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未だ理解されぬ感情

ティアマトはソファに腰掛けていた。

その姿勢はまるで、かつて自らの子らに怪物の軍勢を差し向けた古代メソポタミアの原初の女神とは思えぬほど、だらしなく、緩慢であった。海のように揺れる蒼髪が彼女の身体にまとわりつき、壁に足を立てかけて逆さまに寝転がっていたため、いくつかの房は跳ね上がっていた。

――集中できぬ……。

かつて神の力を帯びていた優雅な指先が、無意識のうちに一房の髪を弄び、観ていたアニメのリズムに合わせてくるくると巻いていく。彼女は時折唇を尖らせ、ため息を吐き、時計を一瞥しては再びテレビに視線を戻す。

――この現代における求愛とは、何ゆえ斯くも冗長なる時を要するのか……。

恐怖すら纏っていた神性の気配は今や消え失せ、ただの現代娯楽に耽る若き娘のような姿がそこにあった。

……耽る「はず」であった。

本来であれば心ゆくまでアニメを堪能していたであろう彼女の心は、今や妙な苛立ちで満たされていた。

仕えている二人の者が不在であるから……という訳ではない。ティアマトは頭を振る。彼女は「使用人」など必要としない。単に彼らが近くに居れば居心地が良いというだけ。封印される以前――地の奥深く、冷たき牢にて幾千年もの時を孤独に過ごしていたのだから、今さらその程度で気を病むことなどあるまい。

――ならば、この胸のざわめきは何なのだ……?

何ゆえ、我が心は斯くも乱れるのか……?

その答えが見つからず、もどかしさばかりが募る。

遥か昔、封印される以前のティアマトにとって、己の感情など取るに足らぬものだった。彼女の神話は「創造」と「破壊」に満ちており、彼女が思いを巡らせるのは常に「世界の循環の均衡」についてであった。生み出し、維持し、そして滅ぼす――この三つの調和こそが、創世の神に与えられし務めだった。

ティアマトはソファに座っていた。その姿勢はあまりにもだらしなく、かつて自らの子らに怪物の大軍を差し向けた、メソポタミアの始原神とは到底思えぬ有様であった。海のごとき髪は絹のようにその身体を流れ、幾筋かは逆さに寝転がり、脚を壁に預けていたせいで跳ね上がっていた。

「……心が、定まらぬ……」

かつての神性をわずかに残す長く繊細な指が、無意識に髪の束を弄び、アニメのリズムに合わせてゆるやかに螺旋を描く。時折唇を尖らせ、ため息をついては時計を見上げ、またテレビへと視線を戻す。

「かような逢瀬……なぜ斯様に時間がかかるのだ?」

もはやそこには、宇宙の根幹を司る威厳など欠片もない。あるのは現代の娯楽を享受せんとする、一人の若き女性の姿。しかし「享受せんとする」は適切な表現ではなかった。ティアマトは落ち着かなかった。

侍女たちが不在ゆえか? 否――彼女は首を振った。己は僕など必要としない。封印されていた長き牢獄の時を思えば、この程度の孤独、何ほどのこともない。

「では……この胸に巣食うざわめきは、いずこより来たる?」

苛立ちの原因が見つからない。感情の根源を掴もうとしても、霧に包まれたように定まらない。

封印される前、ティアマトの意識は常に宇宙の均衡にあった。創造・維持・破壊――その三つの輪を調和させることが、神としての使命であった。

感情など、些細な問題に過ぎぬ。感情に振り回されていては、宇宙の音律を指揮することなどできぬ。

……などと高尚なる例えを並べつつ、最近彼女が『響け!ユーフォニアム』を一気見した影響が微塵もないとは、誰も言えぬであろう。

「己が感情を識らぬのは……己という存在を識らぬが故か……?」

宇宙の均衡を担っていたがゆえ、個人の欲など持たぬ――そう思っていた。確かに、夫アプスーを殺された時は怒りを覚えた。それが高じて子らと戦を起こしたのも、仕方なきこと。だがそれ以外、己が何かを強く欲したことなどなかった。

されど、今、この胸にわだかまる不快感は何だ?

「思い返せば、あの感情が芽生えたのは……侍女リュウミが、ヨシと逢瀬を提案した時より……」

初めは深く考えなかった。が、調べて知った。逢瀬――すなわち男女が親しみを深め、いずれは婚姻、そして子を成す可能性を秘めた儀式であると。

ティアマトとアプスーに逢瀬はなかった。あれは役割の履行であった。キングゥなど愛した覚えもない。しかし――アプスーを失った時、確かに怒りを覚えた。

――その瞬間、ティアマトは電撃に打たれたかのように身を正した。

「まさか……いや、なぜ気づかなんだ!」

「二人が親しくなるのが、我にとって不快だったのか……」

「我を忘れ、互いに慰め合うなど断じて許せぬ……! 我こそ、常に彼らの中心に在らねばならぬ!」

「帰還次第、忠義を思い出させてやらねばなるまい……そして、我にも同様の逢瀬を要求する!」

もやもやの正体が掴めて、ティアマトは満足気に頷いた。気分が晴れやかになった彼女は、再びアニメの一覧をスクロールし始める。

隣にはタマがいる。だが微妙な距離を取って座る猫を抱くことは、今日も叶わぬ。

「これは……『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』? ふむ……良き物語の予感……いざ、参らん。」


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