表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/86

よりそうもの。

何かに立ち向かう時。

一歩を踏み出す時。

こらえる時。


振り絞るのは勇気。


言い放ってしまた言葉。

振り上げたこぶし。

鞘から抜いた刀。


これらを納める時こそ勇気の真価が問われるのかもしれない。


暴力には愛で立ち向かう人々がいた。

愛は宇宙を救う手段になりえるかもしれない。


でも、不条理に遭遇した時。

ひとはそれでも愛を示さなければならないのだろうか?


例えば大切な家族やパートナー、友人、ペットを誰かの故意で命を奪われた時。

その相手を赦し。

現場を受け入れ生きていく。

これが当然の感覚で。

悲しみは癒えると世の人は言う。

加害者の未来という人権を美徳として。

この赦しを得てこそ愛なのだと。


亡くなった人に一切の過ちがなかったとしても。


自殺は良くないという人がいる。

でも、自殺しようと思いに至ったことがるのか?

そのような人が身近にいて、手を差し伸べようとしたことがあるのか?

差し伸べた手がするりと抜けた経験があるのか?


それらがあって、その想いに至ったのなら。

それは愛なのだろう。


人は人を救えない。

でも、救おうとしていなくても救えることもある。

傷つけてしまうのと同じくらい、何気ない言葉が。

何も、人を救うのは人ではない時さえある。

自然であったり。

動物であったりもする。


その人本人がどう感じるか次第なんだ。


一般論の愛や優しさは武器にもなる。


当事者に寄り添って、発した言葉や行動でも。

その人が許容できなかったら。

追い詰めるだけになるから。


拙文。お読み下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