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大変なことになった。
今朝の旧市街は、どこもかしこもスマウグを手にした人で溢れている。
みんな、俺が昨日上げた画像を見ているに違いない。
酒が欲しくなり酒場にやってきた。
「麦酒を一杯」
「はいよ。そっちの嬢ちゃんたちは」
「同じものをいただければ」
「私も同じものでいいのだ!」
「あれ、二人ともお酒は飲めるのか?」
「たしなむ程度ですが」
「我は酒豪なのだ、アンゼも猫被ってるだけで酒飲みなのだ」
「ディア」
アンゼが静かな怒りを浮かべた。
ディアは焦りつつ、ゆっくりと目線を逸らす。
「そっか、二人は酒好きか……って、なんでついて来てるんだよ! アパートで待っててって言ったじゃないか!」
「デイモンの剣として常にお傍にいなければなりません。これはわたくしたちの義務であり、宿命なのです」
ディアがにやつきながら、
「ついてきたらダメなのか? いかがわしい店にでも行くつもりだったのか?」
「行かないよ。まったく……」
事態は取り返しのつかないところまできている。
11階層への転移神殿が見つかったこと、11階層の大扉が見つかったこと、そして11階層の階層門番討伐。
すべて、俺のやったことだ。
あれが大扉だなんて誰が思うんだ。デカい扉なんて他にいくらでもあるもんなんじゃないのか。
そもそも閉じられた状態の大扉を見たのは初めてだ。
階層門番だってそうだ。
50年間一度も発見されてこなかったんだから、わからなくて当然だろう。
倒せたのはアンゼのおかげだ。
酒場のスイングドアが開き、レイさんたちの姿が見えた。
騒がしかった辺りが何故だが少し静かになる。冒険者たちが、レイさんたちをじろじろと見た。
なんだろうか……。
俺を見つけたエマさんが、こちらに手を振っている。
3人が近づいてくる。
「隣、いいか」とレイさん。
「はい」
昨日の今日だ。
嫌じゃないが、気まずい。会いたくはなかった。
3人が、向かいの席に着く。
「知り合いかい?」
レイさんがアンゼとディアをちらと見て、ぎこちなく聞いた。
どう説明すればいいだろうか。俺ですら、まだよくわからないのに。
新しいパーティーメンバーだと思われてはまずい。
かといって、11階層の階層門番の部屋の祝福の宝箱から見つけた剣です……なんて言えない。
「昨日、ちょっと針の塔に行ったときに」
「……パーティーを組んだのか」
「いや、その、一人でですけど」
「一人でだと!」
「デイモン、あなた何考えてるのよ! 針の塔に一人で入るなんて!」
「なるほど、流石のデイモンもソロはまだ無理だったか」とジェイムスさん。
流石の、の意味はわからないが、どうも3人は、二人を通りすがりの救助隊か何かと勘違いしたらしい。
なんらかの魔物に殺されそうになっていたところを、俺は助けられたというわけだ。
「見ない顔だなあ、上階層の冒険者か?」とジェイムスさん。
「そ、そうなんですよ。二人は上階層から下りてきたらしくて」
「デイモン、今朝の肉が食べたいぞ!」ディアが言った。
「今朝の肉? ああ、河川蜥蜴か。あれは酒場には置いてないよ。針の塔に狩りに行かないと」
「河川蜥蜴の肉を所望する!」
「だから置いてないんだって」
〈氷結袋〉が森に吊るしてある。
なぜだか冒険者があまり近づかない森だから、今戻ればまだあるかもしれない。
「待て、デイモン」とレイさん。 「今、河川蜥蜴と言ったか? まさか、あれを相手にしたのか?」
「え、嘘でしょ……本当だったの?」とエマさん。
ジェイムスさんが言った。 「だから言っただろ」
レイさんが溜息をついた。
「デイモン、実は君に話があるんだ。世間で今何が起きているのかは知っているだろ」
