第16話:絶望の宴
かつての自分を壊した者たちへの、最後通牒。 里を焼き、姉を奪い、すべてを灰に変えた緑の悪魔たち。 彼らが今夜味わうのは、炎よりも熱く、夜よりも暗い、一匹の妖精による「絶望」のフルコースです。 逃げることは許しません。命乞いも届きません。 さあ、地獄よりも凄惨な、復讐の宴を始めましょう。
眼下には、平和ボケしたゴブリンたちが肉を貪り、汚い酒を煽っている姿が見える。
ああ、腹が立つ。 私の里のみんなは、あんなに苦しんで死んだのに。お前たちだけが楽しそうだなんて、許せるわけがない。
私は足元のリーダー狼――『黒牙』のアルファの首筋を、爪が食い込むほど強く撫でた。
「ねえ、黒牙たち。お腹空いたでしょ?」
私の声には、慈悲など欠片もなかった。
かつてカブトムシを愛でた優しさも、看板娘に花を咲かせた無邪気さも、今は心の奥底に封印する。
ここにいるのは、復讐に燃える一匹の怪物だ。
「あいつらは全部、君たちのエサよ。……ただし」
私は氷のような瞳で、震える狼たちを見下ろした。
「一匹たりとも逃がさないで。自分の命なんて惜しまなくていいわ。腕がちぎれても、足が折れても、最後の牙が砕けるまで噛みつきなさい。……死ぬまで戦え、私のために」
それは命令というより、呪詛に近い強制だった。
『広域魅了』で支配された狼たちは、恐怖と忠誠心がない交ぜになった悲痛な遠吠えを上げると、崖を一斉に駆け下りた。
「グルルルァァァッ!!」
黒い疾風が、宴の只中へ突っ込む。
不意を突かれたゴブリンたちの悲鳴が上がった。
喉笛を食いちぎられる者。腕を噛み砕かれる者。
狼たちは私の命令通り、捨て身の特攻を仕掛けていた。防御など考えない。肉を切らせて骨を断つ、狂気の戦法だ。
「ギャギィッ!?」 「ゴガァッ!」
当然、ゴブリンたちも反撃する。
数では向こうが上だ。ホブゴブリンの棍棒が狼の背骨を砕き、錆びた剣が脇腹を突き刺す。
キャンッ!
という悲鳴と共に、私の配下が次々と肉塊に変わっていく。
でも、私は眉一つ動かさなかった。
痛い? 可哀想?
――知ったことじゃない。
私の家族たちが味わった苦痛に比べれば、お前たちの命なんて安いチップだ。
「さあ、踊りなさい。もっと、もっと赤く染めて」
私は混乱する戦場の上空に舞い降りた。
狼たちに気を取られているゴブリンたちの背後を取る。
手のひらに風の魔力を圧縮する。狙うのは首じゃない。
「――『ウィンド・カッター(風の刃)』」
ヒュバッ!
見えない刃が、逃げようとしたゴブリンのアキレス腱を切り裂いた。
「ギィィヤァァァァッ!!」
「逃げるなよ。まだパーティーは始まったばかりでしょ?」
転がり回るゴブリンを無視し、私は次々と魔法を放った。
足を切り、腕を落とし、耳を削ぐ。
即死はさせない。恐怖と激痛の中で、じわじわと嬲り殺す。
這いずり回るゴブリンに、瀕死の狼が食らいつく。地獄絵図だ。
その時、集落の奥から杖を持った『ゴブリンシャーマン』が現れた。
何やら呪文を唱え、火球を放とうとしている。
「邪魔よ」
私は瞬時に距離を詰め、シャーマンの目の前に躍り出た。 私の姿を見たシャーマンが、驚愕に見開いた目を向ける。
「ギ、ギョ……!?」
「ねえ、そこのデカブツ」
私はシャーマンではなく、その横にいた一番体の大きな『ホブゴブリン』と目を合わせた。
私の瞳が妖しく、強烈なピンク色に発光する。
「――『チャーム』」
至近距離での全力の魅了。
ホブゴブリンの瞳から理性の光が消え、ハートマークが浮かぶ。
「その煩い魔法使いを黙らせて?」
私の囁きに、ホブゴブリンは「ウオォォッ!」と咆哮し、隣にいたシャーマンの頭を棍棒でフルスイングした。
グシャッ。
スイカが割れるような音がして、シャーマンの上半身が吹き飛んだ。
仲間割れ。裏切り。
それを見た他のゴブリンたちの間に、決定的なパニックが走る。
「ヒッ、ヒィィッ!」
「バケモノ……!」
誰かが叫んだ気がした。
そうよ、私はバケモノ。可愛い顔をして、心は鬼よりも冷たいハイ・フェアリー。
やがて、最後の狼がゴブリンの槍に貫かれて息絶えた。
しかし、その牙はしっかりとゴブリンの喉に食い込んだままだ。
立っているのは、私と、魅了されたホブゴブリン、そして足や腕を失って呻く数匹のゴブリンだけ。
