第9話 縁談相手の情報
「お父様、別の男性からの縁談って……」
「あなた! 又ソフィアを売りに出そうと考えているのですか!? ソフィアは私たちの娘ですよ!?」
驚きで目を見開くソフィアに対し、アメリは興奮しながら抗議した。
「別に売りに出そうと等していない! 人聞きの悪いことを言うな! 第一、私だって驚いているのだ。あんなにこの縁談に乗りきだったゲイル・マッキンリー伯爵が自ら断りを入れてくるのだからな。しかもその直後にアダム・ジョンソンと名乗る人物が私の勤めている会社に、直談判しに来たのだ」
父、ムーアの口から「アダム・ジョンソン」という名を聞いてソフィアはドキリとした。
(アダム・ジョンソンって……まさか、お店の常連客のアダムさんかしら?)
けれど、ソフィアはアダムのファーストネームしか知らない。ファミリーネームを言われても分かるはず等無かった。
「お父様、アダム・ジョンソンという男性はどのような方なのですか?」
「何!? お前はその男に興味があるのか!?」
「ソフィア! 家の犠牲になって結婚する必要など、無いのよ?」
ムーアとアメリが同時に声を上げる。
「い、いえ。お父様に縁談申し込みの直談判をしに来たと言う方がどのような人物なのか興味がありましたので」
まさか自分が働いているお店の常連客で、密かに思いを寄せている人物と同じ名前だから……とは言えるはずも無い。
「まぁ、確かに気になるのは当然だな。アダム・ジョンソンという人物は現在27歳の青年だ。爵位は無く、タダの平民。10代の頃から自動車整工場で働き、その後は独立して今は『ジョンソン自動車』という会社を設立した経営者だ」
「27歳ですか……」
ポツリと口にするソフィア。
(アダムさんの年齢は分からないけれど、でもその位の年齢かもしれないわ。だけど、会社の経営者だなんて……)
「まぁ! 『ジョンソン自動車』なら聞いたことがあるわ。ここ最近、馬車に成り代わる乗り物として、新聞やラジオでも取り上げられているもの。だけど、そんなすごい方が何故ソフィアに縁談の申し込みをしてきたのかしら?」
アメリの話に、ソフィアは段々確信を得てきた。
(やっぱり、アダム・ジョンソンという人物は……お店の常連客のアダムさんかもしれないわ。でもどうして……?)
「ふん! 自動車だか何だか知らないが、所詮学の無い平民成金男だ。大体自動車が流行すれば、御者の仕事が無くなってしまうではないか」
平民を見下すムーアは吐き捨てるように言った。
「あら? でも確かアダム・ジョンソン氏の経歴には産業大学卒業とあったわ。夜学で奨学金で卒業したみたい。努力家なのよ」
アメリの話に頷くソフィア。
(そうね。あの方はとても真面目で誠実そうに見えるもの)
「随分その男について詳しいようだが……そんな話はどうでもいい! 何しろ相手がソフィアに縁談を申し込んできたのは、貴族令嬢と婚姻し、箔をつけたいからだと言う理由なのだからな!」
フンと腕組みするムーア。そして、「え?」と固まるソフィア。
「それでも、あの女たらしのゲイル・マッキンリーよりはずっとマシです! 後はソフィアの気持ち次第です!」
「アメリ! 伯爵を呼び捨てにするな! 大体お前は……!」
「お父様、お母様、落ち着いて下さい!」
ついに夫婦喧嘩が勃発してしまい、それを止めるソフィア。
この日のヴァイロン家は、とても賑やかな夕食の時間となるのだった――