怠け者タマ様
Fire_Breathing_リュウミ:残念だけど……諦めないで。続けていれば、きっと舞台に立てるよ。
そのメッセージを見て、ヨシヒロは少しだけ笑みを浮かべた。
指を動かし、短く返信を打つ。
Yoshi_0110:ありがとう。
そのとき、車内アナウンスが駅到着を知らせ、電車が止まった。
ヨシヒロはスマホをポケットに突っ込み、波のように押し寄せる乗客の流れに身を任せる。
——できるだけ流されないように注意しながら、ホームへと足を踏み出した。
彼が暮らしているのは、東京23区のひとつ・杉並区。
創造的でコミュニティ色の強い地域として知られ、
都会と郊外の中間のような落ち着いた空気が流れている。
……とはいえ、彼がここを選んだ最大の理由は「家賃の安さ」だった。
バイトの時給は悪くないが、かといって高級住宅地に住めるほどの余裕はない。
杉並区は東京の西側に位置し、JR中央線や丸ノ内線が利用できるため、
都心部へのアクセスも良好だ。
新宿まではわずか20分ほど。
利便性と静けさのバランスが取れたエリアと言える。
この街には、近代的な高層マンションから昔ながらの一軒家まで、さまざまな住宅が立ち並ぶ。
ヨシヒロが住んでいるのは、三階建ての小さなアパート。
タワーマンションよりも遥かに安く済むのが決め手だった。
最寄り駅から歩いて15分。
帰り道の途中、コンビニでおにぎりを数個購入。
今夜の夕飯のメインになる予定だ。
帰宅する頃には、すっかり夕日が沈みかけていた。
季節は九月下旬。
日が落ちても、まだ少し汗ばむほどの気温だった。
空は茜に染まり、アパートの古びた外階段を上る足元には、夕焼けの影が長く伸びていく。
途中、何人かと軽く挨拶を交わす。
たとえば、大家の真尋さん。
気さくで面倒見のいい女性で、この建物のオーナーでもある。
そして、1階に住んでいる市羽根さん。
よく近所を犬と一緒に散歩している年配の男性だ。
……ただ、彼の存在はちょっと“浮いている”。
近所の人たちの多くは、なんとなく彼を避けている節があった。
「ただいまー」
アパートの扉を開けて声をかけると——
「みゃあぁぁあ……」
気だるげな鳴き声が、リビングの奥から聞こえてきた。
そして、のそのそと姿を現したのは、かなり大きめのアメリカンショートヘアだった。
そのサイズは、一般的な猫よりも一回り大きく、まるで毛玉の塊のようだ。
灰色と黒が入り混じったまだら模様の毛並み。
その中にある、くっきりとした鮮やかな黄色い瞳。
ヨシヒロが靴を脱いで玄関に揃えている間、
その猫はどこか怠そうな足取りでゆっくり近づいてきた。
「こんばんは、タマさん。今日は遅くまで起きてるんですね」
「みゃあぁぁぁ〜……」
じっと見つめてくる視線は、言葉を発さずとも「早くしろ」と言っているようだった。
「はいはい、今あげますってば。ちょっと待ってて」
タマは、基本的に一日中寝てばかりの怠け猫だった。
数年前、ヨシヒロが日本に来て間もない頃、
偶然出会って、そのまま家に連れて帰った野良猫である。
当時のヨシヒロは、言葉も通じず、なかなか友達もできず、
孤独を感じていた。
見た目のせいか、距離を取られることも多かったし——
そんなとき、タマの存在はとても大きかった。
ちなみに、タマは高齢猫であるため、特別な食事が必要だった。
食物繊維を多く含んだ専用フード。
値段はやや高めで、正直、財布には痛い。
……だが、目の前で丸まっているこの猫が、
早くに死んでしまうことを考えると——
そのほうが、ずっと嫌だった。
タマという名前のぐうたら猫が登場!皆さんはペットを飼っていますか?私は「大輝」という猫を飼っています。名前の漢字は「大」と「輝」――大きく輝くという意味です!