、そんな冷えて固まった想いを抱きながら、私は職員さん達に連れられて久しぶりに施設の外に出た。


 施設から村へと続く一本道は森のトンネルみたいだった。それを抜けた先で、木造の民家がぽつぽつとみえてきた。ほとんどの家が、屋根の上に真っ白な帽子のようなものを被っている。足元には一歩足を踏み出す度に、くるぶし程の高さまで埋まる程の雪が積もっている。施設の外に出る前に職員さん達が長靴に履き替えるようにと言ってる意味が分かった。私は、赤い長靴を履いていた。


「その長靴可愛いね」


 私の隣を歩いていた沙羅が言う。そう言ってくれた沙羅の足は水玉模様の入った水色の長靴の中にすっぽりと収まっていた。


「……ありがとう。沙羅の長靴もね、すごく可愛いよ」


 そう言って無理に笑みを向けた時、沙羅の頭の後ろの方で、ふっと何かが落ちた気がした。心做しか白かった気がして、空を見上げる。青い空から風の動きで揺らめいて白い点がちらちらとみえた。また、雪だ。そう思った時には、私は目に涙を溢れんばかりに溜めていた。また、私は忘れられる。一緒に遊んだことも、話したことも、誰も覚えてくれない。嫌だ。もう、こんなの嫌だ。気付いた時には列から抜けて、走り出していた。


 民家沿いの道は誰かが雪かきをしてくれていたのか道路が剥き出しになっている。滑らないようにと考える余裕などなくて、ただ私は一心に足を動かしていた。頬を打ちつける風はつめたくて、同時に痛くもある。少しずつ凍りついていく私の頬が、風を受けてひび割れていってるのかもしれないと思った。雪から逃げないと。私はずっと寂しい思いをするままだ。両手を振り上げ、足を持ち上げる。冬のつめたい空気が、息が上がれば上がるほどに肺の中へとなだれ込んできて、胸が痛い。民家沿いを走り続けた先で、山の斜面に面した開けた場所があり、私はそこで足を止めた。手前には腰を預けるには丁度良さそうな大きな木があった。竜皮のような荒々しい質感の幹が空にまで届きそうだった。私はそれに背中を預け、腰を下ろした。服越しにでもおしりの下にある雪のつめたさを感じた。両膝を立てて、顔を埋める。膝小僧のてっぺんのところが、少しずつ湿り同時に温かくなる。でも、温かいのは一瞬ですぐにそれもつめたくなった。顔をのせてはいられなくて持ち上げる。白く染まった世界は、しん、と静まりかえっており、自分の鼓動まで聴こえてきそうだった。その音の間隔が少しずつ早くなり、気付いた時には私は雪を素手で握りしめていた。


「お前なんて消えてしまえっ! 二度と空から降ってくるな!」


 言いながら、手の中にあったそれを目の前に投げ捨てた。だが、感触やそのつめたさはずっと手の中に残り続けていた。手が、痛い。つめたい。じんじんする。そう思った時に、このつめたさは何かに似ていると思った。なんだろう。分からない。でも、私は確かに知っている。確かめるように、もう一度雪に触れた。今度は、指先で。そっと掴んだそれを指の間で溶かしている内に、やっと分かった。これは、寂しさだ、と。雪が降る日に、胸の中まで冷えて凍りついていくようなあの感覚、それをもたらす寂しさ。それは似ている。いや、同じだと思った。雪のつめたさとさみしさは同じ温度だ。


「このままここにいたら凍りついちゃうのかな」


 静寂の中、ひとり放った声はすぐにそれに呑み込まれた。凍りついてしまうならそれでいい、と思った。雪のつめたさなのか、さみしさの持つつめたさなのか、そのどちらでも構わない。こんなにも辛い思いをするなら、私はもう、このまま凍りついてしまいたい。目の端から、人肌のぬくもりの、熱い液体を絞り出しながら、ゆっくりと瞼を下ろした。

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