表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/53

え!?

放課後の校舎は、文化祭前だというのに妙に静かだった。

クラスのみんなは体育館の飾り付けに行っているはず。

私は借り物を取りに、美術室に向かった。


スーッと扉を開けた瞬間、かすかな鉛筆の音が耳に触れた。

窓際の机に、片思い中の彼がひとり。

どうして?

急に心臓が音を立てはじめる。

彼は肩を少し前に落として、紙の上に視線をはわせ、手首をゆっくり動かしている。

陽の光が髪の一部を透かして、淡い金色に見えた。

息をするのも忘れるくらい見惚れてしまう。


ふと我に返る。

私なんか……彼に似合わないもんね。

声を掛ける勇気がないから。

でも、何を書いてるのか気になって。

そっと、そっと、足音を殺して近づく。

けれど、ドキドキの音が彼に聞こえてしまいそうで。

胸に手を添えて、抑えるように、そっと、そっと。


すぐそばで聞こえる鉛筆の擦れる音が、やけに規則正しい。

彼の指先は迷いなく動いていて、その横顔には集中の色が滲んでいる。

視界に入った線の集まりを見て、呼吸が止まった。

──私。

正確には、机に肘をついて窓の外を眺める、私の横顔。

頬の線も、睫毛の影も、見覚えのある形をしている。


心臓が一拍、強く脈打った。

視線を逸らすべきなのに、身体が言うことを聞かない。

彼の人差し指が鉛筆の位置を微かにずらすたび、肩がわずかに上下する。

その仕草にさえ、目が離せない。

私の顔を優しい手つきでなぞるように。

頭に血が上り、ぽーっとしてくる。


いけない、

何を借りに来たのかも忘れてしまった。

振り返ろうとしたら。

けれど足が、床に根を張ったみたいに動かない。

耳の奥で自分の鼓動だけが響いている。

目は絵をとらえたまんま。

今、息を吸えば、その音が彼に届きそうで。

ほんの一歩が、どうしてこんなに遠いの。


──ギシ。

椅子が軋み、彼が振り向いた。

不意に目が合う。

黒目が一瞬揺れて、それから眉がわずかに上がる。


「……おまえ、いつから見てた?」

スケッチブックを閉じようとする指が、ページの端を少し震わせている。

その動きが、何を隠そうとしているのかを雄弁に語っていた。


私はぶんぶんと首を振る。

訳もなく否定する。

もうこの動きの時点で見ていたと言っているようなもので。

恥ずかしい、でも──

知ってしまった。

彼が、私をこういう目で見てくれていたという事実を。

ってことは好きだよね。

一度は下がったはずの体温が、また、上がってきて一人で勝手に顔がぽーっとなる。

うつむいて、合わせた手の指が落ち着かない。

上目づかいでちらちらと彼の様子がうかがう。


「変なとこ、来たな」

彼が片方の口角をほんの少し上げる。

笑顔というより、困ったときの癖みたいな表情。

それを見ただけで、呼吸が浅くなる。


「……ごめん」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。

でも、本当は──

謝るよりも、もっと彼の絵を見ていたかった。

鉛筆の先が私をなぞる、その瞬間まで。

拙文、読んで下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ぽんこつ様、昨日今日と連続で申し訳ないです。 でも感想を残したくなってしまいました。 瑞々しい青春模様と心に残る美しい文章。 本当に優しいそよ風に吹かれているようにさくさく読めるのに、そこには美しさが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