落ちて
放課後のバス停は、いつもより少し騒がしかった。
楓の葉を巻き込んだ風が制服のスカートを揺らして、街がオレンジ色に街を染めている。
私は友達と笑いながら、お菓子を分け合っていた。
でも、どこかでずっと気になっていたの。
少し離れたところに立つ、男子のグループ。
中学が違うらしい制服の子たち。
その中のひとり――
黒いリュックを背負って、髪が少し跳ねてる男の子。
たぶん、私と同い年くらい。
最初に見かけたのは、夏休みが終わる少し前だった。
バス停のベンチに座って、本を読んでた。
私がふと見てると、彼はページをめくる手を止めて、少し眉を上げた。
目が合った――
気がした。
その瞬間、こころがキュッて鳴った。
それから、放課後になると自然にバス停へ急ぐようになって。
友達には「バスの時間だから」と笑ってごまかしていたけど、本当は違う。
ただ、あの子を見たかっただけ。
今日も、彼はいた。
イヤホンを片方だけ耳に入れて、スマホを眺めている。
風に髪が揺れて、頬のラインが陽に透けて見えた。
あの横顔が、なぜだかずっと目に焼きついて離れない。
――話しかけてみたいな。
そう思っても、できない。
同じ中学でもないし、共通の知り合いもいない。
それに、何を話せばいいのかもわからない。
でも、その日はちょっとだけ違った。
バスが来るまであと三分。
私がカバンの中を探っていたら、イヤホンがするりと手から滑り落ちた。
緩い坂を転がって、彼の足元まで。
「あっ……!」
慌てて駆け寄ると、彼が先に拾ってくれていた。
「これ、落としたよ」
顔を上げた瞬間、彼がほんの少し笑った。
夕焼けが彼の瞳に映って、光ってた。
「ありがとう……」
声がうまく出なくて、少し掠れた。
「どういたしまして」
低く穏やかな声だった。
それだけのやりとりだったのに、心臓は駆け足。
「じゃあね」
バスが来て、行く先が違う友達と別れて、私はひとり乗り込む。
彼も同じ車両。
隣じゃないけど、二列前の席。
その後ろ姿を見てるだけで、なんだか息が詰まる。
窓の外に沈む夕陽の光が、車内を金色に染めていく。
その中で、彼の肩が少し揺れて、イヤホンのコードがゆらゆら揺れていた。
エンジン音に紛れて、音漏れが聞こえる。
知らない曲。
でも、どこか優しい。
私はこっそり、同じテンポで足を揺らしてみた。
もしかして、同じリズムを感じてる――
そう思うだけで、ぽっと顔が熱くなる。
次の停留所で、彼は降りた。
バスが動き出す瞬間、ふいに彼が振り返る。
ほんの一瞬だったけど、確かに目が合った。
そして、彼は軽く片手を上げて、笑ってくれた。
ビクッとして、笑い返せたのかも分からない。
……心臓が、また跳ねた。
その夜。
勉強机に座って、何も手につかなかった。
ノートを開いたまま、彼の笑顔ばかりが浮かんでくる。
思い出すたびに、頬が緩んで、どきどきする。
トントン。
気がつけば指でリズムを取っている。
「……やばい」
声に出したら、余計に顔が熱くなった。
坂の上のバス停で見た夕陽に染まった。
バスから降りて振り返った。
――彼の笑顔。
会いたいな。
ほわほわした気持ちと。
きゅるきゅるした気持ち。
「……はあ」
何度目かの、行く当てのない漏れた息。
その度に彼の顔ばかり浮かんでくる。
机に伏せって彼が拾い上げてくれたイヤホンを見つめた。




