12
遠征隊と共に旧市街を出発してから、二週間が過ぎただろう。
僕らは、階層門番戦の真っただ中にあった。
「ジェイムス、ダメだ! 楯は使うな!」
ジェイムスは後方に飛んだ。
地面に光の槍が突き刺さる。
「悪い、うっかりしてた」
「でもレイ、じゃあどうするの? これじゃあ反撃できないわ」
「どうもしない。今の僕らにも、ここにいる誰にも何もできはしない」
7年前と同じだ……。
あの頃、情報がなかった冒険者たちが次々に死んだ。
冒険者たちにとって、こいつらと出くわさないことだけが生き抜く方法だった。
だからこそ、索敵や感知の効果を生むスキルや魔術は重要だった。
「闇の魔法が使えない以上、耐え凌ぐ以外に方法はない」
10階層の大扉を開き、巨大回廊を抜けた先に広がっていたのは、室内と呼ぶに相応しくない草原だった。
見上げれば広大な青空だ。ここだけ別世界のようである。
回廊を背にすると、遠くに台座が見える。その上にあるのは祝福の宝箱だろう。
その先には上階層への道が確認できた。
これらは2週間前、すでに確認されていたものであるはずだ。
だが祝福の宝箱は開いていない。誰も上階層への道に辿り着けていない。上空に浮かぶ二体――翼神種。こいつらより先へ行けた者は、誰一人としていない。
翼神種は、白い鳥の翼が背中に6枚生えた、真っ白な人型の魔物だ。巨大な彫刻のように肌までが白い。
幽鬼種が光の魔法でしか倒せないように、翼神種には闇の魔法しか効果がない。それも高位の、純度の高い闇でないとダメなようだ。
攻撃すら防ぐことができない。避けるしかない。
ここには俺たちより腕のある冒険者もいる。
だが誰も、奴らに傷一つ付けられていない。闇の魔法が使える者が、かろうじて攻撃を防ぐことがある程度だ。戦いになっていない。
僕らは強制的に参加させられた。
治安維持隊か英雄会か、それとも貴族かはわからないが、僕らに死んでほしいと思っている奴らがいるんだろう。
何故ならここにいる僕ら以外の冒険者は、みな、少なからず闇の魔法を使えるからだ。
「いずれ一時退却が命じられるだろう、それまでしのぐぞ」
「レイ、伏せて!」
エマの声が聞こえてすぐ、目の前が真っ白に光った。
▽
巨大回廊からまた怪我人が運ばれてきたようだ。
このテントには窓がついていないため、その度に外に出て確認しなければ、些細な物音の理由さえわからない。
だが私は違う。もう聞き慣れた。
このテントが私の仕事部屋となって以降、何度も聞いた。
この音は、怪我人が運ばれてきた音だ。足音は二人。一人の足音が重いのは、誰かを背負っているからだろう。
近くの救護テントに入ったな。すぐに聞き覚えのある女の声が聞こえた。ビンゴだ。
私は、テントを出た。
「先生! レイを、レイを助けてください!」
女の焦る声が聞こえる。あのテントだな。
今の一声から何が起きたのか大方想像がつく。声はエマのものだろう。リーダーのレイに何かあったのだろう。
私は、救護テントの中を窺った。
「やはり君たちだったか」
ベッドにレイが寝かされている。脇腹から大量に出血しているようだ。
傍に、エマとジェイムスの姿が確認できた。
「ニールフラム大佐」とエマが振り返った。 「レイが!……」
「てめえ、よくも俺たちを……」
ジェイムスが怒り任せに掴みかかってきた。
かわせたが、私は掴みかかられてやることにする。
「あんな場所に俺たちを連れ込みがって……」
「落ち着け、私は何も知らなかった」
「そんな言い訳が通用すると思ってるのか、端から殺すつもりだったんだろう! 丁度いいわな? 俺たちが、名無しの冒険者と関わりがあるらしいと誰もがそう思ってる。冒険者が治安維持隊の遠征に加わること自体が稀だ。それが出先で死んだとなりゃあ、冒険者や民衆に無言の圧力を与えられる。名無しの冒険者に関わるな、支持するなっていうなあ! お前らは裁かれることもない」
私は、ジェイムスのみぞおちに一発拳を入れた。
軽く息を詰まらせ、彼はその場に崩れ落ちる。
「落ち着けと忠告はした。それから、”名無し冒険者“はもういない。アカウント名は、〈ディアボリカ・アンゼリカ〉に改名されていた」
「どうでも、いい……」
ジェイムスは腹を押さえながら立ち上がる。
ベッド脇にのそのそと戻っていった。
しばらくして医者が言った。
「ここでは応急処置しかできません。完治させるには、ノクターンの医療施設に運ぶしかないでしょう」
「そんな……」
傷の重さを理解したように、エマの表情が一層悲しさを増した。
