第3話:運命のお使い
「お腹すいた……」 隠れ家の蜜はもう空っぽ。 このままでは飢え死にするか、外に出て捕食されるか。 究極の二択を迫られたルナは、震える足で立ち上がります。 これはただの買い出しではありません。命を賭けた、運命の『お使い』です。
妖精の里での生活にもすすっかり慣れてきたある日の午後。
私は、里一番の蜜屋を営む老婆の妖精、グラン婆ちゃんの元を訪れていた。
「おや、ルナかい。今日も元気だねぇ」
「こんにちは、グラン婆ちゃん! お手伝い、何かある?」
グラン婆ちゃんは、腰の曲がった小柄な妖精で、いつも甘い蜜の香りを漂わせている。
両親のいない私にとって、彼女は里の親代わりのような存在だ。
「そうさねぇ……。実は、ちょっと困ったことがあってね」
グラン婆ちゃんは困ったように、白髪の混じった眉を下げた。
「明日は満月だろう? 満月の夜にしか咲かない『月光花』の蜜を採ってきたいんだが、あたしゃ最近腰が痛くてねぇ」
「月光花? それって、どこに咲いてるの?」
「里の結界を少し出たところにある、東の花畑だよ」
――里の外。
ティタお姉ちゃんに「絶対に出ちゃダメ」と言われた言葉が脳裏をよぎる。
少しだけ躊躇したけれど、グラン婆ちゃんの辛そうな顔を見て、私は胸を張った。
「私が行ってくるよ! 空も上手に飛べるようになったし、『チャーム』もあるから大丈夫!」
「おやおや、頼もしいねぇ。でも、決して無理はするんじゃないよ? 危ないと思ったらすぐに逃げてくるんだよ」
「うん、わかってる! 任せて!」
私はグラン婆ちゃんから小さな蜜壺を受け取ると、勢いよく空へと飛び出した。
初めてのお使い。そして初めての外の世界。
不安よりも、「役に立ちたい」という気持ちと、未知への好奇心が勝っていた。
◇
里を覆う薄い光の膜――結界を通り抜けると、空気の味が変わった気がした。
里の中の空気は甘く濃厚だったけれど、外の空気は少し冷たくて、張り詰めている。野生の匂いだ。
私は慎重に周囲を警戒しながら、東の方角へ飛んだ。
木々の隙間を抜け、しばらく進むと、視界がぱっと開けた。
「わぁ……!」
そこには、息を飲むような光景が広がっていた。
一面の花畑。
色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れている。
その中心に、ひときわ淡く輝く青い花があった。あれが『月光花』だ。まだ昼間だから蕾だけど、蜜は滲み出ている。
「綺麗……。外の世界にも、こんな綺麗な場所があるんだ」
魔物が支配する世界だと言われて身構えていたけれど、ここだけは別世界のようだ。
私は月光花に舞い降りると、蜜壺を取り出した。
花の根元から滲み出る、黄金色の蜜。指ですくって少し舐めてみると、頭が痺れるような濃厚な甘みが広がった。これは極上品だ。
「よし、今のうちにたくさん集めよう!」
私は夢中になって作業を始めた。
蜜壺がいっぱいになる頃には、日も傾きかけ、空が茜色に染まり始めていた。
蜜の甘い香りに誘われて、見たことのない蝶々や蜂も寄ってくるけれど、私の『チャーム』を使うまでもなく、みんな穏やかだ。
「ふぅ、これでグラン婆ちゃんも喜んでくれるかな」
ずっしりと重くなった蜜壺を抱え、私は額の汗を拭った。
達成感で胸がいっぱいだ。
里のみんなの役に立てた。ボッチだった私が、誰かのために仕事をしたんだ。
「さあ、帰ろう。みんなが待ってる」
私は花畑を後にし、里のある方角へと向き直った。
夕焼けに染まる森は美しく、どこまでも静かだった。
そう、静かすぎた。
いつもなら聞こえるはずの鳥のさえずりが、ピタリと止んでいることに、浮かれていた私は気づくのが遅すぎたのだ。
――ドォォォォン……!
突如、腹の底に響くような重低音が、里の方角から轟いた。
「え……?」
空気がビリビリと震える。
嫌な予感が背筋を駆け上がった。
私は蜜壺を抱え直すと、羽にありったけの魔力を込めて加速した。
「何? 今の音……」
急いで森を抜け、里が見える位置まで戻ってきた時。
私の目に飛び込んできたのは、夕焼けよりも赤く、禍々しい炎の色だった。
世界樹が、燃えていた。
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【現在のルナのステータス】 Lv: 1 HP: 5/5 MP: 20/20(時間経過で回復済) 装備: 蜜壺(極上品の蜜入り)
お読みいただきありがとうございます! 初めての外の世界、怖すぎましたね……。 ガサガサ動く茂み、遠くで聞こえる獣の咆哮。 そんな中でルナが見つけたのは、自分より大きな「カブトムシ」でした。 逃げる? それとも……食べる? 次回、最弱妖精の生存本能が覚醒します!




