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中央広場前に、旧市街で唯一の市役所はあった。
僕たち3人は、その一郭にある市長専用の来客室の、ソファーの上で待たされていた。
部屋の扉が開くと、入ってきたのは治安維持隊のニールフラム大佐だ。
旧市街地区市長は、治安判事も兼任しており、下級裁判官ではあるが旧市街においては最大の公的権力を持つと聞く。詳しくは僕も知らない。
その下に就くのが彼ら、治安維持隊だ。軍隊式の階級制度を設けているのが不気味だ。昔はそうではなかったらしいが。
向かいのソファーにかけながら、大佐は腕に抱えていた、何か布に包まれた丸い物体を自分の隣に置いた。
「市長殿に感謝することだ。急を要する事態だと、ここをお貸しくださったのだ。でなければ尋問室だったぞ、有難く思え」
「僕らに何の用ですか」
「朝刊は読んだか」
「読む前にあなたに連行されました」
大佐はテーブルに新聞を放り投げた。
大見出しに、〈大扉みつかる!〉と書かれているのが見えた。
ジェイムスが思わず声を上げる。
「大扉だと!」
見つけたのは《英雄会》に所属する冒険者とある。
僕は、大佐に訊ねた。
「10階層が開放されたんですか?」
「階層門番の部屋が見つかっただけだ、倒してはいない。お前たち、スマウグを持っていないのか?」
大佐は胸ポケットからスマウグを取り出し、溜息をついた。
「持ってますが……」
「持っていて知らなかったのか。では、今世間でなにが起きているのかも知らないか。なるほど……」
「どういうことですか?」
「〈集会場〉を開け、ランキングを見てみろ」
ランキングとは、注目度ランキングのことだ。
注目度に応じて、記事のランキングが組まれている。
大佐の溜息を聞きながら、僕たちはスマウグを起動させた。すぐに、とんでもない見出しが目に入る。
「これは……」絶句した。
「11階層だと……」ジェイムスは目を疑った。 「どういうことだ。朝刊には、10階層の大扉が見つかったと……」
「いいから、確認しろ」
注目度ランキング1位に〈名無しの冒険者〉、2位に〈11階層の大扉〉とあった。
10階層ではなく11階層だ、見間違いじゃない。何かの間違いか。
3位が〈鍾乳洞〉、4位が〈転移神殿〉、5位が〈ショートカット〉、6位が……。
〈11階層の大扉〉で検索をかけてみる。記事がいくつも出てきた。新着記事を確認すると、今も凄い勢いで更新されている。
記事を人気度で絞り込み、表示された記事を上から順に確認していく。
そこには、閉じられた状態の大扉の写真がアップされていた。
背景には、赤い山脈が映し出されている。見たことのない山脈だ。
写真を拡大したものがあった。
大扉の上枠中央に、はっきりと〈11〉の数字が刻まれているのが確認できた。
「11階層の大扉で間違い、ということか……」
「投稿者は、〈名無しの冒険者〉と名乗っている。投稿があったのは昨日だ。そいつは、とある鍾乳洞を見つけた」
大佐が、僕たちそれぞれの顔を観察するように見つめた。
まるで何かを疑われているように感じるが、意味がわからない。
名無しの冒険者のアカウントページを見つけた。
最初に投稿された記事から確認していく。
「〈鍾乳洞みっけ!〉……」
エマが、投稿記事のコメントを読んだ。
掲載写真には、暗くてよく見えないが雲のような皺のついた岩壁と、氷柱のような岩の天井が映し出されている。
「次に、そいつはどこからか転移した」
「……〈なんか転移した(笑)〉」またエマが読む。
大佐の表情が険しさを帯びた。
「ふざけた奴だ、なにが可笑しいのかわからん」
大佐の、強く握られた拳が目に入った。僕らの視線に気づくと、気を取り直したように続けた。
「どこへ転移したのかは次の投稿でわかる。神殿だ」
