ほとり
夏休みが始まって間もないある日。
濃い緑の山から降ってくる、色んな蝉の声の中。
私は近所の小川のほとりにいる。
じいちゃんが教えてくれた、笹の葉っぱの船を作っては水面に浮かべていく。
流れに乗って進むもの。
流れに乗れなくて、くるくるまわるもの。
岩場に引っかかって止まっちゃうもの。
すぐに水が染みて沈んじゃうもの。
川の真ん中でずっとそこにいるもの
そんな船たちの行く末を、せせらぎに包まれながら。
河原の大きな丸石に腰掛けて。
ただぼんやりと眺める
ちょろちょろ。
さらさら。
川の流れる音も全部同じじゃない。
陽射しが水面に溶けて、川底を照らしていた。
昔はこの水を飲んでいたんだって。
今でも透明できれいな水。
手を浸せばひんやりして、自然のクーラーみたい。
ふと思いついて。
立ち上がった私はサンダルを脱いだ。
水面に触れるつま先に柔らかい水のひやっとした感覚が伝わる。
そのまま川底に足をつけて。
一歩一歩足の裏の感触を確かめながら中ほどまで。
足に纏わりつく水が、全身の暑さを吸い取っていく。
ひざより少し高いくらいの深さ。
水に抱かれていると、気分が穏やかになる。
膝を曲げて、両手で水をすくい宙に舞いてい見る。
巻き上がった飛沫に陽射しが当たって。
光のシャワーになって、ぱちゃぱちゃといくつもの波紋を作る。
気持ちよくて。
もう一度、すくった水を――
「えい」
真上に投げてみた。
頭や腕にパラパラと落ちてきて。
肩をすくめて浴びてみた。
向こう岸は森と山だから入っちゃいけないってみんなに言われている。
じゃら、じゃら。
下流の方から小石を踏む音がした。
何気に見た視界の中に、この辺りでは見ない男の子が、こっちに向かって歩いてきていた。
こういう所を歩くのは、慣れていないよう。
両手でバランスを取りながらも、時々つんのめっている。
旅行の子だね、たぶん。
ゆっくりと川面の水を引きがら岸に戻る。
太陽のぬくもりを浴びた石の熱が川から上がった足裏に伝わる。
丸石に腰かけて、リュックの中から取り出したタオルで足を拭う。
私の視線に気がついた男の子は、小さく笑って首を前に出す様に会釈をした。
私も小さく頭を下げる。
「こんにちは」
私の声に、足元のおぼつかない男の子は、片手を挙げるだけで、歩くのに必死。
笑っちゃいけないけど、あんまりそういう人を見たことがないから、その動きを眺めていた。
サンダルに黒い短パン。
青いTシャツに、白いシャツ。
都会の子だね。
わざわざ暑いのにTシャツの上にシャツを着るなんて。
サイドを刈り上げたブロックカット。
つややかな光まとう黒い髪。
目にかかる前髪を、頭を振ったり、かき上げたり。
そんなに邪魔なら切ればいいのに。
私の傍に来る頃には、男の子は肩で息をしていた。
「これ、君が作ったの?」
思ったより高い声が耳を通り抜けた。
そして、手にしていた笹の船を私に見せる。
「そうだけど」
「よかったらさ、作り方教えてくれない?」
男の子は、目を輝かせ笹の船をかざし見ていた。
「めずらしい? でも作っても流すところあるの?」
「ん? ああ、こんなきれいな川はないかな」
きれいな川って褒めたつもりなのかは分からないけど。
ちょっと嬉しかった。
男の子は隣小さな石に腰を下ろす。
おそらく川下で拾ったのだろう。
私が作った笹の船を物珍しそうにいろんな角度から観察している。
「あっ、僕は宇佐山準、君は?」
こちらを見もせずに、船を見つめたたまま。
突然の自己紹介。
「私は、花倉万桜です」
「花倉万桜さん。きみってかわいいね」
さらりと言う彼。
こっちに顔を向けて、にこりと笑う。
都会の子かな、こんな事を軽くあっさり言えるのって。
「みんなに言ってるんでしょ?」
私は残っていた笹の葉を彼に数枚、手渡した。
「どうだろう……で、どうやって作るの?」
手本のつもりで黙って作り始める。
彼は私の手元をじっと見ながら、笹の葉とじゃれている。
「おう、すごい」
自己満足しているのか、ご機嫌そうに立ち上がる。
「じゃあ、それと一緒に流そう」
一人楽しそう。
きっと、こういう遊びは出来ないのかな。
腰を上げた私は川の傍にしゃがむ。
どういう訳か肩が触れそうな距離に彼もしゃがんだ。
「んー。邪魔かな」
「ん?」
彼は何が?
とでも言いたそうで意図を汲み取ってくれない。
ちょこちょこと座ったまま横に少しずれて。
いま出来上がった笹の船をとろりとした水面にそっとのせた。
スーッと流れていく。
「よし」
流れにのせた彼の笹の船は、私が流した船を追いかける。
「見てみて。浮いてる浮いてる」
指さして嬉しそうに、目尻に皺を寄せている。
それから、残りの葉を作って流して。
「いつも、こういう遊びを一人でしているの?」
ぶっきらぼうな言い方。
「どうかな?」
「何をしているの?」
「鳥と話したりかな」
クスッと笑う。
「話せるの?」
「どうかな?」
小さく息をついた彼。
「この川、本当にきれいだよね」
「昔は飲めたみたい」
「え? そうなの?」
少し声荒げた彼は、そっと川に手を浸す。
「ああ、今は止めた方がいいかも」
ニヤッと笑うと、両手で救った水を喉を鳴らして飲み始めた。
口元を手で拭いながら。
「意外と冷たい」
「そう」
彼は少し俯いて、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう。花倉さん」
「どういたしまして」
彼は小さく頭を下げると、またなれない足取りで来た方向へ歩いて行く。
私も腰を上げるとリュックを背負い、家がある反対方向へと一歩を踏み出した。
拙文、お読み下さり感謝しています。




