見せたかったもの
おばあちゃんに見せたかった。
私の花嫁姿。
式場の扉が開いた瞬間、心のどこかがそっと沈んだ。
そこにいないはずの人を、無意識に探してしまったからだ。
カメラのフラッシュや祝福の拍手が、ほんの一瞬、遠い音になった。
おばあちゃんは、私が高校の卒業式で着た袴姿を見て、
「やっぱり女の子は着物がいちばんかわいいねぇ」と笑った。
その笑顔のしわの一本一本まで、今も覚えている。
だから、白無垢もドレスも、いつかは見せたかった。
結婚式の前日、母が小さな桐箱を渡してきた。
中には、金色のかんざし。
「おばあちゃんが、あんたが嫁ぐときにって、残してたんよ」
それを見た瞬間、「あ、やばい」と思った。
式の朝、かんざしを髪に挿してもらう。
美容師さんが「すごく素敵ですね」と言った。
私は、思わず「これ、おばあちゃんのなんです」とこぼしてしまう。
言った途端、喉がつまって、
「……ほんとは今日、おばあちゃんにも見てもらいたかったんです」
と続けたら、美容師さんがうっすら涙ぐんでいて。
それを見たら、込み上げそうになって、唇をかみしめた。
式が終わって、控室で靴を脱いで、ふぅと息をついた。
そのときだった──
部屋の隅に置いてあったおばあちゃんの写真が、
カタン――
と前に倒れた。
風なんてないのに。
「あ…」と思わず声が出た。
旦那が笑いながら「ほら、喜んでるんだよ」と言う。
私が「なんで分かるの?」と聞くと、
「さっき、おばあちゃんの写真に向かってピースしてたじゃん」
──見られていた。
しかも私は無意識にやってたらしい。
右手はピース、左手もピース。どっちも全力。
完全にアイドルの握手会みたいなテンションだったらしい。恥ずかしい。
私は倒れた写真を手にとった。
眼鏡の奥の、やさしい瞳が私を見つめている。
髪には、かんざしを刺して。
着物をまとったおばあちゃん。
たぶんおばあちゃんは、背筋をピンとさせて、
「まあ、あんたらしいわ」と呆れ笑いしながら──
私の全力ピースごと、まるごと受け止めてくれたんだ。
それとも、もしかしたら、ずっこけたのかな。
写真を直しながら、頬にピースを当てて、おばあちゃんに向けて見せた。
「似合うでしょ?」
きっと今ごろ、天国で親戚中に「うちの孫は結婚式でも全力ピースよ」と自慢しているに違いない。
間違いないよね。
……ね、おばあちゃん。
拙文読んで下さりありがとうございます。
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