「大扉が見つかった話ですか」
「11階層の、大扉が見つかった件だ。今や10階層などどうでもいい。最大の問題は、名無しの冒険者だ」
どきっとした。
まるで自分のことを言われているように感じた。
自分のことだけど……。
「なぜだか名無しの冒険者が、僕たちの〈集会場〉アカウントをホストしている」
唐突に言われ、丁度口に含んだ酒で咽る。
「大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です」
「それが理由で、今僕らは治安維持隊に監視化にある」
「え、監視?」
「名無しの冒険者の仲間だと思われてるのよ」とエマさん。
「治安維持隊には攻略課という部署があるんだ。攻略課を通し、貴族たちが英雄会に出資金を出しているというのは有名な話だ。針の塔の攻略には金がかかる。大扉を見つけた英雄会は、出資金に見合うだけの働きをしたというわけだ」
ジェイムスさんが言った。
「だが昨日、名無しの冒険者が11階層に到達した。奴らにとって、これほど面白くない話もないだろう。メンツ丸潰れだ。貴族というスポンサーなしに、英雄会が大手ギルドであり続けることはできない。英雄会は今回、スポンサーからの信用を失った」
「酷い話ですね」
「名無しの冒険者は今後追われることになる」レイさんが言った。
「え、そうなんですか?」
マジか。嘘だろ……。
「捜査はもう始まっているらしいわ」とエマさん。 「スマウグの逆探知もやったらしいんだけど、なんでも、名無しの冒険者は魔道具にも精通しているらしいの」
「どういうことですか?」
どういうことだ。俺は魔道具になんか精通してない。
レイさんが言った。
「治安維持隊の大佐の話では、名無しの冒険者はスマウグを改造したのだとか。スマウグの中に魔力防壁のようなものが築かれており、探知できないそうだ」
「なるほど」
「僕たちは3日後、治安維持隊の遠征に加わる」
「そうなんですか?」
「デイモン、僕たちと最前線へ行かないか?」
いきなりの誘いに、俺は絶句した。
「君がいれば心強い。君の洞察力やスキルは役に立つ」
「なにを言ってるんですか?」お世辞にもほどがある。
「7年前、僕らは9階層にいた。大扉を見つけるため、大手ギルドやプロ冒険者たちと同じように、前線にいたんだ」
「え、3人が9階層に!」
レイさん、エマさん、ジェイムスさんは頷いた。
「だがそこで見たのは、冒険者の大量の死だった。優秀な者や若者、好奇心の強い者や、勇気のある者から順に死んでいった。あの頃、9階層は墓場と化していた。僕らのように怖気づき、前線を離れた者だけが生き残った」
「お前のことだ、デイモン」とジェイムスさん。
「俺?」
レイさんが答える。
「君のような、若く才能に溢れた者が大量に死んだ」
「ソロで挑むような奴もいたなあ」
「だから僕は、君を前衛には出さなかったんだ。いずれは、とは思っていたよ。君の実力は理解していたからね。だけど才能だけじゃ、どうにもならないこともあるんだ。経験を積もうと突破できないものもある。大扉の探索とは、耐え続けるということなんだよ」
「余力を十分に残した状態で、一定のペースをキープしながら走り続けるの」
「まあ当然、息は詰まるわなあ」
「ペースを乱した者から死に向かう。才能でも経験でもない、前線で信じられたのは運だけだった。僕らは運が良かったんだ」
レイさんが席を立った。
エマさんもジェイムスさんも続き、席を立つ。
「デイモン。パーティーに、戻ってきてくれないか」
改まったように、レイさんはそう言った。
俺は、1、2秒の間を置き答えた。
「すみません。これ以上迷惑をかけたくないので、俺は戻れません」
俺が再加入を断った3日後。
レイさんたちは、治安維持隊の遠征隊の列に混ざり、9階層へと旅立った。




