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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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35/53

しぐれて


駅から続くアーケード。

学校までの通学路。

屋根の端からこぼれる雨が、一定のリズムで地面を叩いている。

朝の街はまだ眠そうで、人の気配もまばら。


僕は、アーケードが途切れる手前で立ち止まっていた。

学校まではあと十分。

だけど、その先の道にはもう屋根がない。

傘を持っていない僕は、そこから先へ進めずにいた。


忘れたわけじゃない。

天気予報は見ていたけど、空がまだ曇りだったから。

なんとなくいける気がして家を出た。

けど、駅に着いたら土砂降り。

降水確率50%の勝負に負けた。


それは、さておいて、そろそろ時間だ。

僕がいつも早く家を出るのには訳がある。

7時45分――

この時間、ここを通る彼女に会いたかったから。


ただすれ違うだけの、ほんの10数秒のために。

ブレザーのスカートから伸びる細い足。

大きな瞳。

つややかな唇。

肩までの髪を耳に掛けて、イヤホンをして、少し飛ぶように歩く。

かわいい子。


ザー。

雨足が強くなり、目の前の道路を走る車は飛沫を上げていた。

僕は立ち尽くしたまま、灰色の空を見上げる。

風が吹くたび、雨粒が飛んできて頬にかかる。

制服の裾も少しずつ濡れていく。


そのとき――

パラパラパラ。

雨を弾く音。

顔を上げると、水色の傘が近づいてくる。

チラッと見えた顔。

彼女だった。


アーケードに入り傘を畳む。

小さく息をつくように前髪を直している。

すれ違う一瞬でいい。

そう思っていたのに、彼女は僕の前で足を止めた。


「……傘、ないの?」

不意に話しかけられて、あたふたする。

「え、あ……うん。家出る時は、降ってなくて」

「そっか。けっこう降ってるね」

想像していたよりも高い声。

彼女は少し空を見上げる。

横顔に見惚れてしまう。


すると、目が合って――

彼女は少し、はにかんで、すっと、僕のほうへ傘を差し出した。

「これ、使って」

「えっ!?」

「この先、屋根ないでしょ? 私、もう駅すぐだから大丈夫」

「いや、でも君は……濡れるよ」

「平気。電車、すぐ来るし」

そう言って、彼女は小さく笑う。

口の端が上がって、目尻が下がって、頬が丸くなって――

間近で目にした笑顔は、とてつもなく、かわいかった。

「どうしたの?」

「あっ、いや、じゃあ、借りるね……」

傘の取っ手を持とうとしたら――

彼女の手に、指先がかすかに触れた。

一瞬のことなのに、温かさと柔らかい感触を確かに感じた。

「ありがとう……!」

「ううん。あ、でも……ちゃんと返してね」

「もちろん。えっと、どこで返せばいいかな」

「うーん……」

少し考えてから、彼女は地面を指さした。


――僕がいつもいる場所。

「じゃあ、ここで。明日もこの時間、通るから」

「わかった。必ず」

「じゃあ、またね」

彼女は小走りに駅の方へ消えていく。

その背中を見送るうちに、全身がじんわりと温かくなっていく。

ザーッという雨音が、ファンファーレに聞こえる。

大きく息を吐いて、傘を開く。

内側に小さな白い花の模様が散っていた。

かわいいな。

彼女の雰囲気そのままの、やさしい色。

それを見て、にやけてる自分に気がついた。


鼻歌交じりに歩き出す。

パラパラと傘に軽やかに跳ねる雨。

「またね」

彼女の声が頭の中に広がって。

間近で見れた笑顔が焼き付いて。

傘を忘れて途方に暮れたけど。

恨めしく思った雨にさえ感謝している始末。


明日、会ったら――

何て言おうかな。

傘を貸してくれたってことはさ。

もしかしてさ。

きっとさ。


拙文、お読み下さりありがとうございます。

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