時の彼方から届いたもの
ダンボールの底から、古びた手紙や年賀状の束が出てきた。
懐かしい名前たちが、それぞれの表情で書いてある。
春から東京で一人暮らしをする私。
「懐かしいな」
引っ越し準備の合間に、開け放った窓の桟に腰掛けた。
のどかな、ぽかぽかした陽射しの中、膝の上で一つずつ目を通す。
きっかけは覚えていないけど、一時期、クラスの中で文通が流行った。
何でもない内容が、楽しそうに踊っている。
その中に、一通だけ封が閉じたままのものがある。
筆跡を見て、思わず小さく笑った。
「……西川?」
地味で、いつも教室の隅にいた男子。
特別仲が良かったわけでもない。
なんで彼から手紙をもらったんだろう。
ちょっとした好奇心で、封を切った。
乾いた紙の匂いが立ちのぼる。
『栗生千夏へ
あの日の放課後、覚えてるか?
雨の中、校門まで一緒に帰った日。
お前が泣いてて、何も言えなかったけど、俺はちゃんと見てた。
あのとき、お前のこと守りたいって思った。
だから俺、ずっと――』
……?
眉をひそめる。
私、そんな日、ない。
雨の中で泣いたことも、一緒に帰ったことも。
誰かと間違えてるんじゃ……?
『それと、ずっと謝りたかったことがある。
実はあの日、お前の上履きに“LOVE”って油性ペンで書いたの、俺。
ふざけてやったけど、すぐ後悔した。
ごめん。』
「……え?」
思わず声が出た。
そんな落書きあったけ?
いや、なかった。
むしろそれ、たぶん別の女子の靴だったやつじゃ……。
手紙は、まだ続く。
『ほんとはずっと言いたかった。
あれは好きとかそういうんじゃなくて、気持ちを伝える練習だった。
でも、もし怒ってたら、本当にごめん。
今でもあの日のことを思い出す。
お前が泣いて、俺が謝って、二人で笑った――あの放課後。』
「だから、泣いてないし、笑ってもないけど……」
ツッコミながら、でも、だんだん笑えてきた。
記憶違いに懺悔が重なって、なんだか一生懸命すぎる。
最後の一節。
『栗生。これからもがんばれ。
すぐに落ち込んで、自分を追い込むけど、
最後には、いつも顔を上げている。
そんな、お前の姿に勇気を貰ってた。
お互い頑張ろう。
負けるな。
いや負けてもいい。
泣いてもいい。
最後には、あの卒業証書を貰った時の笑顔を見せるんだぞ』
手紙を閉じて――
想い出した。
卒業式の後、謝恩会の時。
彼は一人一人に手紙を配っていた。
ふわっと髪が風に流れて、便箋の上に桃色の花びらが一つ。
勘違いも懺悔も、でもちゃんと最後は私への励まし。
ちぐはぐな内容が、どこか彼らしくて。
それでも、今の陽気のように、こころに差し込む柔らかな光。
「……ほんと、ずれてるなぁ」
でも、時を隔てた応援が背中をしゃんとさせてくれる。
笑いながら、私は花びらをそのままに手紙をそっとたたんだ。
振り向いた視線の先。
公園の桜の木。
その奥には街を見守る八ヶ岳。
まだ白粉を残して。
「頑張るよ」
拙文、お読み下さりありがとうございます。




