まさか
放課後の校舎裏は、いつもより静かだった。
ちょうど帰り道の途中で忘れ物に気づいて、校舎へ戻るつもりだっただけ。
……ほんとうに、それだけだった。
角を曲がる手前で、ふわっと風に乗って誰かの声が聞こえてきた。
「ねえ……ずっと好きでした。」
女の子の、ちょっと震えた声。
反射的に足が止まった。
「誰に言ってるんだろ」なんて軽い興味ではなくて。
胸がざわっざわっ…と波立つ感覚で。
いやだ、と思うより先に、身体が勝手に動いてしまった。
覗き込むように顔を向けた先にいたのは――
見慣れた制服の背中。
何百回も見てきたシルエット。
……彼だった。
私の幼馴染。
ずっと一緒にいて、気づいたら好きになっていた相手。
彼の前に立つのは、同じクラスの子。
頬を赤くして、でも真っすぐ彼を見つめていた。
まるで周囲の音を風が吸い込んだみたいに消え失せて。
時が止まったような気がした。
やだ……見ちゃった。
出来れば、知らないままでいたかった。
誰かが彼を好きなことも、彼がどう答えるのかも――
全部。
足音を立てたら気づかれる。
その場から逃げ出すこともできず。
私は祈るように手を組んで。
息をひそめたまま立ち尽くしていた。
「ありがとう。でも……」
彼が口を開いた瞬間、砂埃が桜の花びらを連れて渦を巻いた。
砂が目に入って、胸がきゅっと痛む。
なんで……なんで、こんなに苦しいの。
ふいに握った指先は冷たくて。
肩を丸めて、歯を食いしばる。
ひらひらと舞う花びらが、陽射しに滲んで星のように瞬いていた。
拙文、お読み下さりありがとうございます。




