07.星砂鳥の価値
「あ……」
「どうしたの、シアン」
「ぴーちゃんって特別な鳥……かも知れないんだよね」
「まだそう決まった訳じゃないよ。たまたま、見付けた時期が重なっただけかも知れない。……んー、可能性は限りなく高い気がするけど」
「もし病気とかになって死んだりしたら、やっぱりまずいよね。それに、調子にのって、何でも食べさせてた……」
人間の食べる物なら何でも食べる。これも食べるかなぁ、などと思いながらやると、ぴーちゃんは全部たいらげてしまう。
保護センターなんてものがあるようなデリケートな動物に、そんなことをしてよかったのだろうか。
「星砂鳥って、何でも食べるの? あれって、星砂が食料じゃなかったっけ?」
「砂漠にいる時はそうだよ。でも、砂漠の外では色々と食べることがあるらしい。俺もあまり詳しくないからなぁ」
「平気よ、シアン。ぴーちゃん、いつ見ても元気じゃない」
孵化の場面を見たせいか、親と間違えられたせいか。
命名した日からディシュリーンは、毎日のようにぴーちゃんの様子を見に来ていた。
ぴーちゃんの方もちゃんと覚えているらしく、彼女が来ると他の人の時と少し違った喜び方をするのだ。人なつっこいとは言え、一応の判別はできているらしい。
「子どもの突然死というのは、人間にもあるからなぁ」
レコルトが恐ろしいことを、ぼそりとつぶやく。
「おどかすなよー」
「はは、ごめん。でも、下手に気を遣って世話するより、今まで通りにしていた方が、ぴーちゃんのためにはいいはずだよ。急に対応が変わると、戸惑ってストレスがたまったりするだろうし」
「……ぴーちゃん、普通のにわとりに育ってくれないかなぁ」
シアンは心からそう思うのだった。
「だけど、どうしてひなが街で見付かったのかしら。生まれたばっかりのひなが、集団で脱走した、とも思えないけど」
「世話が面倒になったんじゃない? たまごを盗んだはいいけど、そのたまごが全部孵化したんだ。大量のひなにぴーぴー騒がれて、いやになったってところでさ。シアンのように、一羽じゃないし」
「そっか。かわいいけど、何十羽もいれば……ね。それにしても、盗んだものをわざわざ手放すなんて。星砂鳥そのものを売れば、たまご程でなくてもそれなりにお金になるのに」
「たまごほどって……その鳥のたまご、そんなにすごい物?」
シアンには、星砂鳥の知識がない。さっきレコルトに教えられたばかりで、ファルグにしかいない特別な鳥、という程度だ。
少なくとも、シアンが見付けたたまごは、ごく普通のたまごだったように思えるのだが。
「ああ、そうか。たまごについては、まだ話してなかったっけ。星砂鳥の産むたまごには、時々宝石と同じくらい価値のあるものがあったりするんだよ。それを狙う密猟者がいるから、保護センターが監視してるんだ」
メスであれば、たまごを産む。だから、メスの価値はオスのそれとは雲泥の差があるのだ。
しかし、いつも宝のたまごを産んでくれる訳ではない。一生、普通のたまごしか産まないメスもいるのだ。
だから、宝そのものであるたまごの方が、ずっと値段がつり上がる。たまご泥棒は、そこを狙っていたのだろうが……。
「鳥そのものがすっごくデリケートで、世話が大変だから保護されてるっていうんじゃ……」
「ないのよ」
それを聞いて、少し気が楽になるシアン。考えてみれば、ぴーちゃんがそんな繊細そうには見えない。
「ひなを逃がした泥棒、本当にバカよねぇ。うーんとドジか、星砂鳥の価値を知らないかのどっちかよ」
☆☆☆
ディシュリーンにバカ呼ばわりされた泥棒……サハールとビラーロは、心の底から後悔していた。
二人はディシュリーンの言うように、星砂鳥の価値を知らなかったのだ。
ただ「たまごが高価である」ということしか知らず、せっかく盗んだたまごが全て孵化してしまって金にならない、と思い込んでしまった。
星砂鳥のことをよく知らなくても、たまごだけでなく、そのたまごを産む鳥そのものもすごい、ということは、考えればわかりそうなもの。
親になれば、金のたまごを産むかも知れないのだから。
残念ながら、そこまで頭がまわる程、賢い二人ではない。
シアンと同じように、ファルグでの滞在期間はまだ短い。盗みの対象であるたまごが高価だ、という情報は入手していたものの、はっきり言ってそれだけだった。
監視員の目をかいくぐってたまごを盗み、どこに売り飛ばすかを相談している最中のこと。
近くで小さな鳴き声が聞こえ、見れば次々にたまごが割れてゆく。
