生きる理由は、彼女の病室から聞こえた
俺の名前は符堂蓮。高校2年生だ。
ガシャン!!と焦って道具を落とす音が響く。
「彼は不治の病にかかっています。」
俺は最近流行りだした不治の病にかかってしまい、ある病院に入院をすることになった。全く自覚症状がなかったが、学校で一斉検査を行った時に、俺は不治の病だと診断された。
この不治の病についてわかっていることは四つ。
一つは、人から人への感染はしないこと。
二つ目は、病気にかかると、しばらく経つと腕に特有の青い痣ができること。
三つ目は、”死亡”の確率が高いこと。
四つ目は、”突然”死が来ること。
もちろんこの病の治療法は現在確立されていない、それゆえに、世界中が問題視している。
普通なら何とかして治療法を見つけて欲しいと願い、その希望が見つからない中、絶望感の溢れる入院生活を送るだろう。だが、俺にとってそんなことはどうでも良かった。なぜなら俺は生きることに疲れてしまっていたから。
彼女に会うまでは……。
「符堂さん!また屋上にいたんですね?冬なので寒いですよ~」
感染の危険はないので、病院内ではかなり自由な行動ができる。入院してから3日目、俺はよく屋上で空を見ていた。
「別に俺がどんな余生を生きようと、先生には関係ないでしょう?」
先生の名前は渕上先生。入院してから俺のことを気にしてくれている優しい先生だ。
「治療法が見つかる可能性はあるのですから、希望を捨てないでください!」
(希望か…随分前に捨てたな……)
(情報によると符堂さんは、昔に両親を失い、自分も不治の病にかかってしまって……辛いだろうな。きっと自分が考えている何倍も辛い思いをしている。知ったような口はできない……)
渕上先生はそう思うが、”何とかして生きる希望を与えてあげたい”とも思う。
将来の夢はない、やりたいこともない、自分はいつ死んでもいい。そう心の中で完結して、自分に言い聞かせる。空を向きながら蓮はゆっくり目を瞑り、しばらくしてから───
「あまり無理をしないでくださいね」という渕上先生の言葉に反応して蓮は───
「渕上先生、ありがとうございます。そろそろ病室に戻ります。」
そう答え、階段を降りる。
俺の病室がある階まで降り、廊下を歩いていると……
(誰かの声)
微かに高い声が聞こえる。その声は廊下を歩く度に鮮明に聞こえるようになり、その正体が”歌”であることに気づく。歌が聞こえてくる病室の前でしばらく足を止めてその歌に耳を傾ける。
(女性の歌声)
歌の歌い終わりで、蓮は我に返る。
(綺麗な……本当に綺麗な声…………)
蓮が心の中で干渉に浸っていると、
「…そこに誰かいるの?」
女性の声に驚き、慌てて蓮はそこから離れる。
(気づかれた!?)
「待って!!」
その少し声量の上がった声に足が止まる。
「私、耳がいいからどこか行こうとしてるのが分かるの。」
呼び止められてお手上げ状態になった蓮は病室のドアをゆっくり開けて大人しく姿を現す。
「ごめんなさい。歌声につい聴きいってしまって……」
蓮は暗い無愛想な声ですぐに頭を下げて謝罪をする。すると…無邪気な笑い声が聞こえた。
「ふふっ…頭をあげてください。こちらこそすみません、病院で歌ってる私の方が変ですよね……うるさかったですか?」
「いえ…」
(むしろ…)
顔を上げると、同い年ぐらいの女性がこちらを見て笑っていた。
「ありがとうございます。その……綺麗な歌と褒めてくれて!」
「いえ、本当に綺麗だったので」
真顔で答える外側の自分とは裏腹に
(あんな気持ちを味わったのはいつぶりだろうか?)と、先程の歌を思い出しながらそう考える蓮。
「……では、失礼します。」