「〈やっぱ神殿だった。けど転移したから別の神殿か?〉」とジェイムス。
「〈赤色山脈と命名する!〉」とエマ。
神殿のような建造物の写真と、その次の更新では、赤色の巨大な山脈の姿が掲載されていた。
大佐が、小鬼のような怖い顔をして言った。
「《針の塔》内にある大地、川、谷、建造物、その他すべてのものに対する命名権は、貴族以上の階級を持つ者のみに許された崇高な行為だ。例外もあるが、少なくとも一介の冒険者が命名していいものではない。これは立派な犯罪だ。貴族たちの気分次第では死罪もありうる。〈名無し〉と名乗る以上は理解しているのだろう、この国の法律では、名前の無い者は裁けん……」
問題の記事を見つけた。
11階層の大扉の写真と共に、〈無駄にデカい扉みっけた(笑)〉とコメントが添えられている。
「治安維持隊は年に二回以上、精鋭を組み9階層へ上る。10階層への大扉を探すためだ。探しているのは我々だけではない、お前たち冒険者もだろう。《英雄会》もそうだ。こいつは、それを〈無駄にデカい扉〉と言ったのだ……無駄と言ったのだ!」
挙句の果てには〈なんか開いた、階段あった(笑)〉の一言と共に、大扉が見事に開かれている。
「お前たちは知らないだろうがな、大扉は探すのも大変だが、開けるのも骨が折れる。9階層への大扉が開かれて、今年で丁度50周年だ。当時の記事によれば、そのときは魔力総量が三桁を超える冒険者700人ほどで開かれたらしい」
僕ら3人の魔力平均が、大体300くらいだ。多くの冒険者は三桁に満たない。
三桁を超えれば、冒険者訓練学校を優秀者として卒業できる。
魔力量だけが冒険者の強さではないが。
「初めて知ったわ。大扉って魔力で開けるのね」
「この冒険者の背後には、魔力総量三桁を超える冒険者が700人はいるということになる。写真には写っていないがな」
〈階段あった(笑)〉からわかるように、扉の先には階段があったのだろう。
階層間に現れる階段と言えば、上階層への道だ。階層門番の部屋と、階層とを繋ぐ長い大階段のこと。
「ん、階段?」
僕は、そこで疑問に思った。
顔を上げると、大佐が不適な笑みを浮かべていた。
「気付いたか」
「なぜ、大扉を潜ってすぐに階段があるのでしょうか」
「つまりそれが問題だ。こいつは上階層への道を下り、階層を引き返した。階層門番の部屋に至り、宝箱を回収した」
「〈お宝いただき!(笑)〉……」とエマ。
彼女の読み上げたコメントと共に、宝の写真が掲載されていた。
「祝福の宝箱だ」と大佐。
箱庭に散らばる宝箱とは違う。階層門番の部屋にのみある、一際大きな宝箱のことだ。
人類が目にするのは50年ぶりか。
「〈骸骨みっけた! なんか浮いてる(笑)〉……」大佐が読み上げた。 「おそらく、こいつがこの部屋の階層門番だろう」
骸骨の体に、古いレースのようなものを身に着けている。ぼろぼろのローブにも見える。頭にあるのは王冠だろうか。手に持っている金の棒は杖か。
その数分後には、〈なんかすり抜ける(笑)、持って帰れない。いらないか、骨だし〉と記事が更新されている。写っているのは横たわる白骨死体だ。上半身と下半身が切断された状態で、仰向けに倒れている。
「すり抜けるということは幽鬼種だろう。どうやら倒したらしい」
大佐の小鼻がぴくついた。
「ご苦労なことだ」
エマが次の更新記事を読んだ。
「〈回収成功! 首から下は置いていくから、欲しい方どうぞ(笑)〉……。幽鬼種の頭部を回収したみたいね。これまで触れることすらできず、その場において帰るしかなかった幽鬼種を」
「ここにある」
大佐が、隣のソファーにあった布に包まれた丸い物体を、テーブルに置いた。意表を突かれたように、僕らは視線を向ける。
布が解かれると、中にあったのは骸骨の頭だ。
僕らは興味津々に覗き込んだ。
