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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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さしのべられたもの  真名井文菜視点

このエピソードは、拙著「カゲヌシ」の中の一場面です。

主人公の一人。真名井文菜まない ふみなの視点です。

明日、もう一人の主人公。香取諒かとり りょうの視点で同じ場面のエピを投稿します。

お楽しみいただけましたら幸いです。

*注:「カゲヌシ」恋愛作品ではありません。

東京という都会に憧れて、大学卒業と同時に上京した……。

そう、周囲にはそう話している。

けれど本当は――

高校時代に好きだったクラスメイトを、どうしても忘れられなくて、追いかけるように東京へ来た。

もっとも、彼とは卒業と同時に連絡が途絶えてしまい、今まで一度も会っていない。

同窓会にも顔を出さず、幹事の子が実家宛てに葉書を送っても、返事はないらしい。

確かに、学生の頃の彼は、誰かとつるんだりするようなタイプではなかった。

いつも窓の外を、どこか遠くを見るような目で眺めていて、誰かと深く関わろうとする様子もなく、淡々とした雰囲気を纏っていた。

目が合っても、たいてい何も言わない。

なのに――

なぜだか気になっていた。

彼の歩き方。

教室の隅で読んでいた文庫本のタイトル。

ふとした仕草や、静かなまなざし。

ほんの些細なことが、なぜか心に残って、つい目で追ってしまっていた。

忘れられない、あの日の思い出が甦る。

あれは高校三年の冬の初め。


――放課後の外の空気は、もう冬のにおいがしていた。

校門を出た瞬間、ふっと息を吐くと、白いもやがふわりと広がる。

風が冷たくて、マフラーの中に顔をうずめる。

いつものように鞄を抱えて坂道を下りバス停に向かっていた。

やがて空に敷き詰められた雲からポツリポツリと滴が落ちはじめ地面を染めていく。

「傘持ってくればよかった…」

バスが来るまで10分程ある。

バス停脇の街路樹に身を寄せ雨をしのいだ。

葉に当たる雨の音が徐々に大きくなる。

恨めしそうに空を見上げていると、傘を叩く雨の音が包む。

「え? 香取君?」

いつのまに傍に居たのか気が付かなかったけど、彼が差す傘の中にいた。

「風邪ひくよ」

「え、でも……」

折り畳みの小さい傘から彼の体の半分は、はみ出している。

「ああ、俺は濡れても平気。……真名井さんが風邪引いたら、面倒だろ」

冗談みたいな言い方だったけど、その面倒の裏に、ちょっとだけ気遣いがにじんでる気がして、胸の奥がきゅうっとなった。

「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」

傘の下にふたり。

肩が、少しだけ触れそうな距離。

彼は視線を前に向けたまま何も言わないけど、雨の音に混じって、心臓の音がうるさくなっていく。

そして、風が吹く度に私を守る様に傘を傾け、雨に濡れないようにしてくれている。

「風冷たいな」

「……雨、意外と好きかも」

「なんで?」

「こうやって、普段話さない人と話せるから」

言った瞬間、ちょっと恥ずかしくなって、うつむく。

「確かに……それ、俺も今、思った」

上目遣いに彼を見ると、こめかみを人差し指で掻いていて、表情も少しだけ柔らかく見える。

やがて、バスに乗り込み二人掛けのシートに並んで座る。

20分程度のかけがえのない時間。

嬉しさと緊張のあまり何を話していたか、全部は覚えていない。

たぶん、彼のことを知ろうとたくさん質問していたと思う。

ただ、この日からお互いに名前で呼び合うようになった。

何かが劇的に変わったわけじゃない。

私にとっては小さな奇跡だった。

そして私はきっとこの日を一生忘れないと思った。

「だってさ、好きなん……」

大勢の人がいる大都会で偶然、彼に再会する。

なんてことがあったら……

夢見る少女の様な願望は、妄想となって今でも心の中にこびり付いている。

拙文、読んで下さりありがとうございます。

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