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「デイモン……私たちのこと、嫌になっちゃったのかなあ」
昨日のことを思い出し、エマがまた麦酒を注文した。
飲み過ぎだぞ、とジェイムスが諭す。
「そうじゃないだろ。なんつうか、あいつは自己評価が低いんだ」
「パーティー経験が少ないからだろうな。彼は自分と周囲との差をわかっていない。自分のことを無能だと思っている」
「でも、レイ。彼って今、実習期間なんじゃなかった、まだ学生でしょ?」
「来年卒業すると聞いている」
「デイモンの言っていた河川蜥蜴の話、覚えてるか?」
「攻撃の瞬間、河川蜥蜴は動きが止まるって話?」とエマ。
「筋肉が力むと言っていたな」
「そうだ。その話だ……冒険者を始めて10年、俺は、そんな話は聞いたことがなかった」
僕たち3人は同級生だ。
デイモンと同じように、17歳の時には実習もした。学校を卒業後、18歳で冒険者になり、あれから10年だ……。
ジェイムスが言った。
「河川蜥蜴は初見殺し。情報不足な初心者が、よく殺される。第一階層においても厄介な魔物だが、2階層、3階層と経験を重ねても、相変わらず冒険者たちは避けたがる」
「奴らは、知能が高いからな」
「ああ。河川蜥蜴が川の近くに住み着くのは、何も水が確保できるからじゃない。魚が食い放題だからでもない。冒険者が水を求めるからだ」
森に潜むのは、冒険者が森を好むからだ。
渓谷の近くに現れることが多いのは、渓谷には他の魔物が少なく、冒険者が抜け道に利用するからだ。
「奴らは学習能力が高い、動きも早い、反射神経は人間の比じゃない。長期戦に持ち込まれた冒険者は、必ず死ぬと言われるほどだ。だがデイモンは嬉しそうに、奴らの動きを見切った瞬間の高揚感は気持ちがいいと言っていた」
「複数は面倒くさいとも言っていたな、彼は」
「あれを“面倒くさい”の一言で片づけられるか? 複数なんか相手にしたら身がもたないだろ」
そもそも慣れるほど戦う冒険者がいない。
慣れようとも思わない。避けて旅をするのが常識だ。
「ちょっと待って、あれって本当の話だったの? 私はてっきり、デイモンは見栄を張ったんだとばかり……」
「どうなんだろうな」ジェイムスは鼻で失笑する。 「見栄を張るようなタイプか? 少なくとも、自分にできないことは言わない奴だ」
デイモンは、よく謝る。
思いがけず魔物と遭遇したとき、〈索敵〉し忘れていたと謝る。ジェイムスが〈鑑定〉を頼むと、気が利かずすみません、と謝る。
いつも口癖のように謝る。そういう人間だ。
彼は自己顕示のために見栄は張らない。むしろその逆だ。
「デイモンは、剣は抜くがいつも使わない」
魔物は僕らが前衛で処理するから、中衛や後衛にはいかない。だが偶に抑えきれず、後ろに漏れるときもある。
「あいつは何でも避けるからな。まったく、よく相手の動きを見てやがる」
「洞察力がいいんだろう。体も身軽だ。だから河川蜥蜴を相手にするのも楽なんだ。だが彼が優秀なのはそこじゃない」
「スキルだな」
そうだ、スキルだ。
デイモンが〈索敵〉を発動し忘れると謝るのは、前提条件がおかしいからだ。
彼は、スキルを使い続けるものだと思っている。だが違う、そうじゃない。
スキルには、発動限界時間というものがある。
たとえば〈索敵〉は、360度方向に向かって波を飛ばす。その波に触れた敵の位置を知ることができるわけだが、波を打つ回数や、放つ距離には限界がある。使用には、体力を消費する。
スキルとは、本来そういうものだ。
スキル担当の支援職をパーティーに加えるのは、そういった理由からで、だから前衛職ほど使用はなるべく控える。
「二人とも、さっきから何を言ってるのよ。それじゃあまるで、デイモンがめちゃくちゃく強いみたいじゃない」
ジェイムスと僕は、顔を見合わせた。思わず、笑ってしまう。
エマは、何がおかしいのよ、とふくれっ面をした。
「ごめんごめん。まさか、エマが気付いてないとは思わなかったんだ」
「そりゃあないぞ、エマ。だがエマみたいな奴らが、あいつの周りにはいたんだろうな。だから今も、自分は弱く頼りない奴だと思い込んでる」
「……無口になってしまうだろうね、きっと」
「河川蜥蜴の話も、話したのは俺たちが初めてかもしれないな」
人前で、あれほどスキルを使ったこともないのだろう。
学校なら、使う機会は沢山あるはずだが……。
「最初から前衛に出すべきだった。そしたら彼も、自分の実力に気付いただろう」
今朝の酒場は、なにやら賑やかだ。
各テーブルは冒険者たちで一杯だった。というより、今日はやけに人が多い。
何かあったのだろうか。
誰もが朝刊を広げて、盛り上がっているように思えた。
酒場の扉が音を立て、勢いよく開いたのは、空いた席を探しているときだった。
僕たちは反射的に振り返る。入口の前に男が立っていた。
その軍人のような服装から、治安維持隊の者だとすぐにわかった。後ろに、男女の部下を二人引き連れている。
「《陽気な少年たち》はいるか!」
賑わっていた酒場が、少しばかり静かになった。




