リュウミの提案
「ほら、ごはんだぞ。たんと食え」
餌を準備して差し出すと、タマは小さく鳴きながら、
のそのそと皿に顔を突っ込んで食べ始めた。
食事中は触られるのが嫌いな猫なので、
ヨシヒロはそっとその場を離れ、自分の夕飯の準備を始める。
彼が住んでいるのは、2LDKのアパート。
リビングとダイニング、キッチン、そして寝室がひとつずつ。
家賃は月6万円。
パートタイムの収入が月20万円だから、14万円は余る計算だ。
ほとんどは貯金に回している。
人生、いつ何が起こるか分からないから、備えは大事だ。
コンビニで買ってきたおにぎりに合わせて、
フライパンで簡単に天ぷらを揚げ、夕飯の完成。
テレビをつけて、缶コーラをプシュッと開ける。
そして、選んだのは——やっぱりアニメ。
昔は、決まった時間にしか放送されなかったものだが、
今ではNutflixやAmazoon Primeなどの配信サービスのおかげで、
好きなときに、好きな作品を見られる時代になった。
今シーズンのお気に入りは、『ブリーチ』。
ついに最終章のアニメ化が始まったのだ。
夕飯はすぐに食べ終わったが、
せっかくなので、そのままアニメをもう二話ほど続けて視聴。
タマはというと、ヨシヒロの膝の上で、丸くなってスヤスヤ眠っている。
——この瞬間だけは、平和だな。
就寝前に風呂へ入るため、バスルームへと向かう。
その途中、トイレの前を通りかかったとき、
鏡に映った自分の顔が目に入った。
ヨシヒロはハーフだった。
母親は日本人で、父親はアメリカ人。
顔のパーツはどちらかというと母親譲りだが、
金髪と青い瞳は完全に父親からの遺伝。
そして、体格も父親譲りで、身長は182センチ近くあった。
そのせいで、ユニットバスに入るときはいつも苦労する。
脚を曲げないと、風呂桶に納まらないのだ。
膝を折りながら、何とか湯船に体を沈める。
——ようやくリラックスできそうなところで、スマホが震えた。
たまに風呂にスマホを持ち込んで、マンガを読んだり舞台情報をチェックしたりしているのだが——
今回の通知は、またもや彼女からだった。
Fire_Breathing_リュウミ:ねぇ!すっごくいいこと思いついた!来月、一緒にバビロン行こうよ!
「……は?」
汗が鎖骨を伝ってつーっと流れるのを感じながら、ヨシヒロは画面を見つめる。
Yoshi_0110:……どういう意味?
Fire_Breathing_リュウミ:来月、バビロンに旅行行くんだよ〜。
なんかよく分からん理由でチケット余ってるし、あんたも来なよ。
気分転換になると思うし!
Yoshi_0110:てかさ、なんでいつも海外旅行のチケット持ってるんだよ?
ついこないだギリシャから帰ってきたばっかじゃん。
あんた、めちゃくちゃ仕事忙しいって言ってなかった?
どうやってそんなに旅できるわけ?
Fire_Breathing_リュウミ:……知りたい?♡
Yoshi_0110:やっぱやめとく。
なんか知らない方が幸せな気がしてきた。
どうせろくでもない方法で手に入れてんだろ……。
Fire_Breathing_リュウミ:ひど〜い!別にズルしてるわけじゃないもん。
ちょっと賢く旅してるだけ!誰でも“スマートに旅”すれば行けるんだよ!
で、どうするの?来る?
Yoshi_0110:何日ぐらいの旅行?
Fire_Breathing_リュウミ:たった1週間!
次の舞台の前に別の仕事が入ってて、いつものみたいに一ヶ月も滞在できないの〜。