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「またこの場面? 断罪RTA、何周目でしたっけ?」


 午後の鐘が鳴ると同時に、王立リヴェール学園の講堂には、まるで舞台の幕が上がるような重々しい空気が広がった。

 煌びやかなステンドグラスの光が床を彩り、天井の高みにある音響装置が、誰かの声を拾っては増幅する。整然と並んだ木製の長椅子には、生徒たちが緊張と好奇心を滲ませながら座っていた。


 壇上に立つのは、生徒評議会の面々。中央には第一王子であり、生徒会長も務めるアレクシス・ヴァン・ルーベルトの姿がある。

 壇下、演壇の真正面に、ひとりの少女が立たされていた。


 クラリス・エルフェリア。

 金糸のように繊細な長い髪が、ゆるやかなウェーブを描いて背に流れている。薄紅の唇は一筋も歪まず、瞳には揺るぎない冷ややかさ。姿勢は完璧、制服の襟も乱れなく、手にした扇子は上品な角度で胸元に添えられている。

 王侯貴族の令嬢として、そして“悪役令嬢”としての誇りを、彼女はその立ち姿ひとつで体現していた。


(はい、きました。断罪イベント、学園編ルート五周目……今回は誰のルートかしら)


 脳内で乾いた声が響く。

 彼女は知っている。この世界が乙女ゲームであり、自分が悪役令嬢として毎回“断罪される役”だということを。そして、いま目の前で起ころうとしているのが、“断罪イベント”。


 ローザ・ブランシェ、今作の公式ヒロインにして、本ルートの攻略対象アレクシス王子の好意を一身に受ける存在が、「クラリスからの嫌がらせ」を告白し、その真実が白日の下に晒されるという定番の見せ場。

 その、はずだった。


「クラリス・エルフェリア。君に対する告発について、評議会は調査を行った」


 静かに告げるアレクシスの声は、妙に抑揚がない。


(……棒読み? いや、そこまでいかないけど、感情が乗ってない)


 クラリスは瞼を一度だけ閉じ、十八回分のループ記録をざっと再生する。


 通常ならここで、王子が怒りの言葉を叩きつけ、ヒロインが涙ながらに訴え、観衆がざわつき、クラリスが吊し上げられる。


 だが今回は、妙に静かだった。


(ローザの「私は怖かったんです……!」が来ないわね。もしかして、バグ?)


 王子は一拍、間を置いた。そして口を開く。


「……証拠が、不十分と判明した」


 一瞬、講堂を沈黙が支配した。

 クラリスは、表情一つ動かさないまま、内心で「ほう」と唸る。


(それは……想定外。え、シナリオ分岐した?)


「したがって、君を正式に裁くことはない。ただし、誤解を避けるため、一定期間、学内での社交活動を控えてもらう」


 代替措置、というわけだ。追放でも断罪でもない。だが、明確な“処分”ではある。


(なるほど。断罪ルート飛ばしの代替処分ってことね。初めて見る分岐だわ)


「まあ。それはご寛大な判断をありがとうございます、王子殿下。次はどうぞ、“正規の”ヒロインと、幸せな舞台を築かれますよう」


 言外に皮肉を滲ませた言葉に、ローザが小さく息を呑むのが聞こえた。

 クラリスはくるりと踵を返すと、礼儀正しく会釈してからその場を後にした。観衆はざわめきもせず、王子も次の台詞を発することなく沈黙し、まるで演劇が途中で止まってしまったかのような不穏な静けさが残っていた。

 けれど、クラリスの胸には拭えない“違和感”が渦巻いていた。


(さっきの……フリーズ。明らかにイベント処理が止まってた)


 断罪イベントは発動しなかった。セリフも、選択肢も、UIさえ表示されなかった。

 こんなことは、十八周してきた中で一度もなかった。


「……まさかとは思うけど、世界の方がバグってる?」


 クラリスはそう呟きながら学園の石畳を踏む。けれど、その“足音”がワンテンポ遅れて耳に届いた気がした。


(今の……ディレイ? 空間処理の遅延?)


 そう思った瞬間、視界の端に人影がちらりと映った。中庭から少し離れた、使われていない礼拝堂の影。


 そこに、ひとりの生徒が立っていた。制服の色と髪の印象からして、誰かは分からない。けれど、一瞬こちらを見ていた。そんな確信だけが残った。


(……今の誰?)


 思わず振り返る。けれどそこにはもう、誰もいなかった。人影も、気配も、まるで最初から何もなかったかのように。

 見間違えたとは思えない。しかも、あんな場所に誰かが立っていた記憶は、過去のループにはなかった。


(このループ……なにかが、違う)


 クラリスは、胸の内側にあるざわつきを強く押さえながら、そっと息を吸った。


「ふふ……ログにない展開なんて、十八周ぶりじゃないかしら」


 微かに笑い、振り返らずにその場を立ち去る。風が吹いた。空が揺れた気がした。


 違和感はまだ、確信には変わっていない。でも、クラリスの第六感が告げていた。

 この世界は、壊れ始めている。そして彼女はまだ知らない。


 先ほど礼拝堂の影にいたのが、“ルートに存在しないはずの人物”だったことを。


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