そう一言言って立ち去ろうとした時、再び「待って!!」とストップがかかる。
後ろを振り返ると女性は
「私の名前は、雪譜橙花です!!」
急な自己紹介に少し驚くが、蓮も再び口を開けて
「俺は符堂蓮です。」
これが俺の淵に落ちていた希望が浮かび上がった瞬間だったのかもしれない。
入院4日目、入院5日目、入院6日目、入院7日目
来る日も、同じ時間に彼女の歌を聴くために、でも彼女にバレないように、彼女の病室の近くを訪れた。
入院8日目
蓮は朝6時ぐらいに目が覚めてスマホを開く。そこには、”先日、不治の病にかかっていた男性1名、女性2名死亡”と書いてあるニュースがあった。
(もう、毎日のように死者は出るな……)
スマホの画面を消して、カーテンを開けて外を見る。
(冬だからまだ暗いな…)
冷たい風が運ぶ冷気に気にしたのは最初だけで、しばらくぼーっとしている蓮の脳内では、徐々に”彼女の歌”が流れていた。
太陽はのぼりつつある時間帯でまだあたりは暗いはずなのに、いつもより明るく外が見えている気がした。
朝食を食べた後はいつも通り屋上にいた。
「ま~た、ここですか?最近、符堂さんの部屋に確認しに行くの辞めようかと思ってきてます。」
頭を掻きながら、でも少し笑っている渕上先生は明るい声で冗談を交えた話をする。
「俺はよほどの事がない限り毎朝ここに居ますから」
無愛想に答える蓮に渕上先生は「そうですか~」と言いながら両手を開いて。
突然─────
「ハッハッハ!」
という先生の高笑いが屋上に響き渡った。
「?」
「はい!この屋上は先生が占拠したので、誰も来れません!!」
「よほどの事が起きてしまったので、明日からは来れませんね!!」
笑顔でそう答える渕上先生に蓮は首を曲げる。
「冗談はさておき、冬の朝は寒いので、あまり長時間は居ないでくださいね!」
(本音を言うと、不治の病な以上、何が病気の症状を進行させるのかも分からない。もしかしたら”身体が冷えることで反応する”可能性は0とは言えない。だからあまり寒い所に滞在させたくない。)
だが、渕上先生の思惑は、今の蓮に通じていても通じていなくても関係ない。
しばらくして蓮は自分の病室に戻ろうと、いつもと同じように階段を使って自分の階に降り、廊下を歩いていた。
すると……
(歌声)
(この歌と歌声は昨日と同じ……)
蓮は瞬時に察し、廊下をゆっくり歩き始める。昨日と同じように彼女の病室の前から少し手前の場所で歌を聴く。そしてあっという間に歌が終わる。蓮が病室に帰ろうとした時。間髪入れずに質問が飛んでくる。
「……符堂さんですか?」
「そうですけど…」
「また聞きに来てくれたんですか?」
「いえ、たまたまです。」
頬を人差し指でポリポリしながら答える蓮。
「では…」
病室にも入らず、立ち去ろうとした時
「符堂さんは!!」
そう呼び止めるように大声で彼女は言い、続けて「どうして毎日歌を聞きに来てくれるんですか!?」と聞く。
(バレていたのか!?)蓮の目は少し大きく開く。
「…なんというか、ここに来る理由はたぶん、歌のせいです。」
「なんですかそれ…私のせいですか笑」
蓮の曖昧な答えにドア越しで笑っている彼女に、蓮の口は少し緩む。
「…またここを通ったら、歌を聴きに来てもいいですか?」
蓮の意志とは別に勝手に口が動く。
「もちろんです!!」
そう答える雪譜さんに蓮は「また来ます」そう言い残して病室に戻る。
その後すぐに橙花の病室の前を通った、女性のご老人は橙花に声をかける。
「あら、橙花ちゃん。今日も綺麗な歌声だったわ。」
「ありがとうございます!」
きちんとご老人の方を向いて笑顔でお礼を言う橙花。
