よりそうもの。
何かに立ち向かう時。
一歩を踏み出す時。
こらえる時。
振り絞るのは勇気。
言い放ってしまた言葉。
振り上げたこぶし。
鞘から抜いた刀。
これらを納める時こそ勇気の真価が問われるのかもしれない。
暴力には愛で立ち向かう人々がいた。
愛は宇宙を救う手段になりえるかもしれない。
でも、不条理に遭遇した時。
ひとはそれでも愛を示さなければならないのだろうか?
例えば大切な家族やパートナー、友人、ペットを誰かの故意で命を奪われた時。
その相手を赦し。
現場を受け入れ生きていく。
これが当然の感覚で。
悲しみは癒えると世の人は言う。
加害者の未来という人権を美徳として。
この赦しを得てこそ愛なのだと。
亡くなった人に一切の過ちがなかったとしても。
自殺は良くないという人がいる。
でも、自殺しようと思いに至ったことがるのか?
そのような人が身近にいて、手を差し伸べようとしたことがあるのか?
差し伸べた手がするりと抜けた経験があるのか?
それらがあって、その想いに至ったのなら。
それは愛なのだろう。
人は人を救えない。
でも、救おうとしていなくても救えることもある。
傷つけてしまうのと同じくらい、何気ない言葉が。
何も、人を救うのは人ではない時さえある。
自然であったり。
動物であったりもする。
その人本人がどう感じるか次第なんだ。
一般論の愛や優しさは武器にもなる。
当事者に寄り添って、発した言葉や行動でも。
その人が許容できなかったら。
追い詰めるだけになるから。
拙文。お読み下さりありがとうございます。




