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クラインたち3人が、なぜか蟹の王様を仕留めたことを理由に市長に表彰されたその日、俺は家でゆっくりしていた。
紙面ではクラインがにっこりと微笑んでおり、その手には金色のトロフィーと写真が一枚見える。
新聞では映像が見づらい。
スマウグで鮮明なものを探し確認すると、クラインたちの背後にあの巨大蟹が映っている写真だった。
いつ撮ったのか。
写真の奥には俺やアンゼやディアも微かに映っているようだった。
「デイモン、ここにある〈名無しの冒険者〉とは一体なんなのだ?」
〈名無し違い? 冒険者パーティー《雨と痛み》、表彰される〉と紙面にはあった。
そういえば二人にはまだ言ってなかった。
俺は二人に説明した。9階層までしか開いていない針の塔において、10階層をすっ飛ばし11階層を開いてしまったことを。
二人をどこで見つけたのかも含めてだ。
「複雑なお立場だったのですね」
「デイモンは有名人だったのだな」
「こんな形で有名になりたくなかったよ。今はどうにかバレずに済んでるけど、バレたら大変なことになる。11階層への転移神殿を見つけたのは偶々だし、俺には9階層へ挑めるほどの力すらないんだ。身の丈に合ってない」
そこであることを思い出す。
「そうだ、それでアカウント名を変えようと思ってたんだった。考えたんだけど、二人の名前を使ってもいいかなあ?」
「我の名前をか?」
「それはもちろん構いませんが……」
アカウント名を〈ディアボリカ・アンゼリカ〉に変えた。
ホスト数は今や300万を超えていた。微かな優越感が垣間見えるも、一気にそれを凌駕する恐怖が埋め尽くした。
バレたら治安維持隊や貴族に指名手配される。英雄会にも追われるだろう。ギルドは他にもあるし、他の冒険者からも何かされそうだ。
弱小の俺は、そのとき何もできない。
1階層の入口・古城から二階層の大扉までを繋ぐ国道の調査、及び開発が始まってから早一週間。
クラインにレイさんたちの話を聞いてからだと、2週間が経とうとしている。
「ここ最近、ずっと浮かない顔をしていますね」
「そうかなあ」
アンゼの気遣いを流す。
あれ以来、レイさんたちのことが気になって仕方がない。
誰か傷を負ったのか……。
それより、俺と同じ1階層と旧市街との往復しかしないような見習いのクラインたちが、どうやって9階層の情報を小耳にでもはさむことができたのか。
「……そうか、商人だ!」
「どうしたのだ、驚いた顔などして」
「商人だよ。2階層から9階層には、それぞれ町が築かれてる。9階層の町は特に規模があって、ベテランの商人は旧市街から9階層までを自由に出入りするらしいんだ。上階層から1階層に下りてくるには一週間以上かかるから、一度上ると大抵の人は下りてこない」
でも商人は、積み荷を降ろしたらすぐに下りてくる。
頻繁に出入りしているのは彼らしかいない。
「それが、どうかされたのですか?」
「クラインたちの言っていた話が気になるんだ、旧市街でベテランの商人を探そう。何か知ってるかもしれない」
「というと、デイモンがお世話になっていたという、《陽気な少年たち》の方々についてですか? わたくしたちは、まだ一度しかお会いしたことはありませんが……」
「今日はゆっくりするのではなかったのか? 財宝の仕分けをするだろう?」
「それはまた今度にしよう」
3人で旧市街へ向かうも、どこから探せばいいのかわからず市場で立ち尽くす。
山積みに陳列されたリンゴの中から、〈鑑定〉で質のいい赤いものを3つ選び、近くの、屋根つきのベンチに座ってみんなで食べた。
「デイモンはリンゴが食べたかったのか、商人を探すのだろう?」
「今探してるんだよ」
ベテランの商人をどう見分ければいいのか、考えてなかった。
