恋の行く先
そう、ずっと気になってる。
私の片思い。
漫画やアニメでよくあるシチュエーション。
もしかしたら私は、その空気に酔っていただけなのかもしれないけど。
――反対側のホームにいる彼。
スラッとした背丈に、サイドを借り上げた清々しい短髪。
きっかけは、一週間前。
三学期が始まった、ある日。
改札を抜けた所で、人にぶつかって、パスケースを落としてしまった。
慌てて拾おうとしたけど人の流れに逆らえなくて、押されてそのまま進む形に。
その時、パスケースを拾ってくれたのが後ろを歩いていた彼だった。
声に出してお礼が言えなくて。
頭を下げるだけの私に。
「気を付けて」
と優しい低い声で言ってくれた。
顔を上げたら、にっこり笑ってて、目が合って――
ぽーっとして。
体中が熱くなって。
恥ずかしくなって。
誤魔化すようにお辞儀した。
それから、私は毎日、彼の姿を見ているの。
ほんの数分。
彼の方が先に電車が来るから、いつも私が見送ってる。
時々寝不足なのかスマホを見ながら欠伸をしていたり。
なんか、かっこいいのにかわいくて。
制服から、東城学園の生徒というのは分かったよ。
どうして告白しないかって?
友達に言われた。
だって、答えは分かってるから。
私なんかに興味ないって。
きっと可愛い彼女がいて。
あんまり考えると切ないから考えないようにしてるよ。
でも、彼を見てるだけで。
そう、私は幸せだから。
そんな三学期も過ぎて。
私は高校二年生になった。
彼はいつも通り反対側のホームにいた。
でも、隣に見たことない女の子がいた。
セミロングの黒髪に制服は同じ東城学園。
彼女……かな。
ああ、これで終わりなんだ。
私の片思い。
初恋が終わった――そんな瞬間だった。
でもね、好きって思いって簡単に消えてくれないみたいで。
厄介なことに。
彼女がいる彼を今でも見てしまっているよ。
もう春が終わって、夏になる頃。
彼は一人でいた。
彼女どうしたんだろ?
ふいに私の肩を誰かが叩いた。
ビックリして振り向く。
そこには、彼の彼女がいた。
彼のことを、ずっと見てるから気が付いて注意されるんだ。
「ごめんなさい」
とりあえず謝った私に、彼女はクスクスと笑う。
「こうちゃんのこと、好き──?」
「え?」
何を言ってるか分からない。
彼女は反対側のホームを指さす。
「あいつ、私の従兄なの」
「え?」
「好き?」
「え、いや、どうして?」
「こうちゃん、あなたのこと好きみたいだよ」
彼女は私の胸にメモを押し当てた。
私がそれを手にすると、
「好きだったら、連絡してあげて、嫌いなら破ってすてて」
「あっ……」
彼女はパタパタと駆け出して行った。
メモ見ると、電話番号が書かれている。
ハッとして反対側のホームに視線を向ける。
彼は変わらず音楽を聴きながらスマホを眺めていた。
そこへ、従妹の彼女がやってきて、手を耳に添えて、私に向かって電話をかけなという仕草を仕切りしてくる。
もうすぐ、反対側の電車が来てしまう。
私は大きくため息をして、スマホをタップする。
指先が震えちゃって、二度三度、間違いがないか確認。
そっと耳に当てる。
プルル、プルル。
コール音。
目の前の彼が気づく。
隣の彼女が何か話し掛けている。
彼がこっちを見る。
そしてスマホを耳に当てる。
目が合った瞬間――
「もしもし」
あの時の声。
あの日以来の声。
電話越しの声は少し低い。
「あ、あのもしし」
舌が回らない……。
「ゆみさん、だよね」
「え、はい」
「よかったら、今日の放課後会えるかな」
「え、はい」
「じゃあ、お昼休みに、また連絡するね」
ガタン、ガタン。
電車が音を立ててホームに滑り込んで来て、彼の姿を消した。
通話も終わっていた。
車内は混んでて、彼の姿は見えないけど。
私の発信履歴には彼の電話番号。
ほんとのような、うそのような、ゆめのような。
指先でつねったほっぺに確かに痛み。
ガタン、ガタン。
やがて私の乗る電車が来た。
心なしか乗り込む足取りが軽やかだった。