「それにしても今日は昨日と同じ歌を歌ってたの?珍しいわね~いつもは毎日違う歌を歌ってるのに」
そう不思議がるご老人に私は
「……はい。あの人にまた来て欲しかったから」
同じ歌を歌えば……
「あの人?」
ご老人が聞き返したところではっとなる。
「いや、やっぱりなんでもないです。」
「あらそう?」
「どうして彼女の歌を聞きに行くか?」
自分でも分からない。ベッドに仰向けで転がった蓮は目を瞑って考える。
入院9日目
不治の病による昨日の死者は男性2名、女性3名、そのうち3歳児が1名含まれる。そして、この不治の病の名前が発表された。
病の名前は”ゼツ”
いつものように屋上にいた蓮はふと───
「ドーー」
と声を出す。続けて
「レーーー」
「ミーーーー」
「ファーーーーー(裏声)」
「ソーーー(裏声)ぉゴホッゴホッ!!」
蓮は久しぶりに高い声を出したので”ソ”の音で喉が辛くなり咳き込む。咳が落ち着くとはぁーーと長いため息をつき、白い息を出す
。
「なんだろこの気持ち」
(声を出すとなんというかストレスが消えていくというか……)
「この屋上は先生が占拠したはずなのに、なんで人が!?」
その声は渕上先生で、屋上にやって来たことに気づく。
聞かれてたか!?と驚くが、咳をしていた患者を見逃すはずがないので、咳について何も触れないということは聞かれてないのだろうと、蓮はほっとする。
「また、来たんですか?」
「また来ましたよ!朝の健康チェックです!体調はどうですか?」
「”今”はまだ、大丈夫ですよ。」
「良かったです。問題なしっと…」
「そういえば、不治の病の病名が決まったらしいですね。」
健康チェックのプリントに記入をしながら渕上先生は連に会話を投げる。
「絶望する病気だから”ゼツ”安直ですね。」
「そうですか?いちばんしっくり来る名前だと思ったんですけど。」
「”俺”はしっくり来ませんよ。」
そんな短い会話を終えて、蓮はいつもと同じ階段、廊下を通って病室に戻る。彼女の病室を通り過ぎかけた時
(歌声)
いつもの歌声が聞こえてくる。ただしいつもとは違い、歌は途中で止まり、
「符堂さん!…ですよね?」
「そうですけど…」
再び気づかれて驚きながら答える蓮を置いて
「少しお話しましょう」
そう言って病室に迎え入れられる。
(ちゃんと入るのは初めてだな…)
「符堂さんは歌は好きですか?」
最初に飛んできた質問はそれだった。
「…好きかは分かりませんが、聞くと心が落ち着きます。」
「なるほど…」
じっくり考える彼女はしばらくしてこちらを向き直し
「それは好きなんだと思いますよ?」
そう笑顔で蓮に伝える。
「!?」
その後は学校の話などを少々お話をした。
「符堂さんの病室は何号室なんですか?」
「そういえば言ってませんでしたね。319号室です。」
雪譜の病室は同じ階の303号室だった。
「以外と近いんですね!」
「そんなに近いですか?」
その蓮の問いに。
「まぁ~近いと言われれば近いし、遠いと言われれば遠いですかね?」
微笑を漏らし、そう言う雪譜。
スマホで時計を見た蓮は…
「そろそろ帰ります。では…また。」
「また…歌を聞きに来てください!」
入院10 、11、12、13、14、15、16日は同じ時間に彼女の歌を聞き続け、少し会話をして、を繰り返した。
入院17日目
不治の病のゼツでの国内での死亡者が”1000人”を超えた。未だに治療法は解明されない。
「ふはは!再び屋上を占拠しに……ってあれ?」
「符堂さん~隠れてないで出てきてください~!健康チェックしますよ~!」
いつもの時間に屋上に来ても、蓮の姿はない。ただ、自分の声だけが響く屋上で、渕上先生は焦り出す。
(こんなこと初めてだ!!)
