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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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夕焼けの交差点


きれいな橙色がビルの窓に映っている。

今日もゆっくりと暮れていく、放課後の空。

私は鞄を抱えながら、信号の前で立ち止まった。

目の前の横断歩道の向こうに、彼がいる。


――成瀬くん。


クラスの中心にいるような人。

明るくて、誰にでも分け隔てなく話す人気者。

私はそんな彼に、いつのまにかこころを奪われていた。


最初に気づいたのは、去年の夏。

廊下の窓辺で風に髪をなびかせながら笑っていた彼。

その笑い声が、他のどんな音よりも鮮やかに聞こえた。

どうして、そんな風に笑えるんだろう。

もしかしたら、この笑顔が彼の人気の所以なのかもしれない。

だって、彼の顔をみてるみんなが笑っているから。

その瞬間から、私の毎日は少しだけ変わった。


席替えで近くになったとき、心臓がずっとうるさかった。

彼が何気なく話しかけてくれるたび、うまく笑えない自分が情けなかった。

ノートを貸してくれた日も、

「ありがとう」って言うだけで精一杯だった。


いつも彼の話す相手は明るい子たちで、

私はその輪の外側にいた。

話しかけたい、でも踏み出せない。

それでも目だけは、いつも彼を追ってしまう。


――好き。

なんて、言えるわけないよね。


信号が青に変わる。

私は一歩踏み出した。

向こう側からも、彼が歩いてくる。

お互いの距離が少しずつ近づく。

胸が痛いくらい高鳴って、

それなのに、手足が冷たくなっていく。


すれ違うほんの一瞬。

彼が私に気づいた。

「お、水原じゃん。部活もう終わったの?」

「う、うん。今日は早めに切り上げた」

「そっか、えらいなぁ。俺、これから補習」

笑いながら言う彼の声が、少し掠れていた。

乾いた風が頬をかすめる。

彼の髪が光を受けて揺れた。

その瞬間、世界がスローモーションみたいに感じた。


「じゃあ、また明日な」

彼が軽く手を振って、反対側へ歩き出す。

私は振り返れなかった。

「また明日」なんて、

きっと彼にとっては何気ない言葉。

でも私には、それだけで十分だった。


――“また明日”が、ずっと続けばいいのに。


交差点の向こうで、彼が友達と合流して笑っている。

その姿を見つめながら、私はゆっくり歩き出した。

頬を染める夕焼けの中で、彼に向かって影が長く伸びる。

影と影が重なったら、少しは近づける気がした。


でも、信号が赤に変わる。

彼はもう向こう側。

私はただ、遠くからその背中を見送る。

届きそうで届かない距離。

それでも、好きになってよかったと思った。


風が少し冷たくなってきた帰り道。

青紫の中に瞬く一番星。

私は鞄のポケットから、シャープペンを取り出した。

去年、彼に借りてそのまま返しそびれたもの。


「ねぇ、私、けっこう頑張ってるよ」

小さく呟いて笑ってみる。

誰も聞いていないのに、涙がにじむ。


明日になれば、また同じ教室で同じ笑顔を見られる。

それだけで、少し救われる気がした。


きゅっと、胸が苦しくなる。

向かい風が目にしみる。


――ねぇ、成瀬くん。


この想い、届かなくてもいい。

だって、あなたを見てる時間が、私のいちばんの幸せだから。

拙文、読んで下さりありがとうございます。

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