きゅんにきゅんして
私は、佐藤葵。
わたしの頭の中では、今日もまたラブコメディが絶賛放映中。
ただし、わたし専用の、ちょっと特殊なチャンネルで。
ちょっとだけ、アーカイブを教えてあげる。
第32話「クールな彼からの特別扱い」
放課後。
教室で一人、次の委員会の資料を整理していたときのこと。
突然、影が差した。
「佐藤」
声の主は、バスケ部の山崎くん。
クールで無口、クラスでもめったに私語をしない彼が、私に用事?
心臓がドクンと鳴る。
顔は平静を装いながら、わたしの思考は最高速度で回転する。
『もしかして、部活が始まる前に二人きりになりたかった?』
『それとも、私の地味な努力を実は見てくれていたとか?』
「なに、山崎くん」
「……これ」
彼はそう言って、私の机にそっとペットボトルの水を置いた。
スポーツドリンクではなく、ただのミネラルウォーター。
ラベルには、冷気の水滴が滲んでいる。
きゅん。
もう、完全にわたしの中の恋のメーターが振り切れる。
「え、あ、ありがとう……?」
「いや……」
そう短く言って、山崎くんはすぐに教室を出て行ってしまった。
『間違いない。山崎くんはきっと、私が資料作りで喉を乾かしているのを見抜いて、誰にも見られないように、こっそり差し入れをしてくれたんだ!クールな彼なりの、特別な優しさ!』
……次の日。
私は山崎くんにお礼を言おうと、昇降口で声をかけた。
「山崎くん、昨日の水、ありがとうね」
「ああ」
「もしかして、私が喉乾いてるの、気づいてた?」
山崎くんは一瞬、眉間にシワを寄せた。
そして言った。
「いや、あれ、俺の。間違えて佐藤の机に置きっぱなしにしただけ。昨日、部活で使う水と委員会の資料、一緒に持ってきてたから」
「…………あ、そっか」
そうだった。
昨日の彼は、たしかに委員会の資料を抱えていた。
私はただ、彼が間違えて置き忘れた水を、勝手に愛の差し入れだと解釈して、昨夜は一人で胸をときめかせていた。
わたしの恋の誤作動、開始十分で即終了。
第52話「真面目な彼からの大胆な誘い」
放課後の図書室。
クラス委員長の田中くんと二人で、次回の文化祭の準備をしていた。
「佐藤さん、これ、印刷頼んでもいいかな」
「はーい」
二人きり。
静かな空間。
いつもは連絡事項ばかりの田中くんだけど。
今日はなんだか、目が合う頻度が高い気がする。
『もしかして、作業にかこつけて、私と二人で過ごす時間を作りたかった?』
『委員長なのに、なぜ私を指名した?これはチャンスなのでは?』
そんなことを考えていると、田中くんが突然、体を乗り出してきた。
「佐藤さん、来週の土曜日、ちょっと空いてる?」
きゅんきゅん!
完全に直球だ!
まさか田中くんが、こんな真面目そうな顔をして、週末の誘いをかけてくるとは!
もちろん、行く!
「え、あ、うん。空いてるけど……」
「よし!」
田中くんは、私の返事を聞くやいなや、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、悪いんだけど、この大量のポスターを代わりに貼って回ってくれないかな! 俺、その日、生徒会の用事でどうしても動けなくて。佐藤さんの手際の良さなら、絶対大丈夫だから!」
「…………え?」
彼は私をデートに誘ったのではなく、ポスター貼りの代行を依頼してきたのだ。
しかも、断れないように、私の「手際の良さ」という言葉で持ち上げて。
「……そっか。ポスター、ね」
「うん!助かるよ、本当に!ポスター貼りは佐藤さんにお願いするのが一番確実だから!」
最高の褒め言葉をもらったはずなのに、私の心の中のラブコメは、静かにエンドロールに入っていった。
第165話「ダルそうな彼からの不意打ち」
いつもより少し早い朝の昇降口。
靴を履き替えようとしたとき。
軽音部の斉藤くんが、私の後ろを通り過ぎようとして立ち止まった。
彼はいつもTシャツとパーカーで、ちょっと不良っぽく見えるけど、女子のファンが多い。
「斉藤くん?」
彼はいつもダルそうで、眠たそうな顔をしている。
その斉藤くんが、突然、私の腰のあたりを、ぐっと押し、体を近づけてきた。
きゅんきゅんきゅん!!!
心臓が破裂しそう!
これは……壁ドンならぬ……
昇降口ドン!?
もしかして、彼は今まで、私の地味な存在に気づいていなかったフリをして、二人きりになる機会を伺っていた?
わたしの背中が、冷たいロッカーに張り付く。
彼の顔が、すごく近い。
「……佐藤、これ」
彼はそう言って、私の背中にくっついていた、黒くて小さな毛玉を、指でつまんで取った。
「な、なに?」
「毛玉。お前、猫飼ってんだろ。制服に付いてた」
そして、その毛玉をそのままポイとゴミ箱に捨てると、彼はまたダルそうに欠伸をして、階段を上がって行ってしまった。
『……まさか、私の体についた毛玉を、優しく取ってくれただけ?』
しかも彼は、私の髪型の変化には気づかず、服についた小さな毛玉にだけ気づいたのだ。
わたしの勘違い劇場は、彼のあまりにも純粋で、猫の毛だと断定するほどの細かすぎる優しさによって、完全に幕を下ろした。
思い出すと、いつだって頬が緩む。
三人の男の子の何気ない、優しさ、真面目さ、親切心が。
わたしの異常な恋のアンテナによって、
次々に自動で誤作動を起こしていただけだった。
でも、いいや。
勘違いでも、きゅんとしたのは事実だから。
そして、彼らが優しい人だということも、知れたから。
わたしは、また昇降口の鏡で、自分の髪を整える。
今日のきゅんは、どんなのかな?
新しい「きゅん」を探して、わたしのラブコメは続くの。