「これは…!余程の事が起こってしまったのですか!?」
渕上先生は、向いている方向を振り返り、猛スピードで屋上から階段を下る。
「何かあったのか!?」
(歌声)
目を瞑り、ただ、雪譜さんの歌だけを感じる。自分でも分からないが、彼女の歌を聴きに来てしまう。
(歌い終わり)
「今日も癒されました。」
「良かったです!」
満面の笑みで喜ぶ雪譜を見て、蓮は少し穏やかな表情になる。
「符堂さんだから話しますけど……」
そこまで言って一度話すのをの止める雪譜に対して、蓮は続きが気になり、
「どうしたんですか?」と、食い気味に聞く。
「やっぱり今のなしで!」
焦って先程の事を無かったことにしようとする雪譜。そんな雪譜をじーっと見つめる蓮。じーっと見られた雪譜はちらっと蓮を見ながら聞く。
「…笑わないですか?」
「俺が笑っているところを見たことがありますか?」
「それはそれでどうなんですか…?」
苦笑いで言う雪譜。そしてしばらくしてから雪譜は口を開く。
「…実は、自分でオリジナルの歌を作っているんです。」
「恥ずかしがることないじゃないですか!凄いですね!」
(俺と違ってちゃんとした目標を持っている。それだけで応援したいと思える。)
「ありがとうございます!……それで、完成したら…最初は符堂さんに聞いてもらいたいんです。」
(それが私の目標……)
「はい!俺で良かったら!生きていたらぜひ!」
その瞬間俺は、はっとなった。彼女と会うこの習慣を初めて8日目。伝えてなかったのだ、俺が入院している理由を……
「楽しみにしています!」
(良かった…気づかれてないみたい)
そう、ほっとするのも束の間。
「符堂さん~!!生きてますか!!?はやまらないでください!!」
廊下から聞き覚えのある声が聞こえる。その声は病室のドアという壁を簡単に越えるほど響く”大声”で、廊下ではさらに響いていることが予想できる。
(あの先生……)
蓮は手で顔を抑える。すぐに後ろから質問が飛んでくる。
「あの…”はやまらないで”というのはどういうことですか?」
真剣な顔つきで聞く雪譜には悪いと思いながら。
「すいません…ぼちぼち話します。とにかく今は”渕上先生”を止めに行ってきます。」
(これは流石に怪しまれたか…)
「ではまた…」
蓮は病室を出て、渕上先生が向かってであろう自分の病室に向かう。
病室に一人取り残された雪譜は
「あーーーー(高音)」
高い声を思いっきり出し、心を落ち着ける。
「符堂さんの言動と、先生のセリフ、もしかして……」
「”符堂さんも私と同じ病気?”」
病室に向かった蓮と渕上先生は会うことに成功し、渕上先生は蓮の姿を捉えた瞬間、蓮に抱きつく。
「生きてますから!今日はたまたま屋上に行けなかっただけですから!!」
慌てた蓮がそう言うが、渕上先生は一言
「良かった…」
そう一言だけ言って涙を流す。
(先生は……なんで)
蓮は不思議に思う。
(なんで俺なんかのために泣いてくれるんだ?)
その理由はしばらく俺のために泣いてくれる人なんていなかったから。でも、本気で悲しんでくれる人がいるというのを知るだけで…
(俺は生きる希望を持っても、彼女の素敵な目標みたいに、自分の目標を探してもいいのかなぁ?)
ふとそう思ってしまう。そしたらこうとも思う。俺の今までの決意はそこまで固くはなかったのかもしれない。
入院25日目
「符堂さん…いや、」
「いい加減、堅苦しい呼び方はやめます」
「蓮くん!」
雪譜は蓮を下の名前で呼ぶ。
「私のことも下の名前で呼んでください。」
「…?燈花さん。」
何事もないように下の名前で呼ぶ蓮に
「いや、別にいいんですけど、こういうのって下の名前を呼ぶのを渋るもんなんじゃないんですか?」
恥ずかしがりながら質問をする燈花さんに蓮は真顔で「そうですか?」と聞き返す。
「それはそうと燈花さん、オリジナル曲の制作、どんな感じですか?」
「覚えていてくれたんですね…一応順調ですよ!あと5日もあれば完成すると思います!」
ドヤ顔で嬉しそうに燈花は伝える。
「楽しみにしてます。」
「では、そろそろ帰ります。また…」
「はい!また会いましょうね!……蓮くん。」
再び急に下の名前を呼ばれた蓮はつい頭をかく。
「ああ、」
(本当は、なれないし…少し照れる。)
その時、手を振る橙花さんを見た蓮は目を見開く。病室を出た蓮はゆっくり、誰とも会わないように願いながら自分の病室に戻った。
「………」
蓮の眼からは、1滴の雨が降り、頬に水がつたる。
