第6話:森の掃除屋
初めての「殺し」を経て、ルナの心に冷たい静寂が訪れます。 しかし、戦いの余韻に浸る暇はありません。 死の匂いは、次の捕食者を呼び寄せる招待状。 現れたのは、森の死骸を片付ける「掃除屋」たち。 ルナは、奪った命を守るため、再び指先に魔力を込めます。
初めて生きている命を奪った経験して以来、私の世界は変わった。
視界に入るすべてのものが、「脅威」か「エサ」かの二択になったのだ。
私は木の洞を拠点と決め、蜜壺を枯葉と土で厳重に隠した。これは最後の切り札だ。普段は他のもので腹を満たさなければならない。
妖精は基本的に花の蜜や朝露を主食とするが、レベルアップした体の渇きは、それだけでは癒やせなくなっていた。もっと濃密な魔力リソースが必要なのだ。
私は拠点周辺の探索を開始した。
『飛行Lv.2』のおかげで、森の中を縫うように飛ぶことができる。
ブゥゥゥン……。
低い羽音が聞こえた。
木の陰から様子を伺うと、少し開けた場所で、巨大な蜂がホバリングしていた。
『キラービー Lv.4』。
体長は私の二倍はある。腹部の巨大な毒針は、刺されれば即死だろう。
(……美味しそう)
前世の私なら悲鳴を上げて逃げ出していただろうに、今の私は、その毒々しい姿を見て、不覚にも喉を鳴らしてしまった。
あいつの体液、きっと甘い。
私は風下から慎重に近づき、射程圏内に入った瞬間、魔力を解放した。
「――『チャーム』」
瞳がピンク色に発光する。
キラービーの羽音が乱れ、複眼が私を捉えた。
敵意の赤い色が、瞬時に好意のピンク色へと塗り替わる。
『ブゥン?』
キラービーは首を傾げ、私の方へふらふらと寄ってきた。
成功だ。レベルが上がったおかげで、格上相手でもチャームが通りやすくなっている。称号『無慈悲な愛』の効果もあるのかもしれない。
「いい子ね。じっとしてて」
私はキラービーの頭に着地した。
硬い外骨格の感触。触角が嬉しそうに私の足に触れてくる。
完全に無警戒だ。
私は腰に差していた、新しい武器を抜いた。
昨日倒したポイズンスパイダーの、鋭く尖った牙だ。石で研いで、ナイフのように加工したのだ。
「……いただきます」
私は躊躇なく、キラービーの首と胴体の継ぎ目――外骨格の隙間の柔らかい部分に、毒蜘蛛の牙を突き立てた。
ブチチッ!
嫌な音がして、黄色い体液が噴き出した。
『ギィシャァァァッ!!』
キラービーが絶叫し、激しく暴れ回る。
チャームが解けたのではない。愛する対象からの突然の攻撃に、混乱と激痛でパニックを起こしているのだ。
振り落とされそうになるのを、私は触角を掴んで必死にしがみついた。
「暴れないでよ、食べにくいじゃない!」
私は牙を引き抜き、今度は複眼の一つに深々と突き刺した。
グチュリ、と眼球が潰れる感触が手に伝わる。
キラービーの断末魔が森に響き渡るが、私は構わず、傷口を抉るように牙をかき回した。
やがて、キラービーは痙攣し、地面に墜落して動かなくなった。
《経験値が一定に達しました。ルナのレベルが上がりました》
《レベル3 ⇒ レベル4》
脳内アナウンスを聞き流しながら、私はまだ温かいキラービーの死骸に口を寄せた。
傷口から溢れ出る体液を啜る。
鉄の味と、濃厚な蜜のような甘み。
「……ふぅ」
乾いた体に魔力が満ちていく。
罪悪感?
そんなものは、最初に蜘蛛を殺した時に捨てた。
これは食事だ。生きるための、当然の行為だ。
私はキラービーの腹部を解体し、一番栄養がありそうな毒針の付け根の肉を切り取った。これは保存食にしよう。
残りは森の他の生き物へのエサとして放置する。
「ごちそうさまでした。……さあ、次はどいつだ?」
口元の汚れを拭い、私は再び空へと舞い上がった。
森は広い。獲物はまだまだたくさんいる。
私はこの森の掃除屋。私を害するものは、すべて綺麗に片付けてあげる。
【現在のルナのステータス】 Lv: 4(UP!) HP: 25 / 25 MP: 40 / 40 攻撃: 6 防御: 5 敏捷: 23 魔力: 20
【スキル・称号の更新】
チャーム(魅了)Lv.2(UP!)
効果範囲と成功率がわずかに上昇。
解体 Lv.1(NEW!)
魔物の死骸から素材や肉を効率よく採取できる。
お読みいただきありがとうございました! 自分より格上の相手でも、搦め手を使えば勝てる。 今回のルナは、まさに「賢い捕食者」としての立ち回りを見せてくれました。 倒した相手を「掃除」し、自らの糧に変えていく姿は、かつての可憐な妖精とは別の生き物に見えてきます。 ステータスも着実に上昇中。 さて、次なる獲物は……?




