13
峡谷の転移神殿から11階層に転移した俺たちは、上階層への道を下り、無人の階層門番の部屋を横切り巨大回廊を抜けた。
大扉を開き、10階層の箱庭へ入った。
目の前には、一面に広がる枯れた大地。
「このどこかに、9階層へ行くための大扉がある」
上枠に〈10〉と書かれた大扉だ。
俺は、浮遊の衣をしっかりと着なおした。
「〈索敵〉! 〈隠密〉!」
スキルを発動し感知範囲を広げ、魔物に遭遇しても気付かれないよう気配を消す。
ディアとアンゼが、左右から俺にしっかりと抱きついた。
少し恥ずかしい気がしたが、照れている場合じゃない。
空高く浮き上がり、遠くを見つめた。
「とにかく飛び回るしかない」
発動したスキルの効果は、二人にも共有される。二人が剣だからだろうか。
俺と同じように感覚的な感知網を持ち、気配も消える。
二人の発する黒と白の放射を利用することで、浮遊が飛行へ変わった。
俺たちは、10階層の箱庭へと飛び立った。
▽
あれほどの速度で飛び回ったのに、大扉を見つけるまでに4日と半日もかかった。
10階層の魔物は、ディアとアンゼがいれば楽勝だった。
昨日、河川沿いで河川蜥蜴を見つけた。ディアが肉を食べたがったから狩ったが、二人の力を借りなくても楽に倒せた。
上階層だからといって魔物の強さが変わるわけではないのかもしれない。
取っておいた肉で腹を満たしたあと、俺たちは大扉を開けた。
「デイモン、下からごちゃごちゃしたものを感じるのだ」
「だな」
「光を帯びた強い気配が二つ。ディア、ようやくあなたの出番のようです」
「アンゼは胡坐でもかいていればいいのだ」
「また頭をぐりぐりされたいのですか?」
「ぐぬ……」
他は冒険者の気配だろう。
〈索敵〉を強めると、人間サイズの白い影が沢山――100人はいない――見えた。そして巨人な浮遊する何かが二体。
「二人とも仮面をつけてくれ」
俺も仮面をつけた。
二人を両肩にし、飛行で一気に下る。
「見えたのだ!」
階層門番を発見した。
それよりも、そこは部屋ではなく草原だった。
これが階層門番の部屋なのか。見上げれば青空まで見える。まるで外にいるようだ。
だが遠くに巨大回廊が見える。草原にぽつんと台座があり祝福の宝箱の姿も確認できた。
草原には沢山の冒険者の姿もあった。
ディアの体が黒く光り、俺の左手に収束し黒い剣となった。
「アンゼ、前方のあれに加速してくれ!」
「わかりました」
アンゼが白い光を体から放出し、俺たちは巨大な天使の背中へと加速していく。
「デイモン、気付かれています!」
「わかってる」
〈索敵〉に反応があった。
巨大な天使は、急接近する俺たちに気付いていて、何かするつもりらしい。
空中でくるんと回り進路を引き返した瞬間、天使の背中から無数の光の針が飛び出した。あのまま突っ込んでいたら、串刺しになっていただろう。
剣を構える。
「ディア!」
剣が震えた。ばちばちっと音がし、剣から黒い稲妻が溢れ出る。
俺の腕が、剣を振り抜いた。
黒い斬撃が放たれ、それは天使のうなじを横に斬った。
さらに剣が震え、腕は切り上げるように振った。黒い斬撃が縦に飛ぶ。
十字が重なった。うなじを中心に斬撃は天使を横と縦に斬り、4つに分けた。天使は崩れるように倒れる。地上では砂煙が舞った。
「あと一体!」
次の攻撃に移ろうとしたところ、残りの一体がもの凄い勢いで巨大回廊の方向へ逃げていった。
凄まじい向かい風が止んだときには、姿は見えなくなっていた。
人型に戻るディア。黒い仮面の下の、ご機嫌な笑みが想像できた。
「どうだ! アンゼにはできまい。くっくっく……我の闇は最強なのだ!」
「一体逃げられましたが? 女帝が聞いて呆れますね」
「なんだと!」
睨み合う二人。
「二人とも、あいつを追いかけるぞ」
下から「待て」と声がした。
「何者だ、お前たち!」
黒いローブを纏った女が叫んでいる。
草原に下りると、俺たちはすぐに冒険者らに囲まれた。
目の前では、その黒い女が長い杖をこちらに向けている。警戒されているのがわかった。
丁度いい。
これだけの冒険者を相手にしたことはない。相手にできるかわからない。
この空気感を利用し、できるだけ警戒させておいた方がいいだろう。
そして隙を見て逃げる。
「お前たち、まさかとは思うが、今上階層の道から下りてこなかったのか?」
緊張する。
相手はおそらく大手ギルドの幹部だと思う。
なぜなら服装が上等そうだからだ。
冒険者なら軽装でも鎧を纏うはずが、俺のように黒い女はローブといった無防備な服を着ている。
おそらく、なんらかの魔法の効果が付与されているはずだ。そんな物を一般の冒険者が着ているはずもない。
俺は、できるだけ落ち着いて答えた。
「そ、その通りだ……俺たちは10階層から下りてきた」
辺りの冒険者がざわついた。
女は、目を見開きあからさまに驚いていた。
「私は冷徹会の幹部、ラミアスだ。お前たちは誰だ?」
「わたくしはアンゼリカと申します、アンゼとお呼び……」
アンゼに被せ、