入院26日目
病状が悪化した。
はぁ……はぁ……胸が…苦しい………
胸な痛みで目が覚めた蓮は痛む胸を強く右手で抑えながらも、何とかナースコールを押す。
「とりあえず、最善は尽くしました。知っての通り、この病気は未知です。何が起こるか分かりません。なので……」
渕上先生は真剣な眼差しで蓮を見つめる。
「すいませんが、こちらとしても何かあった時に出来るだけ早く対応したいので、不用意に病室から出ることを禁じます。」
その後、もう一度検査を行った。その後、蓮は質問を渕上先生に投げる。
「…治療法はまだ見つかってないんですか?」
「残念ですが、まだです。」
必死で蓮の緊急検査を行う渕上先生は手を止めて、目を瞑る。
「……5日間だけ生きたくなりました。」
両手を強く握り、願うようにそう言う蓮に渕上先生の目は見開く。
どうして?と聞くのは愚問かもしれない。でも、それほどまでに彼は生きることを諦めていた。だから、彼はこの入院生活で大きく心の変化が起こったということだけはこの瞬間、理解した。
(”彼も生きたいと思えるようになったんだ”)
それはきっと彼女のおかげ…
でも……
蓮が自分の病室に戻った後、渕上先生はある資料を見ていた。
これは、あの不治の病についての極秘情報。
渕上先生はあるページでページをめくるのを止める。
そしてこれは、不確定な情報のため、まだ世間に公開は出来ない。
”この病気は、死が近づくと胸が痛む可能性あり”
「もうひとつこの情報を隠している理由は、このことを世間に公開すれば…この事実を知れば……どうなるだろうか? そのことを予想して、国は…世界はこの情報を公開することを禁じている。」
後ろからの声で後ろを向くと、先輩である昔田先生が立っていた。
「でも自分はこの情報を一刻も早く公開したいです。」
そう答える渕上先生。
「どうしてだ?」
聞き返す昔田先生に渕上先生は即答する。
「だって!!その情報を知っていれば、家族とかは、病気にかかった人の最期を見届けることができるじゃないですか!!」
「でも、急な死が来ると思っていた方が、恐怖心を感じずに楽に、苦しまずに死ねる。」
「たしかにそうかもしれませんが…胸の痛みが来たらどっちにせよ、恐怖心は感じます!それだったら自分は!自分だったら!誰かに最期は見届けられたいです!!」
「君の考えは理解できる。共感さえする。でも、そんな個人の主張は通るわけないだろう?」
入院27日目
橙花は病室でいつもと打って変わって暗い表情でギターの練習をしていた。
「今日も…来ないのかな?」
一人しかいない病室で、ギターの音だけが無慈悲に響いていた。その様子は橙花の心の中を表すのにはちょうど良かった。
すると、廊下を歩いている看護婦達の会話が聞こえてくる。
「昨日、例の病気にかかった高校生の子の症状が悪化したのよ」
「え!?本当ですか?」
小声で喋っていたとしても聴力に長けている橙花にははっきりと聞こえてしまった。
「ということは、もう長くないかもしれないわね」
橙花はギターを置き、上着を来て、病室から飛び出す。
「蓮くんは多分、私と同じ病気だから…」
橙花は涙を堪えようとしても、涙が目に溜まり溢れようとしていた。
(蓮くんの病室は確か、319号室!)
これは、蓮くんとあって7日目に聞いた事。
(蓮くんと会って24日目たくさん会話して、楽しかった。彼は真面目に私の歌を聞いてくれて、彼は無自覚かもしれないけれど、歌い終わりにはいつも満足そうな顔でいてくれた。)
「約束…したじゃないですか……」
走る橙花の目からは涙が後ろに流れる。
(今はもう胸は痛くない…)
「これなら後4日は耐えられるか?」
ベッドで胸を優しく押さえる蓮。
「いつ死ぬか分からないのってこんなに怖かったっけな?」
ははっと笑う蓮。
(大丈夫…あと4日間なら…大丈夫)
自分に言い聞かせるように、ベッドから起き上がる。
(昨日は行けなかったからな…今日は!)
蓮は病室から出る。
「いや…だよ!!」
蓮が病室から出て間もなく、橙花が叫ぶ。
「え?」
はぁ…はぁ…と息を整える様子を見て、走ってここまで来たのだと蓮は察する。
「生きて!!生きて私の曲を聴いてよ!!」
どうしたんですか?と蓮が聞く前に燈花は泣きながら再び叫ぶ。
「もちろんですよ。今から橙花さんの部屋に歌を聞きに行こうと思っていた所です。」
その言葉を聞いて橙花は希望に満ちた顔をする。
「悪いが、それは出来ない。」
(!?)
