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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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きみのて

春の終わり、校舎の影が少しだけ長く伸びていたころ。

颯太そうたはひとり、中庭のベンチでスカートの揺れを眺めていた。


——自分もああして揺らせたらいいのに。

そんなこと、誰にも言えなかった。


見た目は男の子。

声も低くなりはじめていた。

だけど心は、ずっと“女の子”の形をしていた。


それを言おうとすると、

喉がぎゅっとつまる。

勇気がないんじゃない。

怖いんじゃない。

ただ、“否定される痛みを知りすぎている”だけだった。


ある日、同じクラスの美海みうが声をかけてきた。

小学校から一緒。

そのことをいちばん隠したかった相手。

理由はひとつ。

——好きだったから。


美海の笑顔を見るたびに胸がふわっとして、

声を聞くだけで息が浅くなる。

でも、好きな人に“本当の自分”を知られたら、

軽蔑される気がして怖かった。


「ねえ、なんでいつもひとりなの?」


颯太は答えられず、笑ってごまかそうとした。

だけど美海は、嘘を見抜くように首をかしげた。


「泣きそうな顔、してる」


言われて初めて、

自分がそんな顔をしていたことに気づく。


「……ねえ、言いたくないなら言わなくていいよ」

美海は続けた。

「でもね、誰にも言えないことって、誰かひとりに言うだけで、少し軽くなるよ」


その言葉は、

閉じかけていた颯太の心の戸を

そっと指で押したみたいだった。


「話したくなったら、いつでも声かけて」

笑顔を残して、髪を揺らして、美海は去って行く。


風が吹いた。

美海のスカートの裾が波打って。

その揺れが、いつか自分にもきっと似合う——

そんな気がした。


                   ◇


ある放課後。

教室に残って宿題をしていたとき、

ふいに美海が隣に座った。


「ねえ、今日ずっと元気なかったよ?」


心臓が跳ねる。

美海に近づかれるだけで、

隠してるものがぜんぶ透けてしまいそうになる。


「……別に」


ごまかすように答えたけれど、

美海はじっと頬を覗き込む。


「嘘だ。颯太、好きな人でもできた?」


不意打ちだった。

耳まで熱くなる。

バレた? 

気づかれた?

逃げたくて、でも目をそらせなくて——


「……もし、いたら。どうする?」


颯太は震える声で尋ねた。

それは半分、告白だった。


美海は少し笑って、

でもその目はすごくやさしかった。


「その人のこと、応援するよ。

……もしかしたら、ちょっと妬くかも」


妬く?

その言葉が心に波紋を呼ぶ。

焦って、思考がおぼつかない。


言えるわけがない。


でも――

美海なら聞いてくれるかも。

せめぎ合う本当の自分と偽りの自分。

仮に美海が好意を持ってくれているとしても、

男の子のとしての自分が好きなんだ。


目の前の美海は自分の言葉を待っている。

でも、口が開かなくて。


ふいに、美海の手が颯太の手を掴んだ。

「言ってごらんよ。私がその一人になってあげるから」

柔らかくて、細くて、あったかい手。


「……でも、きっと、笑うよ」

勇気を振りしぼって聞く。

美海は首を振った。

「笑わないよ」


しばらく沈黙して、

小さな声で呟いた。


「……女の子みたいに、生きたい」


美海は驚かなかった。

笑わなかった。

ただ、春の空の色をした目で、まっすぐ見てくれた。


「そっか。

——じゃあ、颯太は颯太のままで、そうすればいい」


その一言で、何かがほどけた。

ゆっくり、ゆっくり、あたたかい痛みが広がっていく。


美海は颯太の手をそっと包み込む。


「“男の子か女の子か”より、

“あなたがあなたでいられるか”の方がずっと大事なんだよ」


自分でいられるのか。

それが大事。

痛みの破片が、

ひとつ、ふたつ。

美海の手の甲に落ちる。


「……どうして、そんなに優しいの?」


颯太がこぼすと、美海は包んでいた両手を握った。


「好きだから。

名前も、声も、全部——

颯太のままの“あなた”が、好きだから。」


握られている手が、指が、震える。

声が出ない。

この締め付けられたこころが返事をしている。

それは痛みじゃなく、あふれる恋。


「私は、知ってたよ。ずっとね」

「え?」

「女の子になりたいのかなって」

「どうして?」


「それこそ、物を見る目つきとか、触る手つきとか。

女の子のように優しいから」

「そうかな?」

「うん。女の子よりも優しいかも」


歯を食いしばっても。

止まらない。

当たり前だった。

初めて、

本当の自分のことを、

認めてくれたのが、

大好きな美海なのだから。


「ねえ? 颯太は私のこと好き?」


「うん。ずっと好きだった」


ニコって笑った美海は、

ハンカチで、そっと颯太の頬をなぞる。

美海は下唇を嚙みながら、颯太の鼻を指でつまんだ。


「過去形なの?」


「あ、違うよ、好き、好きだよ、大好き」


「私も、あなたが好きだよ」


拙文、読んで下さりありがとうございます。

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