機上のひととき
東京からイラクまでのフライト時間は、約14時間。
ロサンゼルスから東京までと、ほぼ同じくらいの長さだった。
——あのときはエコノミークラス。
地獄だった。
座席は狭く、隣の席には、巨大な肉団子のような男性が座っていて、
ヨシヒロはほとんど圧死しかけた。
その男が眠りに落ち、自分にもたれかかってきたとき、
「自分の人生もここまでか……」と本気で思ったほどだ。
——だが、今回は違う。
今回の旅は、リュウミが予約してくれたファーストクラス。
もはや「快適」どころの騒ぎではない。
この体験を「贅沢」と呼ぶのは、むしろ控えめすぎる表現だった。
座席は広々。シートは完全フラット。
料理は高級レストラン並で、飲み物も選び放題。
しかも、CAたちの接客が異常に丁寧で、
まるでVIP扱いされているかのようだった。
……正直、ちょっと気まずい。
自分なんかがこんな贅沢に慣れてしまっていいのか?
慣れてしまったら、もう後戻りできない気がする。
——危険だ、この快適さは。
飛行機がイラクに到着したのは、現地時間で夜遅く。
そのときヨシヒロは、コーヒーを飲みながらある脚本を読んでいた。
タイトルは、『3月の5日間』。
これは、2003年のイラク戦争開戦直前の五日間を描いた舞台劇で、
東京のラブホテルで出会った男女二人が、
反戦デモや社会の騒動とは無関係に、淡々とした時間を過ごすという内容だった。
——せっかくイラクに行くなら、関連のある作品に触れておこう。
そんな軽い気持ちで読み始めたのだが、想像以上に引き込まれた。
空港から出るまでには、かなりの時間がかかった。
税関審査、セキュリティチェック、入国審査——
さらには、「渡航の目的」や「滞在理由」を書類に記入する必要まであった。
幸いなことに、リュウミが事前に大半の手続きを済ませてくれていたおかげで、
トラブルはなかった。
ビザの更新も抜かりなし。
ちなみに、ヨシヒロは日米の二重国籍者である。
本来、日本は二重国籍を認めていない。
だが、彼は東京大学の学生であり、
大学の関連施設でパートタイムの仕事もしているという理由から、
特例的に二重国籍が認められていた。
もし“普通の人”だったら、18歳を超えた時点で、
どちらかの国籍を選ばされていたことだろう。
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