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演劇の歴史と俺の夢

ひとりは年配の紳士で、髪には白いものが混じり始めている。

濃い色の瞳と、上品な口ひげが印象的で、まさに“知的なダンディ”という言葉が似合う人物だった。

その右隣には、年齢を感じさせつつも凛とした佇まいの女性がいた。

目元に細かな皺はあるものの、背筋は真っ直ぐで、眼鏡の奥から鋭い視線を送ってくる。

縁の細い眼鏡が、その厳格な印象をさらに強めていた。

そして、最後の一人は、明らかに一番若い青年だった。

黒髪で整った顔立ち、どこか余裕を感じさせる笑み。

——ヨシヒロは、この男の名前を知っていた。

だが、実物を見るのは今日が初めてだった。

最初に口を開いたのは、中央の女性だった。

「うーん……ええと……どう言えばいいかしら……

 台詞の暗記力はすごいわね。それに、英語の戯曲を日本語に訳してきたところは、工夫を感じたわ」

彼女の名前は中野ユミ。演出助手であり、以前にも彼女とやり取りをしたことがあった。

ヨシヒロにとっては、真面目で仕事熱心な印象の女性だった。

「で?」

立ち尽くしたまま、思わず身を乗り出すような気持ちになる。

「で、それ以外は全部ダメ。今すぐ諦めた方がいいよ」

割って入ったのは、若い男——山口タカシだった。

今回の舞台の主演俳優であり、なぜかオーディションの審査席に居座っている。

その理由は明白だった。

中央に座る、演出家の山口カズヒコ——彼の父親だったからだ。

「タカシ! 失礼でしょう!」

ユミが怒気を含んだ声を上げる。

だが、タカシは肩をすくめて平然としたままだった。

「何言ってんの? 本当のことを言っただけじゃん。

 誰が見たって、あいつの演技は悲惨だったって分かるだろ」

ヨシヒロの胸に、杭が突き刺さったような気がした。

だが、タカシの言葉は“予想通り”でもあった。

——これまでに、何度こう言われてきたか。

彼なら正確に答えられる。

これまでに受けたオーディションの数、98回。

そして、落選した回数も、98回。

そのたびに、審査員たちは皆同じことを言った。

「演技がひどい」「諦めた方がいい」と。

「そ、それは……まあ……間違ってはいないけど……」

ユミが苦い顔をして言葉を濁し、視線を逸らしながらチラリとこちらを見た。

……タカシの冷たい言葉と、ユミの“同情”。

一体どちらの方がダメージが大きいだろうか。

どちらにせよ、自分が“哀れに思われる存在”であることに変わりはなかった。

「私も、タカシの意見に賛成だ」

低く、だが力強い声が響いた。

それは中央に座る男——山口カズヒコ、演出家本人の言葉だった。

彼は体を少し反らしながら、長テーブルの上で両手を組み、まっすぐヨシヒロを見据える。

見下ろされているわけではない。

舞台の上にいる自分の方が物理的には“上”にいる。

……だが、そうは感じなかった。

それほどまでに、この男の“存在感”は圧倒的だった。

「君は台詞を完璧に覚えていた。そこは認めよう。

 だが、その“伝え方”に関しては、実にお粗末だ。

 一言一句に、まるで感情というものが込められていなかった」

そう言って、演出家は少し目を細めた。

「それに、君はどこの事務所にも所属していない。

 もちろん、無所属の役者を起用する方がコストは抑えられる。

 だが、同時にリスクも大きい。宣伝面でも弱い。

 だから、君のような無名の素人を使うことは……残念だが、できない」

そして——

「申し訳ないが、私もタカシに同意せざるを得ない」

その一言で、ヨシヒロは通算99回目の落選を経験した。


ヨシヒロ、また失敗…。これで99回目の失敗です。彼に同情しますか?

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