09.にせもの
シアンはしゃがむと、鳥小屋の中からそっとぴーちゃんを抱き上げた。
「お別れだな、ぴーちゃん。元気でいろよ」
ぴーちゃんは事態をよくわかっていないらしく、きょとんとした顔でシアンを見ている。
「保護センターへ連れて行くんですよね? そこへ行けば、またこの子に会えますか?」
「何とも言えんな」
相手の答えは冷たい。
レコルトが言っていたように「シアンは育ての親だから、会わせてくれるかも」という希望はあっさりと消えてしまった。
がっかりしながら、渋々ぴーちゃんを渡そうとした時。
「どうしたの、シアン?」
ディシュリーンの声がして、シアンはそちらを向いた。
今帰って来たところらしく、思った通りぴーちゃんの様子を見に来たのだ。
でも、見慣れない二人の男が立っていて、庭へ入れない。
「警察の人に、ぴーちゃんを渡しなさいって言われて」
「警察ですって?」
ディシュリーンの上がり気味の目が、警察と名乗った二人の男へ向けられる。
「どういうことですか? 説明してください」
彼女の口調は、明らかに普段よりもきつかった。
「どうもこうもない。星砂鳥の一般の飼育は禁止されている。だから」
「だから、警察が連れて行く? そんなの、おかしいじゃないの。どうして今の時点で、警察が介入してくるんですか。星砂鳥に警察が絡んでくるのは、鳥やたまごが密売されるような、お金が絡む時でしょう。今ここにいるべきなのは、保護センターの人間であって、警察じゃないはずだわ。法律が改定されたなんて聞いてないし、だいたいその鳥が本当に星砂鳥だって証拠はあるんですか? 鳥の専門家でもない警察が、いつそうだと確定したんです。証明書は?」
ディシュリーンは一気にまくしたてる。問い詰められた方の二人は、口の中で何かごにょごにょ言ってるだけだ。
その様子に、シアンも怪しいと思い始める。いや、最初から妙な気はしていたのだが、相手の勢いに押されていたのだ。
ディシュリーンはシアンよりもずっと星砂鳥に詳しいから、こうしてはっきり主張できるのである。
「と、とにかく、我々は連れて来るように命令されているんだ。民間人の出る幕じゃない」
背の高い方が、必死になって言い訳する。
「警察手帳、見せてください」
ディシュリーンが冷たく言い放つ。
あ、そう言えば……。
ディシュリーンの言葉で、シアンも警察手帳を見ていないことに気付いた。いきなり入って来て「警察だ」と言われただけである。もちろん、名乗ることもなく。
「ど、どうしてだ」
「何を言ってるんですか。あなた達が警察の人間である証拠を見せるのは、当然の義務でしょう? あたし達には、その身分を確かめる権利があるんですから。それに……あたし、あなた達のこと、見たことがないです。どこの署の方ですか?」
「どうして、きみが我々を知っているんだ。どこの署だろうと、関係ないだろう」
「あたし、出入りすることが多くって。だいたいの警察官は、たとえ名前は知らなくても顔は知ってます」
どうも……すごい展開になってきてない?
形勢は圧倒的にディシュリーンが優勢で、警察と名乗った男二人は彼女の問いにまともに答えられていない。職務質問されている立場が、これでは全く逆だ。
ディシュリーンが口を開けば開く程、現れた男達が怪しいというのが明らかになってくる。
「前言撤回。あなた達のこと、どこかで見たことがあるわ」
ふいにディシュリーンは、ついさっき言ったのとは正反対のことを言った。
「そ、そりゃそうだろう。我々は……」
ほっとしたような顔になった相手に、ディシュリーンはたたみかける。
「そのサングラス、取ってもらえません?」
ディシュリーンの淡々としたセリフに、男二人はぎくっとしたような表情になった。
シアンも気になっていたのだ。今日はそんなに陽射しが強い訳でもないのに、二人がずっと濃いサングラスをかけたままでいることに。
犯人を前に威嚇するつもりでいるのかとも思ったが、ディシュリーンに言われると「素顔を隠すため」にかけているように思えてきた。
「い、いい加減にしろっ。もうお前達とは付き合ってられん。とにかく、その鳥を渡せ」
太った方が、シアンの方へ手を伸ばす。
「シアン、渡さなくていいわよ」
ディシュリーンに言われて、シアンはぴーちゃんを抱いたまま、伸びて来る手から逃げた。
「て、抵抗するのか。貴様ら、逮捕するぞっ」
背の高い方が、ほとんど悲鳴のような高い声で怒鳴った。
「できるものなら、やってみなさいよ。犯罪者は、あなた達の方じゃない」
