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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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仙酔島の子。

ボッ、ボッ、ボッ……

目の前に浮かぶ仙酔島に向かう渡船がゆっくりと水面の上を進んでいる。

伸ばした手のひらの上からはみ出す仙酔島。

防波堤に腰掛ける私に向かって手を振る観光客。

微笑みながら振り返す。

みんな、笑顔。

この町に来た人はみんな笑っている。

気のせいかもだけど。

さすがに、ゴールデンウィークだけあって人は多い。

普段はのどかな港町だけど、週末や観光シーズンともなれば住人の倍以上の人々でごった返す。

倍は盛ってるかもしれないけれど。


私、高校三年の柊菜摘ひいらぎ なつみ

ここからの景色が好きで休みの日の度に来ている。

絵を描いたり、写真を撮ったりして過ごす。

それをインスタグラムに上げるのが日課の一つ。

そのおかげで、知り合いも出来た。

同じように絵を描いてる、夕凪島の美樹さんや東京の風夏さんや咲良さん。

写真を撮っている蓮くん。

小説を書いている梨花さん。

歌が上手な七海さん。

ピアノを弾いている長野の真弓さん。

ギターが上手な東京の千彩さん。

ダンスをしている栞さん。

舞踊やってる宥羽さん。

それに女優の杵築八雲さん。

みんな、それぞれ個性があって、メッセージの遣り取りだけでも感性が刺激される。

年齢とか知らないけれど、私にとって大切な仲間。


『角屋』で買った、天ぷらを一口。

「にゃあ」

匂いに釣られたのか、野良猫のちゃちゃがいつのまにか隣に座っていた。

「なに? 欲しいの? でもダメなんだよなあげちゃ……」

私は、いつものように食べこぼした振りをして、一欠けら、ちゃちゃの前に落とす。

「にゃあ」

ぱくりとそれを口するちゃちゃ。

この一帯は野良猫、飼い猫が自由に行き交う。

住んでいる私でさえ分からないくらい。

もしかしたら、住人より猫の方が多いのかも。

これも盛ったかな。

ちゃちゃは、満足気に尻尾を立ててのそのそと歩いて行った。


スカートの裾を柔らかな潮風が揺らしていく。

スマホを構えて渡船と島影をおさめて――

パシャリ。

うん。

よく撮れてる。

「おーい、菜摘」

背中を追い越して行く元気な声。

三村豊みむら ゆたか

2歳年上の幼馴染。

東京の大学に進学して、少しおしゃれになった。

地元が大好きで休みの度に帰ってくる。

「ゆうさん、また帰ってきたの?」

豊さんは私の隣に腰掛ける。

「ほら、天ぷら食べよ」

「ラッキー。ありがと」

いけないと思っていても、天ぷらだけは小さい頃からいくらでも食べられる。

「今日は絵? 写真?」

「写真を撮ってる」

スマホを手渡して、天ぷらに専念する私。

「相変わらず、同じ場所か。でも良く撮れてるよ」

「でしょ?」

いつも褒めてくれるのは豊さんの一番いいところ。


天ぷらにかぶりつく豊さん。

私も一口。

「菜摘はどうするの?」

すごいな、さすが年上。

何も言わなくても、いっつも、優しく私のこころを掬いあげてくれる。

「どうしようかなって」

「悩んでるの?」

「うん」

「写真や絵をやりたいなら大学で勉強するのも手だと思うけどな」

「ん? 何のこと?」

あれ?

「え? 進学のことを悩んでるんじゃないの?」

「なんで?」

「おばさんが、そんなことを話してたから」

「もう、母さんったら」

むしゃりと天ぷらを一口。

お母さんは、豊さんには、何でも喋ってしまう。

「で? 悩みはなに?」

「私は町を出る気はないよ、けど旅してみたい」

「いいね。俺も東京出て思ったけど、地元はいい。海も空も山もある」

「東京だってあるでしょ?」

「ああ、あるにはあるけど、傍にある空でさえ窮屈そうで可哀そうだな。こうして、潮の香りや土が匂う場所が俺は好きだな」

「ふーん。外に出て地元の良さが分かった感じ?」

「というより、改めて思ったってことかな。でも旅はいいと思う。色んなものに出逢える。もちろん別れもあるけれど」

「出逢いと別れか……」

「ん? それが悩み?」

「ああ、それも一つ。私も龍馬さんみたいに人を繋げる人になりたいなって」

「ほう。坂本龍馬か」

「うん」

この街には龍馬さんも、その昔訪れていた。

潮待ちの港として栄えた大好きなこの町。

船が潮を待つように、私もここで、自分の「時」が来るのを待っているのかもしれない。

でも、待っているだけじゃなくて。

肌で感じたことがない場所に行ったら。

何か湧き上がるものがあるかもしれないし。

なにより、インスタグラムのみんなに会ってみたかった。


ボッ、ボッ……

仙酔島から出た渡船がゆっくりと近づいてきた。

見上げた空にはふわりとさらさらとした雲達が呑気に遊んでいる。

影を落としては、光を運ぶ。

「そうか。今行きたいとこってあるの?」

「え?」

「いや、近くであるなら俺が連れてってあげる」

「ほんと!」

豊さんは天ぷらを頬張った頬を膨らませながら笑っていた。

水面の光の揺らぎが反射して。

きらめきを纏った顔。

私の瞳にも差し込む光。

その眩しさの向こうのまだ見ぬ世界の輪郭に想いを馳せていた。

拙文。お読み下さりありがとうございます。

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