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雪忘花  作者: 深海かや
第一章 誰も私のことなんて覚えてない。
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第十四話

 冬の空の下、外気のつめたさが私の頭を嫌でも冷やし、自分のことを俯瞰的にみることが出来た。その結果、どう考えても私が悪いという結論に行き着いた。雪のせいで私は沙羅の言う通り心を病んでいたのだと思う。その沈んだ気持ちのまま、沙羅にもつめたい態度をとってしまったことが今回の喧嘩の原因だったのだから、私が引き金を引いたようなものだろう。帰ったら、絶対に謝らなくちゃ。その為にも、とりあえず外に出て、この沈みこんだ気分を少しでも良くしよう。小さくため息を吐いた時、施設の門へと辿り着いた。


 二メートル程の柵状の門の隣には警備室があり、そこには青い制服に身を包んでいる男性が座っていた。頬骨の辺りが青黒く染まっており、亮太に殴られた際に出来たであろうその傷が痛々しかった。私はその男性に先程三島さんから受け取った外出届けを手渡した。十八時までに戻るように、と同じようなことを言われる。私は小さく頷いて、数週間ぶりに施設の外に出た。門は、警備員さんが開けてくれた。


 鬱蒼と生い茂る針葉樹林の中を直線上に突っ切ったように一本の道が開けていて、その奥には小さな民家がぽつぽつとみえる。歩きながら隣に目をやれば、すぐそこには深い森が広がっており、気を抜いてしまえばその薄暗い闇の中へと吸い込まれるのではないかと錯覚してしまう程だった。五分程歩いたところでようやく道が開けてきた。木造の、屋根の傾斜が高い民家が幾つも立ち並び、森に囲まれていた先程の道とは違い人の気配が立ち込めている。軒先には小さな自転車が倒れてそのままにされていたり、灯りの灯っている家が幾つもある。開けた平地となっているこの辺りにも所々に空にまで届きそうな木が残されており、立ち並ぶ民家などそれら全てが雪に覆われ白く染まっている。だが、民家のガラス窓から溢れた蜜色の灯りが至る所で雪そのものを染めており、白と蜜色の混在した世界が目の前に広がっていた。


 夕暮れ時ということもあって冬のつめたい空気に混じって食べ物の香りがする。醤油を煮詰めたような甘辛い匂いで、その香りを嗅いでるうちに思わずお腹を押さえていた。今日は、朝からなにも食べてない。そんな気分にはなれなかった。お腹空いたな、と思いながら雪を踏みしめ、行くあてもないままに民家沿いに歩みを進める。


 私達の住むこの冬の帳村の人口は八百人程で、施設から程近いこの辺りは村の中で一番栄えている場所だと言ってもいいと思う。至る所に民家が立ち並び、小道を抜けた先には商店が、その奥には老夫婦が営んでいる小さなパン屋さんだってある。そこのクリームパンは私のお気に入りだ。村の外れには農業や畜産業や病院といった、言わば村で生きる人達の生活の要となる仕事に携わっている人達が住んでいる。一応月に二度、隣町から村に三軒程ある商店への仕入れがあるが、基本的に私達は村で取れたものばかりを口にする。夏の間に取れた新鮮な野菜達はどの家庭も保存が効くようにお漬物にしており、この時期だとじゃがいもや玉ねぎや人参、卵に鶏肉、そして主食となるお米や小麦を食して生きている。人口の半分以上が年配の方で、私達の住む冬の帳村のような村は限界集落と言うらしい。以前、施設の職員さん達がそんな話を真剣な顔をしながら話しているのを聞いた。


 数週間ぶりに施設の外に出てきても、何一つとして村のかたちは変わっていなかった。まるで時が止まってしまったかのようにゆっくりと流れる時間の中で、私は十七年間生きてきたのだ。この二週間で唯一変わった所があるとすれば、雪が降り積もって村一帯が白く染まったことくらいだろう。行くあてもなく、することもない。雪を踏みしめながら、私は一体何をしているのだろうと思う。民家の小窓から溢れた蜜色の灯りをただ眺めながら歩いていると、一人の女性が重そうなビニール袋を右手で提げながら、正面から歩いてきた。商店にでも行ってきたのだろうか。右手から左手へ、左手から右手へと何度も指を持ち替えて袋を手にしている為に、その袋が重そうなことは分かった。私は咄嗟にその女性の元へと駆け寄っていた。


「大丈夫ですか? あの、良かったら私持ちますよ」


 唐突に私が声をかけたものだから女性は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。カーテンの隙間から溢れた春の陽だまりのような、とても柔らかな笑みだった。


「あら、本当? じゃあもしご迷惑じゃなければお願いしてもいい? 家はすぐそこなの」

「はい、勿論です」


 女性から荷物を受け取ってみて私でも重いと感じた。降り積もった雪の下には凍りついた地面がある。滑らないようにと、細心の注意を払いながら歩くのは女性にとっては尚更大変だろうと思った。身体の線がみえにくいようなゆったりとした服を着ていたが大きなお腹をみてすぐに分かった。女性は、妊娠していた。

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