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泣き虫ティアマト

リュウミは、筋金入りのフーディー(美食家)だった。

――と、ヨシヒロは丁寧に言う時にはそう表現するだろう。

だが、もし率直に言うなら、彼女は完全なる「食いしん坊」だった。

食に対する愛は本物であり、甘いものに関しては自分の体重の二倍以上を平らげることすらできる。

彼らが初めて一緒に出かけた時、彼女はスフレパンケーキを200枚以上もたいらげた。

当時は心底驚いたが、今となっては彼女が「龍」であると知っているので納得もいく。

ティアマトもまた――食いしん坊だった。

おそらく、これは龍族特有の性質なのだろう。

「そういえば……」ヨシヒロがぼそりと呟いた。

リュウミが首を傾げた。「なにが『そういえば』なの?」

「ああ、ちょっと考えてただけ。君の変身って、どういう仕組みなんだろうなって」

「え? ティアマトに聞かなかったの?」

「聞いてない」

「ふーん、じゃあ私が教えてあげるわ!」

小さく咳払いして口元に手を当てると、リュウミは誇らしげに説明を始めた。

「ええとね。すべての龍の中核には、魂を構成する“霊的なエネルギー”があるの。英語で言えば『ソウルエッセンス』って呼んでもいいわ。別に名前は何でもいいけど、十分わかりやすいでしょ?」

「……魂の本質ってことか」

「そう。でね、このソウルエッセンスは、肉体に縛られているわけじゃないの。私たちの意識と精神に宿っているのよ。つまり、鱗や翼、爪といった物理的な特徴は、私たちの“意思”と“本質”が、その瞬間に形となって現れているに過ぎないの」

「……『形の流動性』って感じかな」

「お、それ、いい表現ね!」

「龍って、要するにエネルギーの塊なんだよな。エネルギーは作り出すことも消すこともできない。ただ形を変えるだけ。つまり、人間の姿になるってのは、そのエネルギーを再構築してるってことか」

「うん、だいたい合ってるわ。理解が早くて助かるわね」

ヨシヒロは静かに池を見つめながら、龍という存在について思いを巡らせていた。

「量子状態って聞いたことあるか? 粒子が同時に複数の状態で存在できるっていうやつ。君たち龍は、その状態を意図的に切り替えることができるってことだ。だから、変身が可能になる」

リュウミはきょとんとした顔をしたが、なんとかうなずいてみせた。

「うーん…そうなのかな?」

「つまり、生物学的に言えば、龍の細胞構造はものすごく適応力が高いんだ。細胞が高速でドラゴン状態と人間状態を切り替えられる。細胞レベルで柔軟なんだよ」

「私たちの細胞って…そんなに適応できるの?」

リュウミの顔は完全に混乱していた。

「その通り! でもそれだけじゃないんだ。脳の化学構造も関係してる。変身する時、見た目だけじゃなくて、感情や思考まで人間に近づいてるだろ? ティアマトみたいな太古の存在が、どうしてあんなに人間っぽく感じられるのか不思議だったけど、これで納得がいく。君たちの脳は、人間的な感情や認知に合わせて化学的に調整できるんだ」

「なるほどねぇ…」

リュウミは顎に手を添えて考え込み、「そういえば最近、感動映画を見ると普通に泣いちゃうの。前はドラゴンの姿で観ても何も感じなかったのに」

ヨシヒロは眉をひそめながらも頷いた。

「それはたぶん熱力学が関係してる。君たちが変身する時、自然法則を破らないように周囲からエネルギーを吸収して調整してるんじゃないかな。でもひとつだけ分からないことがあるんだ。どうやってその“人間の姿”を決めてるのかってこと」

「……え? それって、特に決めてないけど?」

リュウミはますます困惑した表情になった。

「は? 本当に?」

「ん? あ、うん…」

「困ってるみたいだけど、この姿は、ただ“私”なの。ただこれが私の自己イメージってだけ」

「つまり…内面の投影、あるいは感情的な共鳴によるものか…」

ヨシヒロが呟くと、リュウミは優しく微笑んだ。

「なんでも科学的に説明しようとするところ、ほんと面白いわね」

「ご、ごめん…」

ヨシヒロが小さく肩をすくめると、リュウミは首を横に振った。

「謝らないで。私は、そういうオタクっぽい科学トーク、聞くの大好きよ」

「……あ……」

頬が熱くなるのを感じた。

誰かに、自分のこういう話を“好き”だと言ってもらえたのは初めてだった。

昔から、何でも理論的に分析しようとする癖があって、それが父親の厳しい“教育”を思い出させるため、ずっと嫌いだった。でも今は、その癖を褒めてもらえるというのは、悪くない気分だった。

***

カフェを出た頃には、すでに午後も深くなっていた。

帰るには少し早かったので、二人はそのままショッピングへと足を運んだ。

新宿はデパートやブティックが立ち並ぶ、買い物天国。

特に何かを買う予定はなかったが、服を試着したり、小物を眺めたり、気まぐれでおそろいのマグカップを一組買ったりと、ふたりの時間は穏やかに流れていった。

やがて夕方になり、帰ることにした。

「今日は楽しかったわ」

リュウミがにっこりと笑う。

「うん、俺も。付き合ってくれてありがとう」

「いつでもどうぞ」

軽く手を振りながら別れ、ヨシヒロは自宅のアパートへと帰った。

「ただいまー」

玄関のドアを閉めながら靴を脱いだ瞬間――

「ヨッシーーーーーーー!!!!」

「な、なんだよ!? どうしたの!? なんで泣いてんの!?」

ヨシヒロが靴を片方だけ脱いだところで、ティアマトが突如泣きじゃくりながら飛び込んできた。

真っ赤に腫れた目、鼻からは容赦なく垂れる鼻水――美しいはずの髪は乱れに乱れており、彼のシャツにしがみついたその姿は、かつてのメソポタミアの原初神とは思えないほどみすぼらしかった。

彼女の涙と鼻水がシャツを通して肌に染み込んでくる感覚を、どうにか気にしないように努力しながら、ヨシヒロは彼女の顔を見下ろす。

「ヴァイオレットは何ゆえ、かくも深き苦難に苛まれねばならぬのか!? あの子は、なにも悪うはなかったのにっ……!」

「……えっ?」


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