集落は血の海と化していた。
かがり火が倒れ、粗末な小屋に火が燃え移る。
かつて私の里が焼かれたように、今度は彼らの家が焼けていく。
「……終わった」
私は空中でホブゴブリンを見下ろした。
彼は用済みだ。
「役立たずの仲間と一緒に燃えなさい」
「ゴ……?」
私は指先から特大の『ウィンド・カッター』を放ち、ホブゴブリンの首を刎ね飛ばした。
燃え盛る集落の炎が、夜空を赤く焦がしていた。
私はその上空で、パチパチと爆ぜる音を聞きながら、ゆっくりと旋回していた。
下には、黒焦げになったゴブリンたちの死骸と、私のために命を散らした『黒牙』たちの残骸が転がっている。
かつて私を恐怖させたゴブリンも、頼もしい手足だった狼たちも、今はただの灰だ。
「……弱い」
私はポツリと呟いた。
ゴブリンが弱かったんじゃない。
感情を殺し、配下を犠牲にしてまで勝利を求めた私が、あまりにも強くなりすぎてしまったのだ。
復讐は終わった。
胸に残るのは、焼け野原のような乾いた達成感と、底知れない虚無感。
ティタお姉ちゃんたちの仇は討ったけれど、やっぱり誰も帰ってこない。
「でも……力は残る」
私は自分の手を見つめた。
敵を屠り、命を奪うたびに、体の中に力が蓄積されていくのがわかる。
この残酷な世界で、二度と奪われないためには、もっと、もっと強くならなければならない。
誰よりも強く。誰も手出しできないほどの「絶対者」に。
その時、私の願いに応えるように、脳内にあのファンファーレが鳴り響いた。
それは今までで一番大きく、荘厳な響きだった。
《レベルが上限に達しました》
《レベル10 ⇒ レベルMAX》
《進化条件『冷酷なる支配者』『同族の復讐者』を達成しました》
《さらに、相反する性質『清廉な外見』と『残虐な精神』の融合を確認》
《隠された第3の進化ルートが解放されます》
目の前に、光り輝くウィンドウが現れる。
そこには、私の未来を決める三つの道が示されていた。
【進化先選択】
1.アーク・フェアリー(大妖精)
属性: 【光・秩序】
説明: 精霊たちを統べる純粋な女王の器。強大な魔力と神聖さを持ち、邪悪を浄化する。
特徴: その美しさは神々しい領域に達し、見る者を無条件で平伏させる。『精霊魔法』と『回復』の極致。
メリット: 魔力最大、状態異常無効。
デメリット: 闇属性に弱くなる。穢れ(残酷な行い)を嫌うようになる可能性がある。
2.サキュバス・クイーン(淫魔の女王)
属性: 【闇・混沌】
説明: 『魅了』と『支配』に特化した魔性の女王。他者の精気と心を食らい、意のままに操る夜の支配者。
特徴: その愛らしさは猛毒となり、一度目を合わせれば誰も逃れられない。『精神支配』と『吸収』に至る道。
メリット: 『チャーム』が絶対命令権に進化。生存能力が高い。
デメリット: 神聖魔法が使えなくなる。常に他者の精気を欲するようになる。
3.トワイライト・フェアリー(黄昏の妖精)
属性: 【中立・虚無】
説明: 光と闇、生と死の狭間に立つ孤高の存在。「月」のように、太陽の輝きと夜の闇の両方を併せ持つ。
特徴: 善悪に縛られず、己の目的のためにあらゆる手段を使う。『時空魔法』や『幻術』の適性が開花する。
メリット: 全属性への耐性。光と闇の魔法を両立可能。隠密性と奇襲性能が大幅アップ。
デメリット: 器用貧乏になりがちだが、使いこなせれば最強のトリックスター。
【現在のルナのステータス】 種族: ハイ・フェアリー Lv: 10(MAX) 状態: 進化選択中 称号: 『無慈悲な愛』『冷酷なる支配者』
第16話、最後までお読みいただきありがとうございました。 ……言葉も出ないほどの、一方的な蹂躙。 忠実な配下であった狼たちさえも捨て駒に変え、経験値として喰らい尽くす姿に、ルナの「執念」の深さを感じていただけたでしょうか。
すべてを焼き尽くし、返り血の中で辿り着いたレベルMAX。 そして、彼女が選んだ進化先は、光でも闇でもない**『トワイライト・フェアリー(黄昏の妖精)』**。 金銀の羽、そしてオッドアイ。 その瞳に宿ったのは、果たして安らぎか、それとも――。
物語はいよいよ、最終章へと向けて動き出します。 引き続き、彼女の旅路を見守ってください。




