リュウミの謝罪
「……は? 行けないって、どういう意味だよ!?」
「ごめんごめんごめんっ!! 本当にごめんなさい!!」
リュウミは、電話口の向こうで頭を下げているような勢いだった。
「急に映画の主演が決まっちゃって……もともと断ってた仕事だったんだけど、
代役の人が腕を骨折しちゃって、プロデューサーが土下座してお願いしてきて……
そこまでされると、さすがに断れなくて……!」
——まさかのドタキャン。
ヨシヒロの眉間に、深いため息が刻まれる。
**桐生リュウミ(きりゅう・リュウミ)**は、日本ではすでに有名人だった。
ヨシヒロが来日するよりも前に、すでに人気女優としてブレイクしており、
現在は芸能事務所ホリプロに所属している。
ホリプロといえば、日本最大級かつ最古参の芸能事務所のひとつ。
音楽、映画、舞台、テレビ……あらゆるジャンルにおいて、
トップクラスのタレントを抱えている大手だ。
そんな中でも、リュウミは間違いなく“主力タレント”のひとりだった。
写真集、映画、バラエティ、トーク番組、
そしてもちろん——舞台演劇。
多忙なスケジュールにもかかわらず、
彼女は無名の小劇場にも積極的に出演しており、
それがファンの間で「本当に芝居が好きなんだ」と評価され、
さらに人気が高まっていった。
——そんな人間が、まさかのドタキャン。
「いや、気持ちは分かるけどさ。
俺、もう空港に着いてるんだけど……今さらどうすりゃいいの?」
ヨシヒロは、深くため息をついた。
せっかく気分も上がって、楽しみにしていたというのに——
バケツ一杯の冷水を頭からぶっかけられたような気分だった。
このまま家に帰るのか?
大家さんに「旅行やめました」とか言うの?
……恥ずかしすぎて死ねる。
「一人で行けばいいじゃん? もうチケット送ったでしょ。
こういうとき、現代って便利だよね〜。
そもそも、私がいなくても旅行くらいできるでしょ?」
「……いや、でもさ。
俺、**“リュウミと一緒に旅行に行く”**ってことを楽しみにしてたんだよ」
「……私だって、すっごく楽しみにしてたよ。
だからこそ、今回行けないのは本当に悔しい……」
声が一瞬だけ沈んだあと、すぐに明るく戻る。
「ま、そんなわけで、そろそろ撮影始まるから行くね〜!
楽しんできてね! 写真いっぱい撮って、お土産買ってきて!」
「……ああ。分かったよ」
通話を切り、スマホをポケットにしまう。
そのまま、空港の天井をぼーっと見上げた。
「……はぁ。
また一人旅か……」
ぽつりと漏れたその言葉は、ため息と一緒に空気に溶けていった。
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