声をかけてきたのは2人は知らない昔田先生だった。
「いいです!私が会いに来るので!」
橙花のその言葉にも
「それも許されない。」
「なんでですか?」
落ち着いた声だが、少し怒っているように感じる蓮の問いに
「それは君たちのためだ。」
昔田先生は理由を話そうとはしない。
「では…」
(なんだあの人…でもまぁ、言うことを聞くことはない)
「蓮くん…」
「大丈夫です。絶対会いに行きますから。」
そう思い、少し時間が経ってから、橙花さんの病室に向かおうとする。すると…
「不用意な外出はダメじゃなかったのか?」
そう病室から出たらすぐにあの先生が立ち塞がる。
「飲み物を買いに…」
と言っても着いてくる。何度試しても一向に橙花さんの病室に行けない。
(死ぬ前に少しでも多く橙花さんの所に……行きたいのに…歌を聞きたいだけなのに……!!)
入院29日目
夜11時
28日はあえて何も動きを見せなかったからあの先生も油断していると思い、静かに病室のドアを開けて、廊下に顔だけだし、左右を確認する。蓮は外に出る。
「こんな時間にどこに行くんだ?」
(またあの先生!!)
蓮は後ろを見ずに走る。
「待て!」
昔田先生が追いかけようとした時、あの人物が昔田先生の前にでる。
「彼の邪魔をしないでください。」
その人物は両手を広げてここから先は行かせんという意思を見せる。
「なぜだ?今の彼は危険な状態だ。不用意な外出を止めるのは突然だろう?」
「これは不用意な外出ではないので大丈夫です!!!」
「前にも言ったぞ?”渕上先生”個人の主張は控えろ!!これは彼のためなんだ!!」
「彼が向かう病室にいる彼女。彼女はずっと前に胸の痛みの症状が出ている!!”もういつ死んでもおかしくないんだ”」
そう叫びながら昔田先生は下を向き、声のトーンも下げる。
「彼がいる前で…急に彼女が死んでしまったら……」
「彼の心は壊れてしまうだろう。」
その事を聞いて、渕上先生は愕然とする。
「わかっているだろう?この病気はそういう病気なんだ。背に腹はかえられない。そこを退いてくれ!!」
(昔田先生が正しい…でも…それでも!)
「お願いします!!」
最敬礼をする渕上先生を見て深いため息をし、昔田先生はついに折れ。
「わかりました…大人しく見守りましょう」
はぁ…橙花の病室の前に着いた蓮は息を整え、ドアをノックしようした時、
(小さな歌声)
歌声が微かに聞こえた。
(そう…俺はこの歌声が聴きたくて、彼女に会いたくて……)
最後まで聴いていたかったが、あの先生が追ってきていると考えるとそこまで時間はかけられない。やむを得ず蓮はドアをあらためてノックする。
「俺です。」
すると歌声は止まり、ドアはゆっくりと空く。
(私はこの足音が空耳かと思った…だって……)
橙花は今にも泣きそうな顔で蓮を見る。
「蓮くん!どうして?」
「前にも話しましたよね?ここに来てしまうのは歌のせいです……」
「また、橙花さんの歌を聞きに来ました。」
いつにも増して明るい顔で答える蓮に、涙を我慢していた橙花はついに泣いてしまう。
「そっか…私のせいですか……」
と泣きながら呟く。
この時にはもう、蓮はあの先生のことを何も考えていなかった。今はただ、橙花と会えたことの嬉しさの気持ちでいっぱいだったから。
「まだ私の歌は完成してないけど、明日には絶対完成していると思います。今日は蓮くんが会いに来てくれたから。だから、明日は私が蓮くんに会いに行きます!」
そういいながら、嬉しそうな表情で橙花は病室に蓮を迎え入れる。
「なんの歌が聞きたいですか?」
橙花が聞くと蓮は
「最初に会った時聴いた曲がいいです。」
と即答する。
「わかりました…夜だし、小声で歌うけど許してね!」
そうしていつもに増して笑顔で橙花は歌い出す。
その橙花の歌う姿は、月の光に照らされて、とても…
(とても美しかった。)
歌い終わった後、
「明日には完成させるので!」
「楽しみにしてます。では…」
病室を出る際に見える、橙花さんが腕を振っている様子が。
(ああ…やっぱり…)
橙花が腕を上げたことで、服の袖が下にずれて、腕に”青い痣”があることを蓮は視認してしまったのだ。
(橙花さんも俺と同じ病気…)
病室に戻り、ベットに寝転がり、蓮は考えていた。
(出来れば俺が先に死にたい……また、希望を失いたくない。でも……明日だけは…明日だけは……)
”2人揃って……”
蓮は目を瞑る。
”生きたい”
(寝るのってこんなに…怖かったかな?)