ここは商人で溢れている。店先に立つのは一見ただのおばちゃんでも、それはすべて商人と言える。
だが探している行商人だ。
リンゴを食べ終わった後、思い付きで厩舎の密集する区画へ出向いた。
ここでは馬を借りることができるが、基本的に針の塔向きではない。
針の塔ように借りる場合は、馬が戻ってこない場合が多々あるので、その分、料金は高くなる。が、商人の多くはここらの馬を利用するか、自分の馬を持っていてこの辺りに預けている。
「すみません。この辺りで、行商人の集まる場所を知りませんか?」
馬の蹄についた泥を落としている男性を見つけ、声をかけた。
男性は無言のまま長い間を置き、「宿、か?」と不愛想に言った。
「宿なら《叫び》がある、あっちだ。酒場なら向こう、《死に損ないの蛆虫》ってのがある」
ありがとうございます。とお礼を言って酒場に向かった。
奥に入るほど治安が悪くなっていく気がした。
剣だとは言え、女性を一目につけるのはマズいような気がした。アンゼとディアに、剣に戻るように言った。
酒場は、いつも利用するものより廃れていた。やけに静かで、蝋燭の数が少ない。夜はどうするのだろうか。まるで船底のようだ。
葡萄酒を一つ頼み、テーブル席から複数の視線を感じながらカウンター席にしばらく滞在したが、ベテランの商人らしい人には会えなかった。
旧市街の広間に戻ってきた。
針の塔の目の前の噴水の傍に腰かける。
そのときには、もうアンゼもディアも人型の姿を現していた。
「無駄足だったのだ」
「旧市街にも、あのようなところがあるのですね」
「旧市街は元々廃れてるから、ああいう場所の方が多いんだ。この広場みたいに明るい場所の方が少ないんだよ」
スマウグを起動して記事を漁る。目立った情報はない。
10階層の大扉が見つかって二週間が経つ。未だ、階層門番は倒されていない。
「そのスマウグ、故障してねえか?」
目の前に、知らない中年男性が立っていた。積み荷の乗った台車を引いている。
白髪に白髭が目立つ。部分的に老けていて不一致な気がする。
「はい?」
「俺が直してやろうか」
断りもなしに急に奪われた。
「ちょ、ちょっと、返してくださいよ」
そう言ったときにはもう、俺のスマウグは二つに分かれていた。
ピンセットのような道具により画面が剥がされ、中身が見えている状態だ。
「なんだこりゃあ?」
「それ壊れてるんですよ。直しに行くのが面倒くさいから、それ以上壊れないように使ってたのに」
「変わった鉱物だなあ。小さいくせに、ここまで輝度のある石を見るのは初めてだ」
男は霧吹きのようなものを鞄から取り出すと、手の平の石に一吹きした。
途端に目をぎらつかせながら言った。
「お前さん、これ自分でいじくったのか?」
「なにがですか?」
「つまりよお、魔力を反射する石を仕込んで、スマウグが他人から探知されないようにしてんだろ? ん、違うのか?」
「石?」
石……。
心当たりがあるとすれば、鍾乳洞で落とした際に入り込んだ小石くらいだ。
そういえばレイさんが言っていた。
名無しの冒険者はスマウグの扱いに精通していて、魔力防壁を築き探知されないようにしているとか……まさか、この石のせいだったのか。
だとすると、石を剥がされるのはマズい。
「珍しいもん持ってんなー。何層の冒険者だ?」
「あの、それ返してもらえます?」
「実は《死に損ないの蛆虫》からあんたをつけてきた」
男は邪悪な笑みを浮かべた。
「そしたらいつの間にかあんたは、あんたらになってた。そんで、あんたが両の腰に身に着けている白と黒の鞘から剣が消えてた」
男は顔をぐっと近づけ、
「おかしなことも、あるもんだよなあ?」
お前の秘密を知っているぞ、と言わんばかりに、にたついた。
背筋がぞっとした。
なんだこいつ……。
「離れろ」
ディアが黒い剣を構え、剣先を男の喉に向けていた。




