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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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放課後。春の光


キンコーン、カーン、コーン。

チャイムが鳴ると、春の光が差し込む教室にざわめきが一気に広がった。

カーテンが風にふわりと揺れて、チョークの粉がきらきらと舞っている。

私はノートを閉じながら、視線をそっと斜め前の席に向けた。

――佐久間くん。

無造作に髪をかきあげて、友達と笑っている。

あの笑顔を見るたび、胸がくすぐったくなる。


きっかけなんて、ほんの一瞬のことだった。

入学して間もないころ、教室の後ろでプリントを落とした私。

風が吹いて、一枚が床をすべっていった。

拾おうと手を伸ばすより早く、それを押さえたのが佐久間くんだった。

「これ、飛んでったよ」

照れくさそうに差し出されたプリント。

指先が少し触れて、心臓がどくんと鳴った。

それだけのことなのに、なぜか忘れられなくて。

あの瞬間から、私の中で世界の光の色が少し変わった気がする。


放課後、部活へ行く前に図書室に寄るのが、最近の習慣になった。

佐久間くんがよくそこで英単語帳をめくっているのを知っているから。

勉強熱心というより、たぶん静かな場所が好きなだけ。

でも私にとっては、そこが小さな戦場。

話しかける勇気はない。

ただ同じ空気の中にいられるだけで、十分だった。


「……今日もいる」

本棚のすき間から覗くと、彼は窓際の席にいた。

イヤホンを片方だけ耳に入れて、何かノートに書き込んでいる。

私は心臓が跳ねるのを感じながら、そっと反対側の列に腰を下ろした。

本を開いても、文字が頭に入ってこない。

何を読んでるんだろう。

何の曲を聴いてるんだろう。

――そんなことばかり考えて、ページだけが無駄にめくられていく。


ふと、彼が顔を上げた。

目が、合った。

ほんの一秒。

でもその一秒で、心臓が一生分動いた気がした。

彼は軽く笑って、またノートに視線を戻す。

その笑みが、私に向けられたものかどうかなんて、分からない。

それでも、私の中の世界が少しだけ明るくなる。


――好きだな。

誰にも言えない言葉が、喉の奥に小さく転がった。


その日の帰り道、校門を出ると、夕陽が街をオレンジに染めていた。

前を歩く彼の背中。

声をかけたい。

けれど、足は止まる。

追いかけたい。

けれど、怖い。

結局、彼が角を曲がるまで、私はただ見送っていた。


「……私、何やってるんだろ」

呟いた声が、春風に溶けて消える。

そんな自分が少し悔しくて、でもどこか愛おしい。


次の日。

また放課後の図書室。

同じ席、同じ風景。

だけど今日は、少しだけ勇気を出してみた。

机の上のシャープペンを落としたふりをして、近くに行く。

拾い上げたとき、彼のノートが目に入った。

小さな文字で「英検勉強」と書かれている。

「……英検、受けるんだ?」

声が、出た。

自分でも驚くほど、かすれた声だった。

佐久間くんは顔を上げ、少しだけ笑った。

「うん。全然単語覚えられなくてさ」

「私も、英語苦手」

「じゃあ、一緒に覚える?」

その言葉に、時間が止まった。

まるで映画のワンシーンみたいに、光が彼の輪郭を包んでいた。

私はうまく頷けなくて、ただ「うん」と小さく返した。


その日から、放課後の図書室は、少し違う場所になった。

机を向かい合わせて、単語を出し合う。

「これ、どういう意味だっけ?」

「“encourage”。励ます、だよ」

そんな他愛のない会話でも、心が跳ねる。

彼の声を聞くたび、こころに花が咲く。

それが恋だと、ようやくはっきり分かった。


英検の日、私は試験よりも彼のことばかり考えていた。

結果は、二人とも合格。

報告し合った放課後、彼がふっと言った。

「一緒に頑張ると、なんか楽しかったな」

「……うん、私も」

それだけの会話なのに、世界がキラキラして見えた。


帰り際、彼が言った。

「また、図書室で勉強しようぜ。次は期末テストだし」

「……うん。もちろん」

心の中で、静かに何度もその言葉を繰り返す。

“また”という一言が、私の小さな未来を照らしていた。


夕陽が差し込む校舎の窓。

オレンジ色の光が私たちを包み、春の風がそっと吹き抜けていく。

――それは、恋の始まりの匂いがした。

拙文、読んで下さりありがとうございます。

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