第6話 縁談の勧め
「お父様、お見合いって……? お相手の方は……?」
その話は、衝撃だった。
アダムに淡い恋心を抱いていたソフィア。
彼と特別な関係になれるとは思っていなかったけれども、アダムの姿が脳裏に浮かぶ。
「相手はゲイル・マッキンリー伯爵で現在、54歳。2年前に前妻を病で亡くされて、後妻を探しておられたのだよ。マッキンリー伯爵と言えば、名門で金持ちだ。お前と結婚出来れば、我が家の借金を帳消しにしてくれるというのだ。しかもお前は伯爵家に格上げされるのだ。どうだ? 良い話だろう?」
嬉々として喜ぶムーアとは正反対に、ソフィアの顔は青ざめていく。
「そ、そんな……お願いです、お父様。その縁談、お断りさせて下さい」
ソフィアはまだ19歳。恋人すらいたことが無い。
それがいきなり父親よりも年上の……しかも後妻になるなど、到底受け入れられなかった。
「何だ? その顔は……一体この縁談の何が不満だと言うのだ? お相手は妾ではなく、正式な妻としてお前を嫁に欲しいと言っているのだぞ? こんな良い話をお前は断れと言うのか!」
そこへ騒ぎを聞きつけたアメリが駆けつけ、ソフィアを抱きしめた。
「あなた! 話は聞きました。まさか本当にその男性とソフィアを結婚させるつもりですか!? その方は私たちよりも10歳も年上ではありませんか。私たちよりも年上の男性がソフィアの夫になるなんて……娘が気の毒だとは思わないのですか!?」
「お、お母様……」
するとアメリは抱きしめながらソフィアの髪を撫でた。
「可哀そうに……安心なさい。私が絶対にその男性の元へは嫁がせないから」
ムーアの顔色が変わる。
「何だと!? アメリ! このままでは我が家の借金は増えていくばかりなのだぞ!? それでも良いと言うのか!」
「いい加減にして下さい!! そもそも借金が出来たのは誰のせいなのですか!? 貴方が騙されて事業を失敗したからではありませんか! そのために屋敷も手放し、借金も出来てしまいましたが私もソフィアも一言も文句は言いませんでした。それなのに何なのです!? 貴方は可愛い娘を売ると言うのですか!?」
「売るとは何だ! 人聞きの悪い! 私はただ、ソフィアの幸せを願って……」
「いいえ! 違います! 貴方は自分のことしか考えておりません! とにかく、その縁談は断固としてお断りしてください!」
アメリは絶対に譲ろうとはしない。
「アメリッ! お前は本当にそれで良いのか!? ずっとこの貧しい暮らしを続けていくつもりなのか! そんな貧しい身なりをして、慣れない家事をして……ずっと貴族として生きてきたお前に一生その生活が耐えられると言うのか!?」
「!」
ムーアの言葉に、ソフィアは反応した。
(そうだわ……元々貴族のお母様にとって、今の生活は相当厳しいはずだわ……)
「はい、耐えられます。ソフィアを犠牲にしてまで、以前の暮らしを取り戻したいとは思えません」
アメリはきっぱり言うと、ソフィアに優しく声をかけた。
「ソフィア、食事にしましょう。今日はあなたの好きなシチューを作ったのよ」
「は、はい……」
アメリがソフィアを連れて部屋を出ようとすると、ムーアが引き留める。
「食事? なら私も行くぞ」
するとアメリは振り返った。
「貴方に食べさせる食事などありません!」
「な、何だと!? おいっ! アメリ! 本気で言ってるのか!?」
ムーアの訴えも虚しくアメリはソフィアと部屋を去り、ムーアは食事抜きとなってしまったのだった――