第7話 相談
――翌日
出勤したソフィアはカウンターで商品整理をしながら、ため息をついていた。
「はぁ~」
「どうしたの? ソフィア。今日は何だか元気が無いわね。ひょっとすると昨日のボビーの件かしら?」
ソフィアのため息を聞きつけたドナが声をかけてきた。少し迷ったけれども、相手は信頼するオーナーで、ドナより人生経験も長い。
そこで思い切って、相談することにした。
「オーナー、実は私……父から縁談を持ち掛けられたのです」
「まぁ! 縁談!? 一体お相手はどんな方なの?」
その言葉にドナは目を見開く。
「それが……」
その時。
――カランカラン
ドアベルが鳴り響き、アダムが現れた。
(アダムさんっ!)
昨日自分を助けてくれた相手に、ソフィアはすぐにお礼を述べた。
「アダムさん。昨日は助けていただいて、ありがとうございます」
「私からもお礼を言わせて下さい。ソフィアは大切な従業員です。彼女を助けていただき、ありがとうございます。アダムさん」
2人から礼を言われ、アダムは躊躇いながら頷く。
「いえ、大したことはありませんから」
「アダムさん、本日も新聞をお買い上げですか?」
ソフィアが尋ねた。
「はい、それ以外にも少し買いたいものがあるので」
アダムはそれだけ告げると、店内の奥にある陳列棚に向かった。
「それで、先程の話の続きだけど縁談相手はどんな男性なの?」
ドナはアダムが店の奥に移動すると、再び尋ねてきた。
「それが、お相手の男性はゲイル・マッキンリー伯爵という方で現在、54歳なんです。結婚も2度目らしくて」
「な、な、なんですって……54歳? それってもはや犯罪だわ」
鼻息を荒くするドナ。
「犯罪というのはちょっと、どうかと思いますが……でも私。その縁談をお受けしようかと思っているんです」
「え!? 何故そんな縁談を受けるの!? 私だったら絶対に受けないわよ!?」
平民であるドナには、貴族の政略結婚というものが理解できなかったのだ。
「実は……お恥ずかしい話ですが、我が家には借金があるのです。お父様の話によると、その方と結婚すれば借金を肩代わりしてくれるそうです。私、母にお金の苦労をさせたくなくいのです」
「まさか、その為に犠牲になって結婚するつもりなの?」
「はい。そうです。それに……それだけ年が離れていれば、優しくして貰えると思うので」
「ソフィア……恋人とか、好きな人はいないの?」
「恋人はいません。……好きな方はいますけど……」
ソフィアは店の奥にある陳列棚で商品を手に取っているアダムに視線を移す。
(好きな人はいるけれど、あの方は私に興味など無いもの。自分から告白なんて出来るはずも無いし)
「そうなのね。私が力になってあげられればいいのだけど」
ドナが目を伏せる。
「何を言ってるのですか? こうして雇っていただけるだけで、私は本当に感謝しているんです。ありがとうございます」
「ソフィア、これからも困りごとがあったら遠慮なく私に言ってね?」
ドナはソフィアの手をしっかり握りしめる。
「ありがとうございます、オーナー。ところで……そろそろ仕入れに行く時間ではありませんか?」
ソフィアに言われて、ドナは壁にかかった時計を見て目を見開いた。
「え!? た、大変! すぐ行かなくちゃ! ソフィア、お店番よろしくね?」
「はい、お任せください」
ドナは店の奥に一度引っこむと、上着とショルダーバッグを下げて再び現れた。
「それでは行ってくるわね!」
「お気をつけて」
急ぎ足でドナは店を出ていき、ソフィアは窓から見える彼女の姿を見送っていると……。
「すみません」
突然すぐ傍で声をかけられ、ソフィアは驚いて振り向いた。するといつの間にか、カウンター前にアダムが立っていた。
「あ! アダムさん。な、何か?」
驚いてドキドキしながらソフィアは笑顔を見せる。
「こちらの品と新聞を下さい」
アダムは手帳をカウンターに置いた。
「はい、お待ちください」
ソフィアは新聞を手渡すと言った。
「併せて800リラになります」
アダムは黙って800リラを支払うと、じっとソフィアを見つめる。
「あ、あの……な、何でしょうか?」
憧れのアダムに見つめられ、ソフィアの顔が赤くなる。
「……いえ、何でもありません。又明日、来ます」
アダムはそれだけ言うと、店を出て行った。アダムが出ていき、店内に1人残されたソフィアはポツリと呟く。
「さっきの話……まさか聞かれていないわよね……?」
実は話に夢中になっていたソフィアは、アダムが店内に残っていたのを一瞬忘れていたのだった――