「えええっ。それ、どういうことだよ」
ディシュリーンのとんでもない言葉に、シアンはぴーちゃんを抱えたまま、さらに後ろへ下がった。
よくわからないが「悪い奴がぴーちゃんを連れ去りに来た」のであれば、ぴーちゃんを守らなければ。
「俺達をぶ、侮辱するつもりかっ」
「し、失礼にも程があるぞ」
二人はどう見ても、焦りまくっている。声がひっくり返っていた。
「あたしが見たって言ったのは、交番に貼ってある指名手配の写真よ。あなた達、窃盗常習犯のサハールとビラーロでしょっ。違うって言うのなら、それを証明してみなさい」
「うぐっ」
ディシュリーンの言葉に、名指しされた二人は彼女を突き飛ばしてその場から逃げ出した。
「逃がすもんですかっ」
わずかに出遅れた小太りのビラーロを捕まえ、ディシュリーンは手刀であっさり気絶させる。
「シアン、借りるわよ」
ディシュリーンは、近くに置いてあった板を手に取った。シアンがぴーちゃんの小屋を作る時に余った板だ。
ディシュリーンはシアンの返事を待たずに、その板を逃げて行くサハールへ投げた。板はうまい具合にサハールの足の間に入り、男はそれに絡まって転倒する。
そこへ、追い付いたディシュリーンがやって来た。
「くっ……このっ」
慌てて起き上がったサハールは、抵抗して拳を繰り出したが、あまりにも体勢が悪い。
だが、そうでなくてもディシュリーンなら、その攻撃をあっさりとかわしてしまっただろう。
「ただで済むと思わないでよ。うちのぴーちゃんを連れて行こうだなんて、許さないんだからっ」
ディシュリーンは遠慮なくサハールの腹部にパンチを食らわせ、身体を曲げながらもまだ逃げようとするサハールの腕を捕まえて、後ろにひねり上げる。
シアンは展開の早さについて行けず、なりゆきを呆然と見ている。だが、こうしている場合じゃない、と気付いた。
学校へは携帯を持って行けないので、手元にない。警察に通報するため、家の中へ駆け込んだ。
シアンの手から離れたぴーちゃんは、自分だけでひょこひょこと外へ出て来る。
事態がわかっているのかいないのか、ひっくり返っているビラーロの頭をこづいていた。
☆☆☆
「はあ……えらいことになってたんだなぁ。ちぇっ、用事で俺が行けない時に限って、そんな事件が起きなくてもいいのに」
電話の向こうで、レコルトがものすごく残念そうに言う。
「巻き込まれた方の身にもなってくれよ」
苦笑しながら、シアンが応えた。
夜になってようやく事態が落ち着き、シアンはその場にいなかったレコルトに報告の電話をしているのだ。
話なら、明日学校へ行ってからでもできる。だが、ぴーちゃん絡みだから話しておいた方がいいだろう、と思ったのだ。
大変だった。
一言で表すなら、本当に大変だった。
ディシュリーンが怪しげな男を二人捕まえ、近所の人達が何事かと騒ぎ出した中でパトカーが到着。
警察だと言いながら身分を証明するものを何も持っていない男達は、すぐに連行された。
その後、ディシュリーンもシアンも、当事者として事情聴取だ。仕事から戻って来たシアンの母アンヌが驚いたのは、言うまでもない。
シアンの家に警察と偽ってやって来たのは、ディシュリーンの記憶通り、指名手配されていたサハールとビラーロだった。
彼女が「ほとんどの警察官の顔は知っている」と言っていたが、あれははったりなどではなく、本当らしい。
人の顔を覚えるのが苦手……でもないが、得意でもないシアンは、ディシュリーンの記憶力につくづく感心する。
そのディシュリーンは「どこでこの顔を見たんだろう」と考えているうちに、ふと指名手配されていた顔写真が頭に浮かんだ。
それを言われて逃げたのが、決定的な証拠だ。
サハールはディシュリーンを殴ろうとして逆に殴られ、倒れた時に腕を傷めたということらしいが、女の子を殴ろうとしたのだ。自業自得というものだろう。
ビラーロがぴーちゃんに頭をこづかれて傷ができたのも、仕方ない。
例の星砂鳥のたまごを盗んだ件でも二人は重要参考人とされていたが、追及されて白状したという。
あちこちの星で盗みを重ね、しまいには厚かましくも警察と名乗って詐欺行為をした。二人の窃盗行脚も、このファルグで締めくくられることになりそうだ。
そのサハールとビラーロが、どうしてシアンの家に星砂鳥がいるとわかったのか、なのだが。
昨日、シアン達三人が帰る時にぴーちゃんの話題が出ていた……と言うか、ずっとその話をしていたのだが、偶然にも二人がそれを聞いていたのだ。
まさに、最悪の偶然である。