たまごは全て宝石の原石だ、と思っていた二人は、文字通りぶっ飛んだ。
住所不定のサハールとビラーロは、街の外れにある閉鎖された工場跡で勝手に仮住まいをしていたのだが、その工場内にひなの鳴き声がこだまする。
いくら街の外れと言っても、何の間違いでパトロールの警察官が通り掛かるかもわからないし、その時にこんなにやかましければ、怪しまれて中へ入って来られるかも知れない。
ここは、本当なら誰もいるはずがないのだ。音がすれば、当然ながら不審に思われる。その時にこんな状態では、絶対にまずい。
一羽や二羽ならともかく、三十羽以上はいるのだ。しかも、ここにいるはずのない、星砂鳥のひな達である。
サハールとビラーロは、すぐに仮住まいの工場を捨てた。ひなごと。
わざわざひなを星砂砂漠まで戻してやるような良心などないし、そんなことをすれば自分達が捕まる可能性が高くなるだけ。
この場を捨てた後でひながどうなろうと、知ったことではない。
出入口のドアをしっかり閉めるような几帳面さは二人になく、そのいい加減な性格のおかげでひな達は外へ出られた。
二人が食べ残していた物を食べ、それから外へ出ると、ちょうど明け方。
初めて見る世界に戸惑いながら、仲間とあっちこっちへうろうろしているところを、ジョギングを日課としている人が見付けて警察に通報した。
その情報がテレビで速報として流れ、それをディシュリーンが見た、という訳である。
サハールとビラーロが星砂鳥の価値に気付いたのは、その後だった。
鳥そのものでも、十分に商品価値はあったのだ、と。
全部は無理でも、何羽かを育てればすぐにたまごを産むようになる。いっそのこと、全部を売り払ってしまえばいい。
世話をして、金のたまごを産むまで待つ、という人間など、いくらでもいるだろう。何なら、メスを一羽だけ自分達の手元に残しておくのもいい。
とにかく、あのひな達には利用価値がたっぷりあったのだ。後悔先に立たず、である。
別の場所で情報番組を見ていると、こういう事情でたまご、もしくは鳥がよく盗まれる。だが、こうしてひなが無事に戻った、という例は、今までになかった。だいたい、警察にお世話になるパターンが多い。
保護センターの監視システムのゆるさが非難されるものの、ひなが帰って来たのは明るい話題だ、とコメンテーターが口をそろえる。
それを聞いて、サハールとビラーロが悔しがったのは言うまでもない。
危険を冒して盗んだ宝を、自らの無知で手放してしまったのだから。
しかし、それだけではなかった。
あの工場近くをうろついているところを、人に見られていたのだ。その目撃証言から警察はモンタージュを作成し、重要参考人として事情を聞くようなことまで話が出ている。
しかし、幸か不幸か、サハールもビラーロも、その部分は聞きのがしていた。
☆☆☆
ぴーちゃんが生まれて、五日目。
相変わらず、元気なぴーちゃん。シアンが差し出す物は何でも食べるし、それで体調を崩す様子もなかった。
何でも食べるせいか、単に気のせいか。大きくなるのがとても早い。だが、どう見てもひよこの姿のまま、大きくなっているのだ。
つまり、ひよこが巨大化しつつある。
こんな状態を見て「ぴーちゃんが普通のにわとりに成長する」とは、のんきな性格のシアンでも思えなかった。
「テレビじゃ、星砂鳥のひなに関しては、解決したような言い方をしてるね。たまごを盗んだ犯人はまだ見付かってないけど、少なくとも鳥が戻ってきたからいいやって感じかな」
ディシュリーンとシアンは、家が同じ方向。レコルトは、ぴーちゃんの様子を見に行くつもり。
なので、ディシュリーンをはさむようにして、三人は帰り道を歩いていた。
レコルトが一度シアンの家へ来て以来、毎日のように三人でこうして一緒に帰っているのだ。
「レコルト、のんきに言ってるけど、ぴーちゃんが星砂鳥のひなかどうか、わかったの?」
「色々検索した限り、そうだと思うよ。でも、断定はしない」
「何よ、適当なこと言ってくれるわね」
「見たことのない鳥をこうだって言い切れる程、俺はまだ知識も経験もないよ」
ディシュリーンはものごとがはっきりしないことがいやなようだが、レコルトはあっさりと答えを回避した。
「だけど、ほぼ間違いないって、レコルトは思ってるんだろ? だったら、えっと……保護センターだっけ? そこに連絡した方がいいんじゃないのかな」
「それはそうなんだけど……あのさ、もう少し様子を見てみないか?」