「我が名はディアボリカ、闇を統べる暗黒女帝なのだ!」ディアが言った。
俺は小声で二人に注意する。
「ちょっと、なに勝手に名乗ってるんだよ。それより、せめて偽名に」
「も、申し訳ございません。訊ねられたので、つい……」
「なんでダメなのだ?」
「名無しの冒険者ってバレちゃうだろ。レイさんたちを救出してすぐ帰るだけなんだから、まったく……」
現在〈集会場〉のアカウント名は、〈ディアボリカ・アンゼリカ〉だ。
変更当初は〈なんで改名したんですか?〉とメッセージやコメントが止まなかった。いや、未だにメッセージが送られてくる。
冒険者たちは、俺を〈名無しさん〉とか〈無名さん〉と呼んでくる。
改名した意味はなかった。〈名無しの冒険者〉=〈ディアボリカ・アンゼリカ〉となっただけだった。
「おい、真ん中のお前。お前は?」
「俺に名はない」
「まさか……名無しの冒険者か!」
「え?」
あ、ミスった……。
いや、そうか、そうだよな。そうなるよな。
てっきり、名乗りたくないか?、的な言葉が返ってくると思ってた。
先にディアとアンゼが名乗ってるんだった。
ディアが耳元で言った。
「デイモン、いいのか、なんだかバレてしまったぞ?」
「え、うん……」
アンゼが小声で言った。 「申し訳ありません、段取りを間違えました。どうしましょう……全員殺しますか?」
「こ、殺さないよ、やるわけないだろ。いいよもう……」
急に、殺すか、と聞かれてびっくりした。
アンゼは意外とやんちゃなタイプなのだろうか。
黒い女を差し置いて、赤いロングコートを身に纏う男が二人、前に出てきた。
すでに二人ともロングソードを構えている。刀身が、砂鉄のような黒い影を帯びていた。
一人は赤いロン毛、もう一人はオレンジの短髪だ。
「闇か」とディアが言った。
ディアの力のように、ばちばちと弾ける稲妻のような気配はないが、闇の魔法らしい。
「階層門番攻略は英雄会にすべて任されている」
「許可もなく討伐するとは、貴様、これは犯罪だぞ」
「くっくっく……こ奴ら、我らを斬るつもりらしい」
ディアが黒い剣を出現させ構えた。
ばちばちっと音がして、部屋を埋め尽くすほどの闇が刀身より現れた。冒険者たちが驚いて声を上げる。怯える者もいた。
赤いロングコートの男は怖気づいたように後退り、一人はその場に尻餅をついた。
「な、なんだこの闇の量は!」
「こ、これが名無しの……」
おそらく、この二人も幹部だろう。
そしてこの特徴的な赤は、英雄会だ。
「道理で翼神種が簡単に……」
そう言いながら冷徹会の女が前に出てきた。
冷徹会は、英雄会の次に規模のデカいギルドだと聞く。
「行け」
女は腕を伸ばし、巨大回廊の方向を指さした。
「逃げた翼神種は、お前たちに任せる」
「ラミアス! 冷徹会の分際で、なにを勝手なことを!」
赤いロン毛がそう言うと、オレンジの短髪が怒鳴る。
「貴様、これは権利侵害であるぞ!」
「これ以上汚点を稼いでどうするつもりだ?」
「なんだと」
「翼神種は人の気配を感じ取る。それが外に出て、まずどこへ向かうと思う」
「……ノクターンか」
「そうだ。あそこは針の塔内でもっとも大きな町。今後の10階層攻略においても当分は拠点となるだろう。落ちれば貴族たちにどう思われるか、想像できないわけではあるまい」
俺は言葉を返さず、アンゼとディアと共に浮き上がった。
大手冒険者の派閥争いなんて俺にはわからないが、英雄会に立てつくとは、凄い人だ。冷徹会の幹部だけある。
それにしても、階層門番の攻略戦だというのに、冒険者の数が少ない。幹部と思わしき者も目の前の3人以外見当たらないし……。
「二人とも、行こう」
疑問を残し、俺たちは巨大回廊の方へ飛んだ。
9階層に出てすぐ、悲惨な野営地の姿が目に入った。
〈索敵〉に反応するほとんどの者は、反応が弱々しい。重症を負っていることがわかる。
「デイモン、あの方々はお知り合いではありませんか?」
アンゼの指さす方向を見下ろした。
エマさんとジェイムスさんの姿が、上空から見えた。だがレイさんの姿が見えない。まさか……。
俺は居ても立っても居られず、すぐに地上に降りた。
「エマさん、ジェイムスさん!」
駆け寄るも、
「レイさんはどこですか、まさかレイさんが!……」
目の前に、知らない男が立ちはだかる。
その服装から、治安維持隊の者だということはすぐにわかった。
男はレイピアを構え、異様に警戒していた。
「止まれ!」
俺は足を止めた。ディアとアンゼも後ろで止まる。
「何者だ!」
「待ってください、大佐」
エマさんが男の肩に手を置いた。
「お前、まさか……」ジェイムスさんが目を丸くする。
エマさんが、人を疑うような目つきで俺を見た。
「デイモン、なの?」
「え、いや、俺は……」
しまった……レイさんのことで、頭が一杯になっていた。
仮面のことを忘れていた。面をした意味がない。
声で気付かれたか。でももう仕方がない。
「レイさんは、どうしたんですか?」
俺は、仮面を取った。