「換金所で見つかった。昨日持ち込まれたらしい。受付の女の話では、持ち込んだ者の顔はフードで見えなかったと。声は男で、ずたぼろの服を着ていたとも……。雇われた人間だろう。この首と一緒に、河川蜥蜴の首も換金されている」
大佐はスマウグの画面を覗き込んだ。
「なにが〈欲しい方どうぞ〉だ。触れないと知っていながら……。何が起こったのか、これでわかっただろう」
ようやく、エマもジェイムスも理解したようだった。
朝刊では、10階層の大扉が見つかったとあるが、今回見つかったのは、階層門番の部屋への入口に過ぎない。
大扉。
巨大回廊。
階層門番の部屋。
上階層への道。
大扉。
階層間は、この順に通過することができ、これらは縦に並んでいる。
つまり同番号の大扉は二つあるということだ。
どちらの大扉も外側の上枠中央に、同じ数字が刻まれている。見た目もまったく同じ。
上階を目指し大扉を開けた場合、目の前には巨大回廊がこなくてはおかしい。だが投稿によれば、大扉を開くと、そこには上階層への道があったとある。
つまり名無しの冒険者は、11階層の大扉を、11階層の箱庭から開いたということだ。
転移先は11階層ということになる。
「明日か明後日にも、《英雄会》は階層門番へ挑むだろう。倒し、彼らは、我々は10階層へと旅立つ。だがそのとき、新天地に階層門番はもういない」
大佐は、骸骨の頭を引っ込めた。
「11階層の大扉を見つけるのに、一体何年、いや、何十年かかるか……」
その間にも、名無しの冒険者は11階層の旅を始めるだろう。
この差はデカい……。
「50年だ!」と大佐は口調を強めた。
名無しの冒険者と僕たちとの間には、50年分の差がある。
「だから、私たちを呼んだんですか?」エマが訊ねた。 「階層門番の討伐と、10階層解放後に、次の大扉を探索するために」
「……君たちが、かつて9階層に挑んでいた最前線の冒険者だったからかね?」
自惚れるな、と言われているように感じた。
エマの表情が委縮する。
「大量の死を前に怖気ずき、前線から退く者など毎年数えきれないほどいる。情弱を恥じる賢さが少しでもあるなら、名無しの冒険者のプロフィールをよく確認することだ」
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名無しの冒険者
階層:1
ホスト:1 クライアント:2.001.745
下記のスキルが使えます。
〈索敵〉〈鑑定〉〈隠密〉〈無音〉。
ソロで冒険者やってます。
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内容は一見して初心者冒険者といったところだが、クライアントの数が大手並みだ。
スキルの数は平凡。〈ソロで冒険者やってます。〉という一文から、アカウントを開設して間もないことがわかる。職種も経歴もなしとは、典型的な捨てアカだ。
階層が〈1〉というのは、ふざけているとしか言いようがない。駆け出しの冒険者だと主張したいのか。まるで、愉快犯だ。
〈ホスト:1 クライアント:2.001.745〉か……。
「ん、ホストが〈1〉?」
ホストリストを開いた。そこに一件、“《陽気な少年たち》”と表示されていた。
ジェイムスが勢いよく立ち上がり、スマウグに目を見開く。
「なぜ俺たちの名が……」
「どういうことですか」
エマがそう訊ねるも、こちらが聞きたい、と大佐は答えた。
「名無しの冒険者が、僕らに興味を示している?」
ホストとは名ばかりだ。
これはお気に入り登録のようなものに過ぎない。
何千何万という冒険者、ギルド、パーティーがある中、なぜ僕らを……。
「さて、ここからが本題だ」
威厳を取り戻したかのような声で、大佐は言った。
「名無しの冒険者との関係について、話してもらおうか」