そのまま蓮は眠る。
入院30日目
「319号室の符堂さん!様態が急変しました!!」
朝の病院内で一人の看護婦の声が響く。
その事を聞いて、渕上先生は目を見開く。
(おかしい…一度目の胸の痛みが来たあと、待つのは急な死のみ。二度目の急変、こんな事例はない!)
「手術室に運びます!!」
その頃、橙花はオリジナルの歌を完成させるために作業をしていた橙花は(あと少しで完成する。)と、胸を踊らせていた。
「符堂さん!起きてください!!」
意識のない蓮を運ぶ時に、渕上先生は必死に声を掛けていた。
「生きる希望を見つけたのでしょう!?」
その言葉は蓮自信に聞こえなくても、微かに蓮の身体に届いていた。
ドクンッ…
「これは…!?」
(これでよし!)
「早く蓮くんの病室に!」
曲を作り終えた橙花はギターをもって、蓮の病室に走って向かう。
病室の前に着き、ノックをする。
「蓮くん?入りますよ。」
ゆっくりと扉を開けようとすると、その様子を見ていた看護婦が
「そこのあなた!そこの病室は入ってはいけませんよ!!」
と焦った声で伝えに来る。
「…この病室の人に何かあったんですか?」
「すいません。それは、話せません」
看護婦は断固拒否するが、橙花は珍しく感情的になり、
「教えてください!!彼に何かあったんですか!?」
そう叫ぶ。
「立場上、話してはいけないんです。」
そう言い残して看護婦は何処へ去ってしまう。
何かを察した橙花は蓮の病室の前で座り込み、唖然とする。しばらく病室を見て、唇を噛み締め、涙を流す。
(どうして?どうして?)
「もう会えないのかなぁ?蓮くん…」
震えた声でそう言い、涙を隠すために両手で顔を抑える。
嗚咽をあげて橙花はしばらく泣いていた。
蓮は目を覚ます。壁にかかっている時計を見れば、午後の11時だった。
(え?どういうことだ?)
起きた時間にびっくりするのはもちろん、寝ている場所にも驚いた。
(ここ、病室じゃないよな?)
すると、急に蓮の動きは止まり、大事なことを思い出す。
「……約束。」
蓮はとにかく走った。今いる場所がどこかも分からないけれど、とにかく走った。
「こっちか!!」
息が上がり初めて間もなく、自分の病室がある建物にたどり着く。
(階段を登ればすぐだ!)
蓮の病室が南、橙花の病室は北とすると、蓮の現在地は北の方の階段だった。
そう、屋上から自分の病室の階に戻る時に使っていた階段だ。
階段を登り終わった所で、蓮ははっとなる。
(微かに聞こえる歌声)
「聞こえる…ある歌が!」
入院して最初の頃、歌っていたあの歌。
彼女の病室に近づくにつれ、歌声はだんだんと大きくなる。
(聞こえる…こっちに誰かが走ってくる音が。)
無表情で歌っていた橙花の口が少しずつ緩んでいく。
(最初の時からそうだった…蓮くんは私の歌を聞きに来る時に聞こえる、この足音。これが聞こえた時の時間が…)
(最初の時からそうだった…俺に生きる希望をくれる橙花さんの歌を聴いてる時の時間が……)
2人はそれぞれそう思い、最後に声に出す。
「「大好きだった…」」
橙花の病室のドアをノックもせずに開ける。
外をみて歌っていた橙花は、後ろを振り向き、ギターを置いて、蓮に抱きつく。
「すいません…寝坊しました。」
「ばか…」
「歌ってくれますか?」
「歌いたいです。」
橙花は泣くのを我慢してという訳もなく、自然と笑顔になる。
「そこに座ってください、蓮くん。」
ギターを持ち、歌う準備をする。
(蓮くんが中々来ないから、歌詞を暗記できちゃったよ)
ふふっと笑いながら、ギターで前奏を弾き始める。そうして、大きく息を吸い…歌い出す。
(大好きな歌声)
蓮はいつものように目を瞑らず、橙花を見ていた。
「……君は生きる理由」
歌はあっという間に終わってしまい、蓮は感情に浸っていた。
「すいません…」
蓮は歌の感動で涙が出そうになり、思わず後ろをむく。
涙を服で拭いて、橙花の方を向き直すと…
