私を捕まえた人。
滝川守さん。
街の交番のおまわりさん。
背が高くて。
優しい。
お年寄りから子供まで、人気のあるお巡りさん。
そう私を捕まえた人。
家の事情ですさんでいた高校時代。
何度か補導された。
守さんに。
その度に缶コーヒーを奢ってくれて。
お説教もされたけど。
いつも優しかった。
「自分を大切にしてあげなきゃ可哀そうだよ」
って。
その言葉に私のこころがぎゅってなった。
そこから私は悪友たちと縁を切って、高校は何とか卒業できた。
バイト先も紹介してくれて、卒業後の進路も相談に乗ってくれた。
私の学力なら大学も行けるって励ましてくれたけど。
家にそんなお金もないし。
特になりたいものもまだ見当たらなくて。
働こうかなって。
親にも迷惑かけたし。
学校帰りに交番に寄ってみた。
守さんは居なくて、谷川さんってベテランのおまわりさんが、町会長の橋口さんとお茶を飲んでいた。
「おう、じゃじゃ馬姫の明音ちゃんか」
橋口さんが手招きをする。
「こんにちは」
「滝川か? あいつは今定時巡回行ってるよ」
谷川さんは壁の時計を見上げた。
「そっか」
私は橋口さんの隣にパイプ椅子を広げて腰掛けた。
「おいおい、女の子がそんな跨いで座るな」
「おじいちゃん、そういうの差別だよ」
「は? 口だけは達者だな、いつの時代も。俺のかみさんとかわんねーや」
「ごめん、わかったよ」
私は椅子の向きを変えて座り直した。
「おまえは素直んだか素直じゃないのか」
ニコニコしている橋口さん。
『至急、至急……』
谷川さんの無線から、滝川さんの声。
「こちら、谷川……」
無線に応えながら谷川さんは奥の部屋へ引っ込んでいった。
私は橋口さんと顔を見合わせて肩をすくめる。
忙しそうだな、滝川さん。
リュックの中から取り出したペットボトルに口をつけようとした時。
「おい! 滝川!」
奥の部屋から耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえた。
「至急、至急……事件発生……現場……」
空気がピーンと張り詰める。
血相を欠いた谷川さんが出てきて、
「四丁目で強盗……事件が起きた、犯人は逃走している、二人とも家に帰った方がいい、戸締りはきちんとして」
そう言うと。谷川さんは自転車に跨って交番を後にした。
「物騒だな……明音ちゃん、送って行くよ」
「え? でも、おじいちゃんの家反対方向でしょ?」
「ああ、でも、こんな時に女の子一人返すわけにはいかんじゃろ」
「大丈夫だよ」
笑って見せると、
「いいから!」
すごい剣幕で怒鳴られた。
橋口さんは、冗談や厳しいことも言うけど、こんなに声を荒げたことはない。
「わかったよ」
「じゃあ、行こう」
私は橋口さんの後を追うように交番から出た。
秋の夕暮れの町並み。
ウー……
ピーポー、ピーポー……
いくつものサイレンの音が近づいてくる。
きれいな黄昏の空に似つかわしくない響き。
「でも、四丁目っておじいちゃんの家のほうじゃん。おじいちゃんの方があぶないよ」
「心配してくれるのは嬉しいが、正和の孫に何かあったら、あの世で何言われるか分からん」
「私のおじいちゃん知ってるの?」
「ん? そうか、明音ちゃんは知らなかったか」
「うん」
「正和は俺の二つ上の先輩だ、まあ幼馴染っていう奴だよ」
「そうだったんだ」
角を曲がろうとした時、勢いよく飛び出してきた男の人と橋口さんがぶつかった。
「いてて……」
尻餅をついた橋口さんのそばにしゃがむ私。
「大丈夫?」
「ったく。気を付けろ」
おじいちゃんの声の先には、私たちを見下ろしている男の人。
ん?
薄暗くなってきていたけど。
その顔には見覚えがあった。
「牧村くん?」
「なんだ、明音ちゃんの知り合いか?」
橋口さんは私の肩につかまりながらゆっくりと立ち上がる。
「おい若いの、人にぶつかっておいてだんまりは良くないぜ」
バチバチバチ……
なんか火花が散って。
橋口さんは地面に崩れ落ちた。
え?
両手で口を塞いで。
目の前の光景が理解に追いつかない。
牧村くんは私の腕を掴む。
見上げた顔は、確かに牧村くん。
「な、なに、離して、おじいちゃんになにしたの?」
私が牧村くんの手を掴む。
「……っ」
脇腹に痛みが走った。
視界がぼやけて――
消えた。
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