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雪忘花  作者: 深海かや
第二章 家族のかたち
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第三話

「あー手がじんじんする。寒空の下でなんで私がこんな冷たいものを干さなくちゃならないの」


 吐き捨てるようにしてそう言いながらも、沙羅は手にしている白装束の皺を丁寧に伸ばしていた。


 子供たちが礼拝の時に着た白装束は、その日の内に洗濯される。脱衣場で脱ぎ捨てられたそれを十五歳よりうえの女の子たちが集め、すぐに洗いにかけられる。木製のバケットに山盛りに積まれたそれを運動場にかけられた洗濯紐へとかけ干しているところだった。


「礼拝の時は仕方ないよね。だって三十一人分だもん」

「それは分かってるけどさ、なんかこう魔法で一瞬で乾くみたいことって出来ないのかな。いつもこの時期になると洗濯物を干す度に指が千切れそうになるんだもん」

「分かる分かる」


 沙羅の言う事はもっともだと思って同調していると、「新奈ちゃん」と私達の作業を正面に立ってみつめる女性の職員さんに声をかけられた。


「それから沙羅ちゃんも。皆真面目にやってるでしょう? 私語は(つつし)みなさい」


 職員さんが顎をしゃくった為に促されるようにみた。運動場の端から伸びた洗濯紐は正面玄関の傍らに植えられている木々の幹に結びつけられており、そこに十五歳以上の女の子たちが横並びになって洗濯物を干している。誰一人として口を開いていなかった。見習わなければ、と私も白装束の皺を伸ばすことに集中していると、ちいさな女の子が玄関から階段を駆け下りてきた。職員さんの腰のあたりに手を添え「暖炉の炎がちいさくなってる」と訴えかけている。ぼんやりと眺めていた私と職員さんの目があった。


「新奈ちゃん、沙羅ちゃん。薪小屋に行って薪を貰ってきて下さい」


 私語をしていた罰だろうか。私と沙羅は薪小屋に薪を取りにいく羽目になった。薪小屋は、運動場の左端にある礼拝堂のちょうど対角線上にある。


 沙羅と二人で横並びになって歩き、薪小屋に近づくと途端に生木の香りが冷たい風にのって鼻腔をかすめてきた。五人の男子達が作業をしているようだった。斧が空を切る音が鼓膜に触れて、木の割れる乾いた音がそれに続いた。私は、その五人の内の一人に声をかけた。


「ねぇ、湊。薪ちょうだい」

「えっなんで? あとから俺らが持ってくけど」


 黒の上下スウェット姿の湊は切り終えた薪を手にしながら、目を丸くした。


「玄関の暖炉の薪がもう残り少ないんだって。いいから早く」


 湊はなに焦ってんだよと言いながら、既に乾燥し終えた薪を保管している乾燥棚に取りに行ってくれた。あっこれはまだ駄目だな、とぶつぶつと呟いている。ぼんやりと眺めていると「ねぇ」と沙羅に声をかけられた。


「洗濯終わったらすぐに外出届け貰いにいこうね。早く百合亜さんに会ってみたい!」


 今にも待ち切れないといった表情でそう言った。そんなにも百合亜さんに会いたいのか、と思ったのと同時に、会ったことすらない人を人づてに聞いた話だけでここまで会いたいという気持ちにさせる百合亜さんは、それだけ魅力的な人なんだなと思う。


「何? お前ら、どっかいくの?」


 湊が振り向きざまに聞いてきた。どう答えようか迷って、湊に嘘をつくのも嫌だしと、思考が入り混じった結果、「妊婦さんを、助けにいくの」と意味の分からないことを口に出していた。


「妊婦を? どこに?」


 湊は、目を丸くしたままうっすらと笑みを浮かべる。込み上げる笑いを、堪えているかのようだった。


「えっ、施設の外に」


 私がしどろもどろになりながらそう言うと、ふーん、と何やら煮えきらない様子で、「まぁ、いいけど」と言う。


「今度じゃあ俺も連れてってよ。沙羅と新奈と三人で、妊婦さんを助けにいこうぜ。いつかみたいにさ」


 言ってから、「ほらよ」と乾燥した薪を渡してくれる。ありがとう、と間髪入れずに言ってから湊とは手を振って別れた。薪を両手で抱きかかえたまま来た道を歩いていく。冬の空気が目一杯染み込んだ薪は氷みたいにつめたくて、少しずつ手の感覚が無くなっていくのが分かった。今すぐにでもポケットの中へと指先を避難させて温めてあげたいと思った時に限って、つめたい風が吹き抜けていく。思わず身体を縮ませる。


「新奈、嘘つくの下手すぎ。あんなの、湊にバレバレじゃん」


 沙羅が呆れるように笑った。


「なんか湊に嘘をつくのって、昔から凄い嫌なんだよね」

「新奈は昔から湊に優しいもんね」


 うん、と頷きながらも、湊の放った言葉がずっと胸の中に引っかかっていた。


──いつかみたいにさ


 湊はそう言った。沙羅と湊と三人で妊婦さんを助けたことなんてあっただろうか。いくら記憶を辿っても思い出せない。胸の中に小さな生まれた小さな靄を抱きながら透き通るような空の下、白装束の皺を伸ばし続けた。

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