”彼女は寝ていた”
「え…?」
先程拭いたはずの涙が溢れる。
「起きてください…」
橙花の肩を揺すると、ギターが手から離れて落ちる。幸いギターはベットに落ち、衝撃は吸収された。だが、そんなことは今の蓮にとってどうでもよかった。
揺すられた橙花は蓮に倒れ込んでいた。
(冷たい……橙花さんの手が…冷たい………)
蓮の涙は頬をつたり、地面に落ちる。
蓮はしばらくぼーっとしていた。少し時間が経って、寝ている橙花をベットに寝かせ、ナースコールを押しに行く。ナースコールを押して間もなく、蓮の目には机に置いてある一通の手紙が見えた。
その手紙の表紙には”蓮くんへ”と書いてあった。
その手紙を震える手で開き、中には1枚の紙と録音機があるのを確認する。蓮はその1枚の紙を見る。
蓮くんへ
この手紙を書いたのは、私が絶対に明日を生き残れる確証はなかったからです。もしも時を考え、この手紙に蓮くんへのメッセージを残します。
まず最初に、私は不治の病である”ゼツ”にかかりました。胸の痛みはかなり前にあったから、先生からはいつ死んでもおかしくないと言われていました。黙っていてごめんなさい。でも、蓮くんには、いつもと変わらずに楽しく接して欲しかったんです。
蓮くんは、無我夢中で私の歌を聞いてくれました。そう最初に会ったあの時から…
本当に嬉しくて、嬉しくて、病気に悩む自分を忘れるほどに、蓮くんは私にとっての”生きる希望”になっていました。
私は最後まで蓮くんにとって、いい歌を歌うことができていたら嬉しいです!
最後にこんな私の歌を聞いてくれて
”ありがとうございました”
橙花より
手紙に大粒の涙が落ちる。
「生きる希望をくれたのは、橙花さん。あなたの方だよ……」
そのまま病院の先生が来るまで泣き崩れていた。
一度落ち着いて、渕上先生と話していた。
「符堂さん…残念ですが、彼女は…」
「大丈夫ですよ、寂しくはないです。俺もすぐに死ぬので。」
完全に生きる希望を無くした蓮は下を向いていた。
その直後、渕上先生は蓮の肩をがっしり掴む。
「前を向きなさい!あなたはまだ死んではいけない!」
「うるさい!!!もう生きる希望なんてないんですよ…それに、病気のせいでもう長くは…」
その蓮の言葉を遮って
「あなたの病気は治っています。腕を見てみてください。」
腕を確認すると、蓮の腕にあったはずの青い痣は消えていた。
(は?なんだよそれ…)
「俺だけ!俺だけ生き残っても意味ねぇよ!!」
声を荒らげた蓮は走って渕上先生の前から去る。しばらく周りを見ずに走る。
(どうして俺は治って彼女は治らなかった!?)
(俺はもう…死にたいんだ……)
気づけば蓮は誰もいない深夜の廊下で転んでいた。その時─────
(歌声)
「この歌は…」
(まだ少ししか時間が経っていないのに…酷く懐かしく感じる。)
正気に戻った蓮は、橙花の病室の前まで走っていたことに気づく。
(歌は橙花さんの病室から聞こえる…)
ゆっくりと歩き、橙花の病室に入る。
今は深夜で、さらに橙花が亡くなった直後なため、病室はまだ変わらない姿を保っていた。
(これが…)
音源は手紙と一緒に入っていた録音機だった。
そしてちょうどそのまま録音した歌は流れ終わるが、まだ微かにギターを置く音が聞こえる。そして急に…
「蓮くん!たくさん会話をしてくれてありがとうございました。
たくさん会いに来てくれてありがとうございました。
たくさん歌を聞いてくれてありがとう…ございました。」
「そして最期に、生きて!!」
生きる理由は、まだあった。彼女の病室から聞こえたんだ。
その後速報として、
不治の病完治!?世界初!
などとメディアで拡散され、瞬く間に広まった。ただ、その日のニュースでは、不治の病による死者は報道されなかった。
不治の病が治った理由はと言うと、解明されなかった。全くの謎。
でも俺は生きている。命がある。だから…
人は生きたいと思うのだろう。