「ふむ、しかしノクターンも怪我人で溢れていると聞く。我々が到着する2週間前には既に満室だったらしいが、現状空室はあるだろうか」
野営地の救護テントも同じような状態だ。
ベッドはまだ余っているようだが、いずれ埋まるだろう。それよりも医者が足りていない。
あの大扉が発見されてすぐ、英雄会指揮の元、なんの情報もなしに階層門番の攻略が開始した。大勢で、だ。
早い話が、それが病室の満室に繋がっている。
冒険者がクズなら英雄会は大悪党だ。
特に上層部はクズ中のクズ。彼らは冒険者という名のエサを撒き、階層門番の様子を見た。
出てきたのは、二体の翼神種。
あの頃と同じだ……。
大扉とは別に、各階層には隠し部屋がある。中には宝箱があり、門番がいる。
転移神殿もその一つだ。形態はさまざまである。
7年前、9階層で隠し部屋が見つかった。
その部屋の門番が、翼神種だった。
大量の冒険者が死んだ。
「私が馬車を手配しよう。レイをノクターンへ移送する」
私は医者へ準備するように行った。
「君たちはここに残りたまえ」
「レイに付き添います」
「俺もだ。中には戻らねえ」
「エマ、ジェイムス、これは命令だ」
またジェイムスが激昂する。
今度は胸倉をつかまず、彼は距離を取った。
「今すぐ攻略を中止しろ!」
「残念ながら私にその権限はない。ここの管轄権は英雄会にあるのでな」
「あんた、大佐だろ!」
「いかにも。しかし複雑でね、ここでは大佐の称号もあまり意味を持たない」
だがそれも近く終わりを迎える。
階層門番を倒そうが倒すまいが、英雄会は貴族に切られる。
野営地を発つ馬車の後ろ姿を、二人は無力を噛み占めるようにして見つめた。
そう感じたのは、私も自分の、治安維持隊の大佐という立場の無力さを思うからだ。
「申し訳ない……」
私には、馬車を用意してやることくらいしかできない。
「君たちを9階層に連れてくるように言ったのは英雄会だ。まさかあの部屋に送り込むとは……。経過報告は受けていた。中に翼神種がいることは知っていた。だから私は、君たちが闇の魔法を使えないことも知らせた。だが英雄会は聞く耳を持たなかった。どちらでもいいという様子だった」
「そんな……」
「やっぱりな」
「君の言う通りだ、ジェイムス。彼らは君たちを殺すつもりでいる。捨て駒に使うつもりなのだろう」
現在階層門の部屋には、英雄会や冷徹会といった大手ギルドに加え、中小ギルドや野良の冒険者パーティーがいる。
だが闇の魔法を使える者に限られているため、人員は少数だ。
精々、翼神種の監視といったところだろう。
その間に、本命のパーティーは訓練に励む。
「他の冒険者たちはどこへ行った。英雄会も、ここには1割もいないだろ」
「修行だ」
「ふざけているのか」
「大真面目だよ。そもそも攻略とは、こういうものなのだ。階層門番は簡単に撃破できるものではない、数年かかるのが普通だ。魔物に合わせ技を覚えなおす必要が出てくる」
「闇の魔法か」
ソプラノのような甲高い声が、私たちの会話を遮った。
私たち3人が、ほぼ同時に振り返ると、それは巨大回廊の方向だった。
中から声が聞こえる。それは次第に大きさを増している。
目を細め、私たちは息を潜めた。
回廊の中から白い光線が飛び出した。それは空気を揺さぶるほどの破裂音を轟かせ、野営地上空で飛散した。
落下したものが、辺りのテントに被害を出した。
テントが空に浮かび上がり、患者や医者が宙を舞った。運よく直撃を免れたテントから、医者や患者や冒険者が姿を現している。
私たちは、光の粒子に当たらないようにその場に身をかがめた。
両開きに停止している大扉と枠が、次の瞬間に爆発した。風圧が押し寄せる。回廊から白い巨人――翼神種が姿を現し、野営地上空に飛び上がった。
「外に出やがった!」
「実況解説は不要だ、ジェイムス。見ればわかる」
「翼神種が部屋の外に……」とエマ。
7年前と同じだ。
あの時も、隠し部屋から翼神種が外に出た。
それにより、多大な被害が出た。
なにしろ奴らは……
「まずい、あの方向はノクターンだ!」ジェイムスが叫んだ。
人間の居場所を感じとる能力があるからだ。
「待って……このままじゃ、レイの馬車が狙われるわ!」
立ち尽くし、微動だにしないエマの背中が絶望的に見えた。
「なんだ、なにか出てきたぞ!」
ジェイムスが回廊から野営地上空を目で追っていた。
「あれは、人か?」
人が、空を飛んでいる……。
あとには、白と黒の放物線模様が描かれていた。




